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第03話 秘密(3)


「んー! 楽しかったですね! 夢のような時間でした!」


 夜の公園。昼間クレープを食べた広場のベンチで、セシリアは目を細めた。

 星空を見上げ、夢見心地であった一日を想う。


「す、すみません。あまり上手くご案内できずに」

「なにを言うのです! シルフィンさんのおかげで素晴らしい一日でした! ……本当に」


 ゆっくりとセシリアの手がシルフィンのものに触れる。指先に感じる温かさにシルフィンは「姫様も温かいんだ」と当たり前のことを思った。

 自分は上手くやれていただろうか。この鳥籠の中の姫君のエスコート役を十分に務められた自信などない。


 それでも。


「本当に、ありがとうございました。……本当に、本当に楽しかったです」


 目の前の少女の嬉しそうな顔を見て、シルフィンは静かに微笑んだ。

 考えもしなかった幸運だ。憧れだけだった王女様と、自分は友達になっとのだという。


 そんなものは幻のようなもので、今日という日を過ぎれば、もう二度と彼女と話すことなどないだろう。

 けれど。それでもいつか、ふと彼女が今日を思い出して笑ってくれるのなら、そう思いシルフィンはセシリアを見つめた。


「私も……楽しかったです。姫様というのもそうですが、友達とこんな風に遊ぶことなど、もう何年もなかった気がします」


 愛想が悪いと言われ出したのはいつからだったか。子供のときは笑顔が可愛いと言われたものだ。

 一人都会にやってきて、意地になっていたのかもしれない。しゃべり方を笑われた日から、段々と口数が少なくなっていったように今は思う。


「ふふ、似たもの同士ですね」


 そっと左手が握られた。包まれた感触に、シルフィンは夜空を見上げる。

 満点の星空。けれど、少しだけ輝きが薄い。電灯も通わない故郷を思い出し、シルフィンは右手で握り返した。


「綺麗ですね」

「ええ、本当に」


 どちらが呟いたか、二人はじっと空を見上げる。

 遊んで食べて、買い物をして。そんな普通の日常が、今ではとんでもなく愛おしく感じられる。


「……そろそろ時間ですね」


 セシリアが呟いた。その声はどこまでも寂しそうで。全く隠す気のない本心に、シルフィンは眉を寄せて彼女を見やる。

 ただただキラキラと輝いて見えたお姫様。悩みなんてないと思っていたのに。


 絵本で見たお姫様は幸せそうで、何もかもを持っていて。王子様が迎えに来て。

 けれど、そういえば独りぼっちだったなとシルフィンは思い出す。


「本当に」


 セシリアの声が震え、ぎゅっと指先が強くなった。

 唇が開き、そしてシルフィンは目を見開く。


「シルフィンさん、わたくし……やっぱり帰りたくない!」


 両手で握られた先に映った涙の粒に、シルフィンは思わず口を動かした。



 ◆  ◆  ◆



 そっとシルフィンは自室の扉を開けた。

 幸い自分の主人はまだ帰ってきていないようで、忍ぶ必要もないのだが慎重になってしまう。


「すみませんシルフィンさん。わたくし……」


 後ろから付いてきたセシリアにシルフィンは「大丈夫ですよ」と微笑んだ。


(ひ、姫様を家に連れ込んでしまったー!)


 内心背中に汗をだらだらと流しながら、シルフィンは部屋の電灯を点す。広がった空間に、セシリアは「わぁ」と顔を華やかせた。


「可愛いお部屋ですね! わたくし、友達の部屋に入るのなんて初めてです!」

「す、すみません。散らかってて」


 シルフィンの部屋は使用人の部屋としては破格で、元々は婦人用にも使えるような姿見付きの部屋を俊一郎があてがったものだ。

 広さとしても十分なもので、王宮育ちのセシリアも特段カルチャーショックを受けることなく部屋を見回した。


「明日の朝には必ず帰りますから! 必ず!」


 セシリアが両の手を握り、力強くシルフィンを見つめた。

 なんだかんだで雰囲気に流されてここまで連れ込んでしまったが、もうどうにでもなれとシルフィンは思う。


(ま、まぁ大丈夫……ですよね?)


