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第06話 干し肉とパン。そして安酒

夕方の5時頃に05話を投稿しています。未読の方はそちらからお読みください。

「シーフード……海鮮ですか?」

「そうだ。それ以外に何があるというのだ」


 俺の発言を聞いて、シルフィンの額を汗が流れた。呆れたような、何か言いたげな表情だ。


「わざわざ、ご飯を食べにニルスまで?」

「当たり前だ。考えてもみろ、貿易で栄えているといっても港町。面白いものなんてありはしない。飯以外の取り柄など、無いに等しい」


 顎に垂れたシルフィンの汗の粒を目で追いながら、俺は解説を続ける。


「仕事でならともかく、なぜ田舎に好き好んで行かねばならん。馬鹿らしい。何のために王都に居を構えたと思ってる」


 王都は素晴らしい。この世界に居ながらにして、それなりのものを食って生きていくことができる。

 特に魔導鉄道の開通以後は、様々な地方の食材が王都の市場には集結しているという。王都の市場で仕入れられ、料理人が腕を振るった料理が俺の胃袋に入るというわけだ。


「だがな、とはいっても所詮は異世界。物流がなっちゃいない。そんな場所で生きている、可哀想な俺の悩みは何だと思う?」

「えっと、仰っている意味がよく……」


 話の繋がりが読めず、シルフィンが表情を固めた。当然だ。こっちも分かってもらうようには話していない。


「海鮮だよ海鮮ッ! こちとら日本人だぞ。なのに、王都といえども集まってくる海鮮は塩漬けか干物ばっかり。生魚なんて夢のまた夢。どういうことだいったい!?」

「ど、どういうことだと言われましても」


 怒りを露わにする俺に、シルフィンは困惑顔だ。彼女にとっては、魚なんてものは干されているか塩漬けか。


 魔導鉄道は確かに素晴らしい発明だが、それでも新鮮な魚介類を王都に満たすには不十分だった。当然の話だが、輸送の際の冷凍保存などが出来るようになったわけではない。ニルスで水揚げされた海鮮も、運輸の際に塩漬けなどの加工をなされて運ばれてくるのが常である。


「ニルスの隣のエルダニアといえども、馬車で半日はかかります。いくら鉄道が通っているといっても、王都に海鮮を生で運ぶというのは……」

「だからこうして、わざわざ出向いてやっているのだろうが。鉄道に乗れば、片道二日。行けないということもない」


 腕を組む俺を、シルフィンは絶句しながら見つめた。個室を取っているといっても、この狭さだ。なぜそこまでして飯を食いに行かねばならぬのだろうと、そう顔が言っている。


「なぁに、景色でも見ながら寝ていればすぐさ。個室だから宿場町で降りる必要もないし、最短でニルスに着く。君の分も奢ってやるから、楽しみにしていたまえ」

「はぁ。それは、ありがたいですが」


 不安そうに、シルフィンは俺の顔を見つめた。まったく、何を心配しているのやら。たかが鉄道の旅。風情があっていいではないか。


「……そうだ、昼飯だ。シルフィン、荷物を」


 窓を眺めていると、思い出した。忘れるところだった。


「荷物というと、こちらですか? かなりの重さでしたが何を持ってこられたんです?」


 シルフィンが傍らから荷物を持ち上げ、差し出してくる。それを受け取り、俺は旅行鞄の中身を取り出した。


「ふふふ、決まってるだろ。飯だ」


 そう言いながら、俺はごとごとと出てきた品々をテーブルに並べる。

 並べられた本日のランチを見て、シルフィンは少し驚いたように目を見開いた。


「これは?」


 視線が俺の顔に移り、思わずうんうんと頷いてしまう。

 ひとつずつ手に取りながら、俺はシルフィンに解説してやった。


「いいか? これが安物の果実酒。そして安物の干し肉に、安物のパンだ。ふふ、これを三セット買ったところで、君の日給にも及ばん」

「はぁ。……なぜ、わざわざ安物を?」


 固いパンを指でつつきながら、シルフィンは不思議そうに俺の手元の果実酒の瓶を見やった。ラベルも貼られていない、名もなき酒だ。


 なにも分かっていないシルフィンに向かい、俺は盛大な溜息を吐いた。


「ふぅ。君は風情というものを知らないようだな。もう少し勉強したまえ」

「……少々カチンときましたが、雇い主なので口は閉じておこうと思います」


 賢明だ。ものを知らないシルフィンに、俺はテーブルの上の干し肉を摘んで見せた。

 ふりふりと揺らしながら、彼女の目の前で解説する。


「どうも君は、俺のことを高級品しか認めない似非な美食家だと思っているらしいな」

「違うのですか?」


 きっぱりと聞き返すシルフィンに、俺は両手を広げてみせる。呆れた。自分のメイドがここまで教養なしだったとは。


「いいかね、物事には風情というものがあるのだよ。このような場で、高級食材を食べてどうなる? 安い干し肉を噛みながら、旅の景色を眺める。そこにこそ、価値があるというものだ」

「はぁ。言わんとしていることは、分かるような気もしますが」


 俺の講義に、シルフィンも感銘したようだ。大人しく干し肉をひとつ摘み、パンを見やる。


「ですが、その。わたしはともかく、旦那さまは……」


 シルフィンが言い掛けるが、無視をして俺は干し肉を口に運ぶ。


 実のところ、少しわくわくしているのだ。

 ファンタジーな世界で干し肉を。定番だ。それも魔法で動く列車の中で。心躍らぬほうが可笑しい。


 ビーフジャーキーは好きだ。がっつりとした肉の歯ごたえ。おかずとは言えないかもしれないが、そこにしかない楽しみがある。


 鞄に干し肉とパン、そして安酒を詰め込んで。素晴らしいじゃないか。こういう雰囲気には、安物でなければいけない。


 柔らかな肉汁したたるステーキでは、似合わぬというもの。


「くくっ。やはり男はいくつになっても少年……って、ん?」


 がちんと、歯が何かに当たった。なんだ? 干し肉に鉄くずでも紛れていたか。


「くっ、か、硬っ!? なんだこれはっ!? 硬すぎるぞっ!?」


 ありえん。噛めるとか噛めないとかの問題ではない。歯が刺さる気がしない。


「旦那さま」


 愕然として干し肉を見ている俺に、シルフィンが声をかけてきた。見ると、シルフィンの手には細かく千切られた干し肉が握られている。


「肉の繊維に沿って、ちぎって。口の中の唾液でふやかしてから、食べるのです」


 もぐもぐと、小さな肉片をゆっくり咀嚼しているシルフィン。あんな風に食べていたら、何時間かかるか分かったものではない。


「……風情もなにもあったもんじゃないな」


 諦めて干し肉を放り投げ、俺は酒瓶に手を伸ばす。

 さっさと酔っぱらって、寝てしまおう。そう思い、俺は瓶の先を口に咥えた。


「ぶッ!?」


 途端、とんでもない酸味が口の中に襲いかかる。

 思わず噴き出して、腐ったような酒の味に顔をしかめた。これは断じて人が飲むものではない。


 呆れたような顔のシルフィンを横目に、俺は本日最大の溜息を吐く。


「やっぱり、安物はだめだな」


 遠い目をしながら頷いて、俺はテーブルの上の品々をシルフィンの方へと寄せるのだった。

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