第02話 秘密(2)
「んん~~ッ!?」
口に広がる暖かな甘みに、セシリアが目を丸々と大きくした。
「シルフィンさん! 美味しいです!」
「そ、それはよかったです」
王都の広場で売られている粉菓子。言ってしまえばバターと少量の蟲蜜が塗りつけられた簡素なクレープにかじり付くセシリアを見やりながら、シルフィンはどきどきと鼓動を速くしていた。
(い、いいのかな。姫様にこんなもの食べさせて)
自分たちからすればお洒落で豪華なデザートだが、なにせ相手が姫君だ。「大丈夫だろうな」とシルフィンは広場の隅の屋台をキッと睨んだ。
ただ、当の姫様は大層喜んでくれたようで、嬉しそうにクレープをかじっているセシリアにシルフィンの頬が少し緩む。
「じゃあ姫さま、街を見に行きましょうか」
「へ? す、すみません! まだ食べて……ッ!?」
立ち上がり歩き出したシルフィンに、セシリアがハッと目を見開く。にやりと笑って、シルフィンは左手を差し出した。
「歩き食いです」
セシリアの顔が輝いたのは言うまでもない。
◆ ◆ ◆
「シルフィンさんシルフィンさん! すごいですね! 歩きながらものを食べるなんて! 悪ですよわたくしたち!」
「ふふふ、なんなら飲み物も買ってもいいんですよ」
はしゃぐセシリアの手を握りながら、シルフィンは得意げに王都の街を歩いていた。
最初はどうしようかと途方に暮れたが、覚悟を決めてしまえば気持ちも変わる。なにせ隣にいるのは一国の王女さま、そしてそれを自分がエスコートしているのだ。
まるで気分は要人のSPで、随分と出世した気分でシルフィンは進んでいく。
「シルフィンさん! シルフィンさん! あれはなんですか!?」
「ふふふ、あれはパン屋さんですよ。頼んでおくとパンを焼いておいてくれるんです。まぁ、私は自分で焼いてますので使いませんが」
「まぁ素敵! シルフィンさんは料理上手ですのね!」
さらりと入れた得意げを褒められて、シルフィンは思わず口角を緩ませた。ほんとは週の半分ほどはお世話になっているのだが、まぁそこら辺は誤差の範囲だ。
「ところで姫さま、どこか行きたいところはありますか?」
ふと、気になってシルフィンは振り返った。手を握りながらニコニコと付いてくるセシリアは楽しそうだが、行きたいところがあるかもしれない。
シルフィンに見つめられ、セシリアは「そうですねぇ」と頬に指を当てた。
◆ ◆ ◆
「わぁ、見てくださいシルフィンさん! すごく可愛い!」
持ち上げられた人形を見て、シルフィンは眉を寄せた。
太った猫のような布仕立てのストラップが、不細工面でセシリアを見つめている。
「そ、そうですかね?」
「そうですよ! やぁん、可愛い!」
絶妙に不細工なぬいぐるみを手元に見つつ、シルフィンは首を傾げた。とはいえセシリアの美的センスが変というわけではなく、どうやら人気商品のようで。最近の女の子の感覚はよく分からないと、シルフィンは不細工に見つめてくるストラップをじぃっと睨む。
『わたくし、普通の女の子みたいになりたいんです』
そうセシリアに言われたのが一時間ほど前。ちらりと覗いた姫様の横顔は、心の底から楽しそうで。シルフィンはまぁいいかとくすりと笑った。
普通の女の子。そんなものになれないことなどはセシリアとて理解している。せめて今日くらいは普通の女の子のように。そんな願いを叶えるため、巷で人気の雑貨店に来てみたのだが。
(う、うーん。そもそも、どこで遊べばいいかよく分かりませんね)
難しげな顔でシルフィンは腕を組む。悲しいことに自分には休みの日に遊ぶような友人はおらず、普通の女の子がどこで遊んでいるかなんてさっぱりだ。
(……まさか私、旦那さまより友達少ないんじゃ)
衝撃の事実に気がついて、シルフィンはガーンと雷に打たれた。考えてみれば、あの変人の主人にも親友と呼ぶべき相方が存在する。
あまりこのことは考えないようにしようと、シルフィンはふるふると首を振った。
「どうしました?」
不思議そうなセシリアの顔が、下からシルフィンを覗き込んだ。くりくりと可愛い眼に見つめられながら、シルフィンは恥ずかしそうに頬を掻く。
「い、いえ。その……恥ずかしながら友人がいなくて。普通の女の子はどこで遊んでいるのかなと」
「まぁ! シルフィンさんお友達がいないんですの!?」
驚かれ、カァとシルフィンは頬を染めた。そりゃあそうだ。田舎から出てきたとはいえ、それも何年も前の話。友人がいないのは、偏に自分の付き合いベタと愛嬌のなさが原因である。
「わたくしと同じですね!」
そして、嬉しそうに上げられた声にシルフィンは面食らった。
「そ、そうなんですか?」
「はい! わたくしも、ずっとお城の中でしたから。何人か貴族のご子息の方たちが遊び相手になってくれたみたいなんですが、なんか怖くて」
照れたように言うセシリアを、驚きながらシルフィンは見つめた。明るく可愛らしい姫様だ。それはそれは仲の良い友人も多いのだと思っていた。それこそ、自分のような平民はともかく貴族の方たちはーー
『この中のいったい何人が、心の底から姫様をお祝いしていることやら』
そのとき、いつかの主人の言葉が頭を過ぎった。あれだけ集まっていた人々。けれどその思惑は様々で。
「そうだ、シルフィンさん。わたくしと友達になってくれませんか?」
言ってみただけ。そんな諦めと共に告げられた言葉に、シルフィンはぎゅっと指を強く握った。
セシリアの持っていた人形をひょいと掴み、もう一体を握りしめる。ずんずんと歩いていくシルフィンを、セシリアは慌てて追いかけた。
「し、シルフィンさん?」
怒らせてしまっただろうか。そう思い焦ったセシリアの目の前に、ずいと不細工な面が突き出される。
紫色の、猫かなにかも分からない、不出来な面だ。
「お、お揃いで。持ちましょう」
ぎこちなく差し出されたぬいぐるみを、セシリアは受け取った。セシリアにとってもだが、どうやら目の前のメイドも初めての経験のようで。
「はい!」
嬉しそうに笑うお姫様の顔を見て、メイドは無愛想に頬を掻いた。




