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£最終話 いつか

おかげさまで漫画版『幻想グルメ』重版出来です!もう全国の書店さんに並んでいるらしいので、発売日に買えなかった方でお見かけした場合は是非。

なお、今話で2章完結です。3章も近々更新予定なので楽しみにしていただけたらと思います。


「え? じゃあ、お父さんたちは知ってたの!?」


 わいわいとらんちき騒ぎをしている父達に向かって、シルフィンは驚いたように口を開いた。


「はは、いいところだったろ? 父さんも昔は母さんとよく行ったもんさ」

「巫女んとこに一芝居頼んでおいたから、ええ雰囲気になったべ?」


 あっけらかんと笑う男衆を見て、シルフィンは唖然としながら立ち尽くした。

 母親の方を振り向くと、母も「あらあらまぁまぁ」と澄まし顔だ。


「せ、聖域なんじゃ」

「そうねえ、神聖な場所だからあんまり入っちゃだめなんだけど……母さんも初めて行ったときは嬉しかったわぁ」


 のほほんとノロケる母の声を聞きながら、シルフィンは疲れたように頭を押さえた。まさか子供の頃から聞かされていた聖域が、村の若者たちのデートスポットだったとは。


「あの貴族のお役人さん、独身なんだろ? いいじゃないか。玉の輿って奴だぜ」

「おお! そりゃあいい! したらこの村も安泰じゃ!」


 酒に酔った村の者たちが口々に勝手なことを話し出す。どうしたものかと思いつつ、シルフィンは呆れたように肩をすくめた。


「あのですね! そもそも旦那さまは貴族じゃ……」

「シルフィン、魚が焼きあがったぞ!」


 勢いよく扉が開かれる。嬉しそうにソラ魚の串焼きを抱えて戻ってきた俊一郎に、シルフィンは全身の毛を逆立てて飛び跳ねた。


「ん? どうした、なにかあったか?」

「い、いえ! なんでもないですっ!」


 シルフィンが慌ててぶんぶんと首を振る。それを見た男衆がぴぃぴぃとはやし立て、聞いたシルフィンがキッと連中を睨みつけた。

 不思議そうな顔をしながら、俊一郎はむしゃりとソラ魚のお腹にかぶりつく。


「美味いぞ。特別変わった味ではないが、脂がのってていい感じだ」

「……いただきます」


 もはや疲れたというように、シルフィンは串を受け取る。結局あの後は入れ食いで、最終的には30匹ほど釣ることができた。


「皆さんの分も焼きましたので、どうぞ」

「おお、これはこれは」


 村の女衆と共に串を配り始めた俊一郎を眺めながら、シルフィンは深くため息を吐く。相変わらず、どこにいても変わらない。


「あ、おいしい」


 ふんわりとした香ばしさに、シルフィンは小さく呟く。

 まぁいいかと思いながら、メイドは自分の主人が故郷に溶け込んでいく様子を眺めるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「いい村だったな」


 馬車が音を立てて進んでいく。揺れる車内で落ちた呟きに、シルフィンはちらりと俊一郎を見やった。


「お仕事、上手くいきそうですか?」

「馬鹿言え。そういう意味じゃない」


 呆れたように息を吐かれ、そこで初めて自分の故郷が素直に褒められているのだと気がつく。

 けれどどこかピンと来ずに、シルフィンは「そうですかね?」と首を傾げた。


「なにもない村ですよ」


 他人に田舎だと馬鹿にされるのは癪に障るが、事実なのだから仕方がない。客観的に自分の村を評価すれば、貧困に苦しむ辺境の農村だ。


「はは、俺の田舎といい勝負だったぞ」

「え?」


 少し驚いて、シルフィンは俊一郎を見やった。そういえば、自分は主人のことをなにも知らない。

 故郷のことを聞くのは初めてではないかと、メイドは主人の声に耳を傾けた。独り言のように、俊一郎は軽い調子で言葉を続ける。


「滅び行く漁師町というやつだ。俺が上京に使った路線なんて、その数年後には取り潰されてな。仕事どころか、同年代の女子すらおらん」


 なぜか楽しそうに故郷の悪口を言う俊一郎を、シルフィンはじっと見つめる。魔導鉄道が開通したのは二年前だ。廃線になった路線など聞いたことはない。

 けれど、嘘は言っていないと伝わってきて、シルフィンはそっと身体を俊一郎の方へ傾けた。


「……旦那様の故郷にも、行ってみたいです」


 肩が小さく触れる距離で、メイドはポツリと言葉をこぼす。それを聞いた俊一郎の顔が、どうしたものかと一瞬止まった。

 ぽりぽりと頬を掻き、じっと目を瞑るメイドを見やる。


「いつか帰れるときが来たら、連れて行ってやる」

「はい、楽しみにしています」


 聞きたいことがたくさんある。知りたいこともたくさんあるが、メイドはそれ以上の口を閉じた。

 いつかを口にしてくれるということは、それまで置いて於いてくれるということだ。


 メイドに必要なのは、張り付けた笑顔と平常心。

 そういえば最近怠けていたかもしれないと、シルフィンはそのままの顔でくすりと笑った。


 耳を澄ませば、鼓動すら聞こえてきそうでーー


 ぐううううう


 聞こえてきた腹の音に、シルフィンは思わず笑みを深めてしまう。


「腹が減ったな。そろそろどこかに寄って行くか」

「はい、そうしましょう」


 揺れに合わせて肩を離す。

 自分たちはこれでいいと、メイドは車窓から見える故郷の景色に微笑んだ。


 

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