第11話 港と運び屋
揺れる車窓から海岸線を見つめながら、俊一郎は近づいてきた磯の香りに笑みを浮かべた。
「ニルスも久しぶりだな」
「そうですね」
見えてきた懐かしの港町にシルフィンも窓の外を眺める。
「覚えているか? 最初に海を見たとき――」
「そ、その話は忘れてください!」
にやつく俊一郎の言葉を慌ててシルフィンが遮る。高等学校を卒業しているメイド様は、ふてくされたように顔を背けた。
「旦那さまこそ、今回はお仕事なんですから。ちゃんとしてください」
「仕事ねぇ」
なにが悲しくてバカンス中に仕事をしなくてはいけないのか。とはいえ、親友の頼みとあらば断りにくい。暖かな陽気を感じつつ、俊一郎は眠たそうな欠伸をあげた。
「ま、王都に戻ってすぐに引き返すのもアホらしいしな。せっかく近くにいるんだし、ちゃっちゃとすませるさ」
懐から取り出した手紙を確認しつつ、俊一郎は眉を寄せる。とはいえ面倒な仕事になりそうで、天気とは裏腹に気持ちは重い。
窓に見えてきたニルスの駅を眺めつつ、俊一郎はやれやれといった様子で降車の準備を始めるのだった。
◆ ◆ ◆
「いつ来ても賑やかなとこだな」
石を積み上げて作った階段を下りながら、俊一郎は眼下に広がる港町を見渡した。
桟橋には何隻もの船が乗り付けられており、慌ただしく積み荷を降ろしている水夫の姿が見受けられる。
沖には巨大なガレオン船が停泊しており、いつ見ても心躍る光景だ。
「お仕事というのは?」
「それが急な用件でな。どうも要領を得ん上に、少しきな臭い」
きな臭いと聞き、シルフィンが眉を寄せた。「また悪巧みですか」とでも言いたげな表情に、俊一郎も口を開く。
「なんでも貴重な品が見つかったとかでな。それを買い付けて欲しいというのがバートからの依頼だ。金に糸目はつけんらしいが、そのバイヤーがどうにもくせ者すぎる」
「くせ者ですか?」
手紙に記された住所を確認する俊一郎をシルフィンが見つめる。彼女からすれば目の前の主人こそがくせ者代表のようなものだが、また今度も変わり者が相手かとメイドは顔を覗いた。
「シャロンお嬢様やアイジャ様ほどのくせ者がいるとも思いませんけどね」
「同感だ。ただ、地位がない平民というのも中々に厄介でな」
言ってしまえばシャロンもアイジャも貴族側の人間だ。当然、駆け引きはあるとして人道から外れすぎることはしてこない。
しかし、今回の相手は別だ。なにせ、フリーランスの個人事業主。貿易商などと名乗っているが、その正体は密売人か詐欺師くらいに思っておくのでちょうどいい。
「俺も以前聞いたことがある名だ。盗品、密輸品、生き物から死体まで、売れるものなら何でも売ると評判だった」
「し、死体ですか!?」
ぎょっとシルフィンが目を見開く。怖がらせるつもりはないが、今回の相手はそういう手合いだ。
「安心しろ。向こうもいって信用商売だ、サキュバールの代理人相手に手荒な真似はして来ない。ただ、なにをふっかけられるかわからんというわけだ」
「はぁ、そうまでして買いたいものというのはなんなんでしょうね」
シルフィンの質問に俊一郎は手紙を叩く。まさにそこが問題で、どうもあの親友は言葉足らずだ。
「よくわからんが、食べ物らしい。俺らしいといえば俺らしいが、きな臭いことこの上ない」
ひとまず行ってみるしかないのだ。陰鬱な気分に渇を入れ、俊一郎は記された住所に向かって歩き出した。
◆ ◆ ◆
港に設置されている数々の倉庫。その中でも端の方に位置する倉庫で、男が待っていた。
「お、来たね。待ってたよ」
薄暗い倉庫は入り口からの僅かな光で照らされていて、俊一郎はらしすぎるその光景に溜息が出る。
「まるで刑事ドラマだな。どこの世界でもバイヤーってのはこういうとこが好きなのか?」
メイドを連れて現れた俊一郎の声に、男は首を傾げる。気にしないでくれと告げ、俊一郎は男のいる中央のテーブルまで歩いていった。
ちらりと倉庫を見回せば、どうやら木材を保管する場所のようだ。お誂え向きに置かれたテーブルは、そこらの資材を勝手に使っただけだろう。
「一応聞くけど、サキュバールの代理人で間違いないね?」
「ああ、そうだ。依頼された品を受け取りに来た」
俊一郎の返事に男は頷く。
見るからに胡散臭そうな男だ。予想よりも若いが、張り付けた笑顔が一層と胡散臭い。
種族は知らないが、腕に生えた鱗が見えていた。頭に巻いたターバンといい、ジャラジャラと付けてる装飾品といい、俊一郎の嫌いなタイプである。
「俺はマーク。運び屋で通ってる。あんたも欲しいものがあったら言ってくれ。金さえくれればなんでも運んできてやるよ」
「カツラギ・シュンイチローだ。俺への商談の前に、サキュバールの依頼品を見せてもらおう」
右手を差し出されたが、取る必要もない。するとマークは聞かされた名前に驚いたように口を開いた。
「カツラギって……あんた儲け屋のカツラギか!? おお、おお! 貴族のお抱えになったって噂は本当だったんだな!」
テンションの上がるマークに、俊一郎が苦い顔をする。「だから嫌だったんだ」と顔をしかめる俊一郎に、シルフィンが興味深そうに顔を向けた。
「儲け屋?」
「昔の話だ。聞き流していい」
話を切り替えようとするが、それを嬉しそうなマークの声が遮っていく。シルフィンに身体を向けて、自慢話でもするように言葉を続けた。
「あれ? 知らないのかい? そこのカツラギさんはね、裏の世界じゃちょっとした有名人さ。物じゃないアイデアを売って金を稼ぐ、そんなことをする奴なんてどこにもいなかった。金儲けのネタがあるなら、自分ですればいいからね」
「おい、勝手に話を進めるな」
俊一郎の声にマークが「これは失礼」と口を閉じる。明らかに怒りの表情が見える俊一郎を見て、なるほどとマークはシルフィンを見やった。
「君、気に入られてるんだね」
「は?」
わけがわからないとシルフィンが返事するが、楽しそうにマークは俊一郎に向き直った。
「怒らないでくれ。有名人に会えてテンションが上がったんだ」
「どうでもいいが、さっさとブツを見せてくれ。こっちはバカンス中にわざわざ来てるんだ」
苛立ちを隠さない俊一郎にマークは頷いた。どうも隣にいるメイドが随分と気になるようで、まぁ足を洗ったやつにはありがちだとマークはあまり刺激せずに進めることにする。
にやりと笑い、マークはテーブルに置いていたトランクケースの鍵を開けた。
大仰に開き、中に入っていたものが露わになる。
「いや、俺も偶然手に入れたんだがね。こいつは凄いぜ……ま、せいぜい高値で買ってくれよ」




