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第09話 アフタヌーンティー


「暇です」


 直立不動なメイドの声に俊一郎は顔を向けた。

 ソファの感触を楽しみながら俊一郎はじっと見つめてくるメイドに首を傾げる。


「いいじゃないか。今日は予定もないし、のんびりするといい」


 紅茶のカップを手に取り口に付けた。一等級の茶葉の香りを吸い込んで、ホッと一息を入れる。


「……美味しそうですね」

「ん? ああ、流石はグランドシャロンだな。エルダニア産の一等茶葉だ」


 君も飲むかねとポットを指さすと、メイドはなぜか眉を寄せた。紅茶の入ったポットを睨みつけ、ぷいと顔を背ける。


「いいですよね、ホテル。紅茶もルームサービスで来ますし」

「そうだな。掃除も外出中に終わってるし、いたれりつくせりだ」


 紅茶を含み、また一息入れる。こんな穏やかな時間の流れは久しぶりで、たまには休息も必要だなと俊一郎は天井を見上げた。

 けれどなぜか隣のメイドは不満があるようで、むすっとした表情で立っている。無愛想なのはいつも通りだが、この表情は少し珍しい。


「どうした? スイートルームになにか不満かね?」

「別に。大変素晴らしい部屋とスタッフだと思いますけど」


 つーんとそっぽを向くシルフィンに俊一郎は目を細めた。機嫌が悪いのは確かだとして、理由がさっぱり分からない。

 確か、紅茶のルームサービスを頼んだ辺りからあの調子だ。


(……相変わらずよく分からんメイドだ)


 エルダニアに来てからというもの、シルフィンの業務は付き添いだけのようなものだ。いわば休暇とも言えるもので、なんの不満があるのかさっぱり分からない。


(しかし……せっかくエルダニアに来たのにいつも俺と一緒というのも、確かにストレスは溜まるかもしれんな)


 なんだかんだで普段は同じ屋敷とはいえ四六時中顔をつき合わせているわけでもない。暇だとも言っていたし、一人でどこか行きたいのではと当たりをつける。


「よし、わかった」

「?」


 シルフィンに振り向くと俊一郎は笑顔で告げた。


「今日は予定もないし、自由行動としようじゃないか。君も僕のことは気にせず、街でもなんでも見に行きたまえ。なに、なにかあればシャンさんに頼めばいいんだ、気にするな」


 これで文句はあるまい。なんていい上司だとにっこり笑い、けれど俊一郎は目の前のシルフィンにぎょっと目を見開いた。

 怒っている。一目で分かるほどに怒ってますよとシルフィンの目が言っていた。


「……では失礼します」


 部屋を出て行くシルフィンの背中を「あ、うん」と見送って、俊一郎は首を傾げる。やっぱりさっぱり意味が分からない。


「不味いものでも食ったか?」


 昼のランチはそれなりに美味かったはずだがと思い、俊一郎はしばし腕を組んで考え込むのだった。



 ◆  ◆  ◆



(今朝は少し顔に出し過ぎました)


 ひとしきり街をぶらついた後、シルフィンは反省の色を浮かべながら帰路へと付いていた。

 スイートへの階段を昇りながら、はぁと溜息を吐く。


(シャンさん、やっぱりすごい)


 初めは眉を寄せたシャンシャンだったが、何日も接しているとその実力に打ちひしがれる。

 一見ぬけているように見えて、その実ひとつひとつの仕事のクオリティがずば抜けて高いのだ。それをあんなのほほんとした態度でやられるものだから、サービスを受けてる主人はいいとして、メイドとしては冷や汗を流すしかない。


(紅茶……美味しいって)


 当たり前だ。グランドシャロンの副メイド長である。貴族の名門に仕えるメイド長クラスを、オスーディア中から集めたというのがグランドシャロンのスタッフだ。

 そこの副メイド長をあの若さで任される逸材など、自分と比べるのがおこがましいというのは分かっている。


(……紅茶)


 ただ、なんとなく、全部でもないにしろひとつくらい。そう思うのは自惚れなのだろうか。


「って、だめだめ! しっかりしないと!」


 これで主人に八つ当たりしていては、それこそメイド失格だ。朝の不始末はこれから挽回しなくてはいけないと、シルフィンは今一度気合いを入れた。



 ◆  ◆  ◆



「おお、帰ったか。どうだった街は?」


 部屋に戻ると、俊一郎はなにやら書類を広げて足を組んでいるところだった。

 休みだなんだと言いつつ、呆れた仕事人間だとシルフィンは自分の主人を見つめる。


「ええ、楽しかったです。広場の噴水を見に行きまして。自由時間ありがとうございました」

「なに、君も一人の時間は必要だろう。俺も今日はゆっくりしたよ」


 部屋を見渡して、ちくりと胸が痛んだ。それなりに過ごしたはずの部屋は綺麗で、ルームサービスの名残もない。

 けれど、ぽつんと主人の傍らに置かれたティーセットを見つけて、シルフィンは首を傾げた。


「あれ? 旦那さま、これは……」


 ポットを開けるが、中身はない。それどころか入っていた形跡すらなく、シルフィンは俊一郎に顔を向ける。


「おお、そうだそうだ。いや、この茶葉が気にいったんでな。帰ってきたら煎れてもらおうと思ってたんだ」


 その言葉にぴくりとシルフィンの動きが止まる。ぽかんと見つめてくるメイドを「?」な顔で眺めながら、俊一郎は「どうした?」と呟いた。


「い、いえ。紅茶なら、シャンさんに頼めば……」

「あー、まぁ君に煎れてもらったほうが美味いからな」


 なんの気なしに呟かれた一言に、シルフィンはまじまじと前を見つめた。


「ん? あ、いや。今日は休暇にしたいなら別に」

「やります」


 しゅるりとエプロンを腰に回すと、シルフィンは紅茶の準備に取りかかる。

 湯は既に用意されているようで、これならばすぐにでも主人に提供できるだろう。


「いやもうほんと。旦那さまは紅茶がお好きですね」

「え? あ、うん」


 耳をぴこぴこと動かしながら紅茶を煎れ始めたメイドを見つめつつ、俊一郎は頭の上に疑問符を浮かべた。

 なにやら鼻歌も聞こえてきて、今朝のあれが嘘のようだ。


(やはり、たまの休みは大切だな)


 一人にさせたのがよかったらしい。そう結論づけて、俊一郎は流れてくる鼻歌にホッと胸をなで下ろすのだった。



お読みいただきありがとうございます!

漫画版『幻想グルメ』最新話、ガンガンONLINEにて公開しました。今回はコロッセオとフロストマンモスの話です。シャロンやバートも出てきますので気になった方は是非。

おかげさまで2巻の売り上げも好調なようです!この場を借りてお礼申し上げます。これからもなろう版共々よろしくお願いいたします。

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