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第32話 帰郷(1)




「シャロンお嬢様と……?」


 メイドの話を聞いて、俊一郎は驚いたように目を見開いた。

 なにげない世間話だと思い聞いていたが、予想もしていなかった話題に夕飯の用意をしてくれているシルフィンを見つめる。


「お、今日も美味しそうだな」


 並べられた料理に俊一郎が身を乗り出した。話も気になるが、目の前の料理はもっと気になる。

 どうやら本日のメニューはステーキのようで、取り合わせのマッシュポテトをひょいと摘んだ。


「うん、美味い。……と、それでだ。なんでまたシャロンさんと?」

「さ、さぁ。私にもよく。突然誘われまして」


 シルフィンが困惑顔で首を傾げる。ポケットの中に仕舞った連絡番号を主に知らせていいものか悩みながら、シルフィンはソースを肉の上に垂らした。

 じゅうじゅうという心地良い音が響き、俊一郎がうんうんと頷く。


「しかし、シャロンお嬢様が君とねぇ。……特に仕事の話もされなかったんだろ?」

「はい、特には。なんというか、世間話みたいな感じで」


 少し考えて、シルフィンは番号のことも話の中身も詳しくは話さないことに決める。ただの女子会の内容を、わざわざ雇い主に伝える必要もないだろう。

 俊一郎も、深くは聞かない。シルフィンを使って機密を聞き出すようなセコい真似をする人物でもないし、なんとなく似ている奴を知っているからだ。


「ところで、なにを食べたんだ? さぞ豪勢だったろう」


 話の内容にはさほど興味はないというように、俊一郎の目がそこで輝いた。こればかりは隠し通せるとも思わず、メイドも正直に告白する。


「テイオウ貝の酒蒸しなどを」

「な、なに!? テイオウ貝だとッ!?」


 どこか得意げに告げられたメイドの言葉に、俊一郎は唖然と口を開けた。

 悔しそうに、羨ましいと声を絞り出す。


「て、テイオウ貝といえば宝飾や建材の高級材料だぞ。貝柱なんぞ、港町でも中々手に入らん」

「そこはほら、ロプス家のご当主さまですので」


 ニタリと笑ったシルフィンに、うぐぐぐと俊一郎の恨めしそうな眼差しが向かう。

 ずるいぞと目で言われ、それをシルフィンは軽く受け流した。


「さすがに殻は持って帰れませんでしたが、美味しゅうございました」

「うぎぎぎ……貴様、主人を差し置いてなんて羨ましい」


 本当に心底悔しそうな俊一郎を見て、シルフィンは呆れたようにくすりと笑う。なんともまぁ、食い意地の張ったご主人さまだ。

 ただ、確かにアレは美味しかったとシルフィンは少し早かった夕飯を思い出す。


 まるでシルクを幾重にも合わせたような貝柱の舌触り。しっかりとした弾力があるのにどこか儚くて、食べている間は一瞬緊張を忘れていた。

 主ほどではないが、自分の食い気もよっぽどだとメイドは一人反省する。


 けれど、要はああいう驚きと幸せに満ちた時間。それが欲しくて自分の旦那さまはいつも何かを探しているのだろう。


「旦那様、シーフードお好きですもんね」

「ん? ああ、まぁそれが特別好きなわけではないがな。王都に居ると新鮮なものは中々食えん。日本人としては海は恋しくなるところだ」


 俊一郎に言われ、シルフィンは「ニホン?」と不思議そうに首を傾げた。それになんでもないと手を振って、俊一郎はステーキ肉を口に運ぶ。


「君の料理上手で随分と助かってはいるがな。それでも所詮は市場で買った平凡な食材。和牛が置いてあるわけでなし、そろそろヒットが欲しいところだ」

「というと……旦那さまがときおり仰る、当たりの食材ですか」


 シルフィンの返事を聞き、「わかってきたじゃないか」と俊一郎はすっかり平らげた皿の上にナイフを置いた。なんだかんだで日々の食事も楽しんでいる俊一郎を眺めながら、シルフィンは食後の紅茶を準備する。


「久しく大当たりを引いてない。はぁ……どこかに美味いもんの話しでも転がってないものか」

「そう美味しい話はありませんよ。食材だけに」


 紅茶を注ぐシルフィンを、軽く驚いたように俊一郎が見つめる。どうも冗談らしい。


「そうだな。美味しいだけにな」

「……忘れてください」


 かぁとシルフィンの顔が赤く染まる。冗談も言えるのかと笑いながら、俊一郎はおもむろに懐から用紙を取り出した。

 もはや見慣れたサキュバール家の蝋印を見つめて、俊一郎はため息を吐く。


「バートからの仕事でな。また遠出だ。聞いたこともないど田舎で、美味いものは期待できそうにない。まぁ、鉄道が近くの町まで通っているのが救いだがな」


 ぴらぴらと中の手紙を振りながら、俊一郎は腰を押さえる。馬車での道中は中々に腰へのダメージが大きい。鉄道が通っていなければ今回は断っているところだ。


「へぇ、なんてところです?」


 シルフィンも興味深げに手紙を見つめる。従者として付いていかなければならない限り、彼女としても場所は重要だ。

 そして、主から告げられた地名にメイドはぴたりと動きを止めた。


「アルティニア地方の、アルバ村とかいうど田舎だ。まったく、バートの奴め、俺のことを田舎専用の営業マンかなにかと勘違いして……」

「旦那さま」


 話を切られ、俊一郎が顔を上げる。にこやかに微笑んでいるメイドの顔に、俊一郎の顔が凍り付いた。


「ど、どうしたシルフィン?」


 まさかなと思いつつ、俊一郎は天に祈る。その願いを聞き届けたかのように、シルフィンは満面の笑顔で口を開いた。


「アルバ村は、私の故郷でございます」


 にっこりと丁寧な口調でそう告げられ、俊一郎は「ごめんなさい」と一言謝るのだった。



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