第33話 帰郷(2)
「ふむ、やはり魔導鉄道は素晴らしいな。こんな辺境までわずか三日だ」
「辺境で悪かったですね」
ぷくっと膨れているメイドの顔を窺いつつ、俊一郎は小さく笑った。
ホームに降り立ち数分。どんなド田舎かと思いきや、駅周りは中々に活気がある。
「そう怒るな。鉄道が通るまでは寂れた地方だったのは本当だろう?」
「……まぁ、確かにそうですね。随分と変わりました」
荷物を持ったシルフィンが辺りを見回す。鉄道自体が通ったのは2年前だが、この駅が作られたのはほんの半年ほど前だ。つまりは彼女が王都に上京したときにはまだ出来ていない。
「いや、ほんと。変わりましたね。こんなに人が……地元じゃ賑やかな方ではありましたけど」
ホームにごった返ししている人の波を眺めながら、シルフィンは驚いた顔で口を開いた。王都ほどではないといえど、かなりの人混みである。
「この辺りは元々は行商人の交易地点だったんですよ。毛皮とか、鉱石とかの」
「なるほどな。ちょうど王都と山岳地帯との中間だ。そこがそのまま鉄道の駅になったわけか」
この前のクリスタル鉱山の町もそうだが、交通網の発達は人だけでなく物資の流れも変化させる。この街は上手いことおこぼれに預かれた形だが、たとえば鉄道が通過するだけの村などはマイナスの影響があったところもあるだろう。
「とりあえず改札を抜けようか。ははさすがに自動改札とはいかんな」
「なに言ってるんですか?」
乗車券を取り出す俊一郎にシルフィンが眉を寄せる。それを笑って返しながら、俊一郎は改札に座っている人影に目を向けた。
「……あれが駅長か?」
改札の横。備え付けのスタンドの上に、でっぷりと太った猫が座っている。ふてぶてしい顔のブチ猫で、見れば尻尾が二本伸びていた。
眠そうな表情で、行き交う人の乗車券を預かっている。首から提げた袋に切符を集めているようで、どうやらちゃんと仕事をしているらしい。
「可愛いっちゃ可愛いが、まんま猫だな」
猫の駅長。どこかで聞いたことのある話だが、風情があっていいことだ。亜人も獣人もいる世界。まぁ許容範囲の見た目だと俊一郎は切符を渡して改札を抜ける。
「おおー、姉ちゃんいい尻尾してるねー。どう? 仕事終わったら飲みに行かにゃーい?」
抜けて数秒後。背後から聞こえてきたおっさん声に、俊一郎は「やっぱり無理だな」とため息を吐くのだった。
◆ ◆ ◆
「と、まぁ賑やかなのは駅前だけで当然こうなるか」
背中に藁の香りを感じながら、俊一郎は苦笑しつつ空を見上げた。
快晴の空の下、牛に引かれた牛車がゆっくりと進んでいく。
「まさかケンタウロス車どころか、馬車すらろくにないとはな」
「いいじゃないですか、こうして乗せてもらえたんですから」
傍らのシルフィンが気持ちよさそうに荷台から身を乗り出して辺りを見回す。
現在俊一郎たちは、たまたま出くわした農夫の人の荷台に乗せてもらっていた。聞けば、どうやらアルバ村の近くまで行くらしい。
「ま、のんびりしたのもたまにはいいもんだ。最近忙しなかったからな」
「そうですよ。お仕事ですけど、せっかくですし息抜きしてください」
シルフィンの耳がぴこぴこ動く。言葉とは裏腹に、彼女自身は久しぶりの帰郷に興奮しているようだ。懐かしそうに、長閑な道が続く景色を眺める。
「そういえば、旦那さまはなんでまたうちの村なんかに? 私がいうのもなんですけど、特になにもありませんよ」
「ん? ああ、まぁいろいろとな。簡単に言えば、土地の買い付けだ。なんでもサキュバールが農園をしたいらしい」
俊一郎の言葉にシルフィンはきょとんと首を傾げる。そりゃあまぁ畑は多い地方だが、わざわざこんな辺鄙なところである必要はない。
にやりと笑って、俊一郎は懐から小さなボトルを取り出した。中に入った蛍光色の液体に、シルフィンも目を細める。
「それって……」
「ふふ、以前作った蛍木の光玉の果実酒だ。あのときとは比べものにならないほどに上等な出来だぞ」
ゆらゆらと小瓶を揺らすと、僅かに中身が光を発する。
銘酒ライトロード。その輝きを、シルフィンは胡散臭そうな瞳で見つめた。
「あの、確かそれってアキタリアの」
「そうだ。どこかの阿呆が苗木を持ち帰って栽培を始めた、ありがたーい実を使っている」
楽しそうな主人の顔に、呆れ果てたとシルフィンは息を吐いた。なにを隠そう自分の部屋にも件の実はあるのだが、目の前の主人が言っている栽培というのはそんな規模ではないだろう。
「いいんですか? 勝手にそんなことして」
「おいおい人聞きの悪い。別にサキュバールが盗んだわけでもなし。良心的な値段で、アキタリアの行商人から買い付けたものだよ。ま、ほんの俺の月収数ヶ月分ほどだ」
もはや何も言うまい。涼しげに語る俊一郎の話にため息を吐きながら、シルフィンは荷台の藁に背中を預けた。
「……って! ちょっと待ってください!? さっき土地の買い付けとか言ってませんでした!?」
なにかが繋がり、がばりとシルフィンが起き上がる。なにやら嫌な予感がして、目の前の商売人をメイドは見つめた。
「ああ、君の村の周り一帯をな。あの実はほら、精霊とか関係あるだろ? いろいろサキュバールが調べた結果、君の村の辺りが一番栽培に適していたらしい」
「な……ちょッ」
聞いていない。そんな話聞いていない。いや、自分に話す必要はないのだが、あっけらかんと話す主人の顔にシルフィンは拳を叩き込みたくなった。
「ははは! なに、むしろ喜ばしいじゃないか! なにもなかった村に、特産品ができるんだぞ。村の雇用も鰻登りだ」
「……なんというか、旦那様たちに敵が多い理由がなんとなく分かりました」
確かに、喜ばしい面もあるのかもしれないが。なんとなく今回ばかりは手放しでは喜べないと、シルフィンは記憶となにも変わらない長閑な畦道を見つめる。
「村の人頑固ですから、そう上手くいかないと思いますよ。私は協力しませんからね」
「なに、その辺りは腕の見せ所だ。安心したまえ、今回の仕事はむしろ本職だ」
にたりとタイを絞る俊一郎の表情を、シルフィンはどきりと見つめる。普段から自信満々な人だが、主人の背中から漂う得体の知れない胡散臭さとオーラに、メイドはぞくりと身を強ばらせた。
(大丈夫かな、私の村……)
何事もなければいいが。そう思いながら、シルフィンはゆっくり流れていく雲を見上げるのだった。




