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第10話 広場とトカゲ飯


「さすがに賑わっているな」


 街行く人の流れを見ながら、俊一郎が呟いた。

 王都に勝らぬとも劣らぬエルダニアの街を傍らのメイドも眺めて歩く。


 ホテルでじっとしていても勿体ないのでふらりと出てみたが、さてどこでなにを食べたものかと俊一郎は逡巡した。


「腹は減ってるからな。この際、屋台とかでも面白いかもしれんぞ」

「露天ですか?」


 くんくんと鼻を鳴らしている俊一郎にシルフィンが顔を向ける。確かに、よくよく嗅いでみれば香ばしい匂いがどこからともなく漂ってきている。

 相変わらずエルフにしては鼻が回る人だと思いつつ、シルフィンは匂いの方向へ目を向けた。


「広場の方からですね。夕方ですし露天も並んでるでしょう」

「ふむ、ちょうどいいな。たまにはそういうのも美味いやもしれん」


 そうと決まれば話は早い。主人に促されるままにメイドは頷くと、二人はエルダニアの中央広場に向かって足を向けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「旦那さま、買ってきました」

「おお、すまない。ふふ……俺もいい感じのが買えたぞ」


 広場の隅にあるベンチ席。そこに腰掛けながら俊一郎はメイドの手に抱えられた紙箱を見つめた。同時に、自分の手に持っている串ものもシルフィンへと見せつける。


 広場の周りでは様々な露天が立ち並んでいて、勝手に設置されたテーブルやベンチでは多くの人が夕食を楽しんでいた。

 中央に据えられた噴水をちらりと覗けば、そこにも獣人のカップルが中良さそうに座っている。


「君のも美味しそうだな」

「美味しいですよ。ちょうど好きな奴がありましたので」


 シルフィンと、各自一品買って落ち合うという作戦を取っていたのだが、自信満々なメイドの手に握られた品物は確かに美味しそうだ。


「紙箱かー。洋画の中国人がよく食ってる奴に似てるな」

「は?」


 シルフィンが眉を寄せるがそれも仕方ない。通じるとも思っていないので、俊一郎は気にせずに紙箱の中身をまじまじと見つめた。

 どうも米や野菜を炒めたもののようだ。その中から細いエリマキトカゲが顔を出しているのに気が付いて、俊一郎はぎょっと目を細めた。


「おいおい、なんだこいつは」

「黒トカゲですよ。当たりですね、頭入ってます」


 よくよく見れば黒い尻尾や足が飛び出していて、俊一郎は苦い顔で紙箱の中を睨んだ。田舎育ちのメイドは気にしていないようだが、気が付いてしまうと手放しで美味しそうとはとても言えない。


「旦那さまのは?」

「おおそうだ! 見てみろ、美味そうだろ」


 そう言う俊一郎の手には串に刺さった肉が握られていた。確かに美味しそうで、たれを付けて焼かれた肉は腹を刺激する香りを発している。


「確かに美味しそうですね。なんのお肉なんです?」

「ん? 知らん」


 真顔で返答する俊一郎にシルフィンに顔が一瞬曇った。屋台を見渡してみれば、確かに「肉串」と書かれた旗を立てている店がある。


「だ、大丈夫ですか? 正直、露天の店はあまり……」

「トカゲよりはマシだろ。みろ、肉厚でいい感じだぞ」


 かぶりつく俊一郎をあーあと見つめ、シルフィンは諦めたように隣に座った。主人から一本手渡され、じっくりと串に刺さった肉を観察する。


「鳥類っぽくはありますね」

「んー、焼き鳥にしては筋ばってるなぁ。なんか臭いし。あんま美味しくない」


 がっくしと噛み後を見つめる俊一郎を「だから言ったのに」とシルフィンは見つめた。というかこんなデカい肉があの安さの時点でかなり怪しい。


「白身魚のフライだってなんの魚か知らんだろ? あんなノリかなって」

「言ってることが分かりかねますが、串をお渡しください。そちらは私が食べますので」


 しぶしぶと差し出された串を受け取って、メイドは膝の上の紙箱を手渡した。大人しく備え付けの匙で炒め飯をすくい、俊一郎は口へ運ぶ。


「あ、美味い。全然食べれる」

「でしょう? 黒トカゲは滋養にもいいんですよ」


 言いつつ串にかぶりつき、シルフィンは眉を寄せた。詳細は分からないが、随分と質の悪い肉だ。自分はともかく、主人は食べられないだろうとシルフィンは串を始末するように口に運ぶ。


「美味いな。飯に味が出てていい感じだ」

「それはよかったです」


 とはいえ食べれないほどではない。あの安さでこれだけ腹が膨れれば上等な部類だとメイドは肉にかぶりついた。


「シルフィン、君の分は?」

「私はこれがありますので別に」


 串を振るメイドに俊一郎の眉が寄る。元はといえば自分のチョイスがまずかったせいだ。俊一郎は紙箱のひとつをシルフィンに向けた。


「いいですって。旦那さま、ひとつだと足りませんでしょう?」

「うーむ、それはそうだが」


 悩みつつ、俊一郎はトカゲ飯を見下ろした。好物だとも言っていたし、一人で平らげるのも具合が悪い。

 簡単な解決法を思いつき、「そうだ」と俊一郎は匙を持った。


「ほら、ひとくち。味だけでもどうだ?」

「!?」


 差し出された匙にシルフィンのエルフ耳がびくりと揺れた。きょとんと見つめてくる俊一郎を一回睨んで、慌てたように辺りを確認する。


「い、いえ! その私は構いませんので!」

「いいからいいから。美味いぞ」


 ずいと出された匙の上にはトカゲの頭が乗っていて、当たりを差し出してくる俊一郎にシルフィンは逃げ場のないことを悟った。

 横目を見てみれば、獣人のカップルが仲良さげにひとつの紙箱をつついている。


(あーもう!)


 ここが王都ならばさすがにしない。前にもあったなと思い出しつつ、シルフィンは匙を咥えた。

 もぐもぐと飯とトカゲを咀嚼しつつ、ぷいと顔を背ける。


「美味いか?」

「美味しいです!」


 そう言うと満足したように俊一郎は飯を食べるのを再開した。

 気にならないんだろうかと匙を睨みつつ、メイドはハァと溜息を吐く。


「……やっぱり一個ください」

「え? お、おう」


 むっすりとしたメイドに面食らいつつ、俊一郎は「さっきと言ってることが違う」と困惑しつつも紙箱を手渡した。2個食べれると思っていたので、ペース配分が狂ってしまう。


「やっぱり欲しくなったんだろ? はは、単純だなぁ」


 笑う俊一郎の顔に掌底でもぶち込みたくなる衝動を堪えつつ、シルフィンは奪ったトカゲ飯をかっ食らった。


「見ろ、噴水が綺麗だぞ」

「そうでふね」


 なんで自分はカップルを睨みつけながら飯を食べているのだろう。そんなことを思いつつ、メイドはトカゲの頭を噛み砕く。

 ちょっと苦いのが美味しいんですよと、シルフィンは広場の夕焼けを眺めるのだった。



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