 正直、ここまで夜になってはセシリアを一人で城に向かわせるのも危ない。ひとまず朝まで保護して、そっと城に戻ってもらおうとシルフィンは考えた。


「あら、シルフィンさんこれは……?」

「あっ」


 ベッドの横のテーブルに置かれた黒い布を、ぺらりとセシリアがめくり上げた。シルフィンが止めようとするが既に遅い。

 中から幻想的な蛍木の光が部屋に漏れだし、それを見たセシリアがぴたりと止まる。


「これって……アキタリアの」

「ど、どうなんでしょうね! うわー! よく似てる! そっくりだぁ!」


 慌ててシルフィンは黒い布を取り上げた。アキタリア皇国が秘伝栽培の実がなぜこの部屋にあるのかは、シルフィン自身もよく分かっていない。

 ただ自分の主人とその友人がきな臭いことをしているのは事実のようで、あたふたとシルフィンは背中に光玉の実を隠した。


「ふふ、見なかったことにします」

「す、すみません」


 にこりと笑われ、シルフィンは乾いた笑いを浮かべた。

 さて、ここからセシリアと夜を明かすわけだが、一つ問題が存在する。


(旦那さまには……言った方がいいんでしょうか?)


 勝手に連れ込んだことに関しては悪い気がするが、言えば本格的に巻き込んでしまう。どうしようかとシルフィンが悩んでいると、玄関のドアが勢いよく開く音が聞こえた。


「旦那さま!?」


 びくりとシルフィンの身体が跳ねる。しかもどうやら、足音は階段を上りこちらに近づいてきているようで。


「あわわ! ひ、姫さま! とりあえずこちらに!」

「あらあら大変」


 ベッドの布団を持ち上げて、シルフィンが中を指さした。失礼な気もするが、すぐに隠れられるところなどここしかない。

 セシリアの方はというと、とても楽しそうに布団の中へと潜り込んだ。


「シルフィン! いないのかー?」


 間一髪。がちゃりと開けられたドアの向こうに、普段の顔の俊一郎が口を開けていた。


「なんだ、いるじゃないか。帰ったぞ」

「お、お帰りなさいませ」


 ギリギリセーフだと思いながら、シルフィンはなんとか返事を絞り出した。

 けれど慌てていたものだからギクシャクしたものになってしまい、なんだか髪も乱れている。


「ん? どうした」


 ベッドを隠すように立っているシルフィンの様子を見て、俊一郎は不思議そうに首を傾げた。


「い、いえなにも」


 再びのギクシャクした返事。怪しいと、俊一郎が奥をのぞき込む。

 それを遮るようにシルフィンが移動して、これはいよいよおかしいと俊一郎は眉を寄せた。


「……シルフィン。そのベッドの膨らみはなんだ?」

「うぐっ」


 バレた。あっさり瓦解した作戦に、シルフィンの汗が流れる。


「いえ、その。これは……か、片づけをですね」

「ほう。ベッドの中にか」


 追求にシルフィンの視線が泳ぐ。俊一郎の声色が棘を帯び、聞き慣れない声にシルフィンの汗の量が増えていく。

 そんなシルフィンを見て、俊一郎はハァとため息を吐いた。自分でも分からくらい、必要以上にイライラしている。


「残念だ。君はそういうところは真面目だと思っていたのだが。……君の男関係など口出しはしないがね、一応ここは僕の家なわけで」

「えっ?」


 俊一郎の声にシルフィンががばりと顔を上げた。なにやらとんでもない勘違いをされていると、シルフィンの目が見開く。


「主人の留守中に男を連れ込むのはいかがなものかと思うよ。いや、ほんと。君がどこの誰と付き合おうが勝手なわけだし、興味なんてないわけだけど」

「え、いえ! そ、そんなことは!」


 その勘違いは困る。シルフィンが思わず発した振る舞いに、イラっと俊一郎の眉が寄った。

 ずんずんと突き進み、シルフィンを押しのけてベッドの膨らみに手を伸ばす。


「往生際が悪いぞ。それともなにか? 猫でも拾ったとでも言うつもりか?」


 ばさりと、案の定人の手で握られていた毛布を勢いよく引き剥がす。

 そら見ろとのぞき込んだベッドの人物に、俊一郎の目がぎょっと見開いた。


「お、お邪魔しております」


 ビクビクと震えながら見上げてくる王女と目があって、さすがの俊一郎の口も軽く開いた。


「……え?」


 頭を抱えるシルフィンの夜は、まだ明けそうもない。



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