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第30話  ロックリザードの干し肉


「ほう、これはなかなか……」


 目の前に広がる光景に、俊一郎は目を輝かせた。

 傍らのシルフィンもキラキラとした瞳で辺りを見回している。


 洞窟。いや、大空洞とでもいうべきか。まるで小さな街のように立体的に広がっている空間に、俊一郎は思わず唸った。


「凄いですね。もう少し窮屈な感じを想像してました」


 横に立つ角の生えた男に俊一郎が話しかける。この鉱山を所有しているルチモンド家の嫡男坊、シコル・ルチモンドだ。


「外壁がしっかりしていましてね。採掘で掘った空間も勿論ありますが、ほとんどは自然に作られたものです」


 シコルに言われて俊一郎は改めて大空洞を見回した。ところどころクリスタルの原石が露出している岩壁は幻想的で、それを魔力発電による電灯が淡く照らしている。


「魔力発電のおかげで鉱山深くまで明かりが届くようになり、随分と採掘が楽になりました。以前は松明を使っていたのですが、まぁ事故も多かったので」


 説明に、なるほどと俊一郎が頷く。酸欠の問題もあるだろうし、安全性の向上は大切だ。

 それにしてもと、俊一郎は働く人々の姿を見下ろした。何十メートル下なのだろうか。想像以上に遙かに多くの人々がこの鉱山で働いているようだ。


「店もあるんですか?」

「ええ、ところどころの空間に休憩所や小さな食堂などは用意しています。ちょっとした街って感じでしょうか」


 その炭坑街に続く階段を、シコルの後に続いて降りていく。赤褐色の岩で出来た階段を踏みしめながら、俊一郎は壁から飛び出しているクリスタルの角を指で触った。


「綺麗ですね、旦那さま」

「ああ、この鉱山自体が観光名所として申し分ないな」


 ただ、そうもいかない。廃鉱になった後ならともかく、今はあくまで労働をする場所だ。


「ルチモンドさんはなんて?」

「父はサキュバールに任せると。……お恥ずかしい話ですが、昔村おこしに失敗しておりましてね。四大貴族の相談役さまが強力してくれるなら、願ったり叶ったりですよ」


 お世辞ではなく、心の底から安堵しているシコルの声色を聞き、俊一郎は気恥ずかしそうに頬を掻いた。買われているのは嬉しいが、こうもストレートだとこっぱずかしい。


 そうこうしているうちに、一行はどんどん下位層へと進んでいく。明かりは通っているものの、緩やかに狭くなっていく空間にシルフィンが不安げに天井を見上げた。


「ああ、そういえば。今日はカツラギ様の他にも珍しい方がお見えになってるんですよ。カツラギ様も名前を聞いたことはあると思うのですが……」

「ほう、珍しい人?」


 思い出したようなシコルの言葉に俊一郎も口を開いた。言い方からして、今回の仕事に直接関係がある人物ではなさそうだ。


「……あっ」


 誰なんだろう。そう思いつつ、採掘場まで降りきった俊一郎の前に件の人物が姿を見せる。

 その顔を見て、俊一郎は声をあげた。



 ◆  ◆  ◆



「ん? なんだいなんだい、珍しい顔だね」


 クリスタル鉱の採掘場で、黒いとんがり帽子の人影が嬉しそうに笑みを浮かべた。

 アイジャ・クルーエル。世界一の発明王に声をかけられ、俊一郎は驚いたように口を開いた。


「アイジャさん、なんでここに……」


 そこまで言って、その質問がいかに愚かか悟り俊一郎は口を噤んだ。

 国内でも有数のマジックマテリアルの産地。そして彼女は魔力発電の生みの親だ。むしろ居て当然という組み合わせに、俊一郎は納得する。


「ちょいとクリスタルの調達にね。そういうお前さんはバートの代理かい?」


 アイジャに言われ、俊一郎が頷く。しかし、彼女がいるということはいよいよここの市場価値は鰻登りだ。


「ええ、ちょっと街の開発を。……やっぱり、ここのクリスタルは質がいいんですか?」

「そうだね、かなり純度がいいよ。鉄道も通るみたいだし、大口の仕入れ先は必要さ」


 スリットから生足を覗かせて、アイジャはシコルに顔を向けた。胸の谷間から紙を取り出し、さらさらとそこに数字を書き込んでいく。


「とりあえず、さっき唾つけといた原石。こんなもんでいいかい?」

「えっ!? よろしいんですか、こんな額っ」


 提示された金額に、シコルが目を見開いた。ちらりと俊一郎の目にも入り、シコル同様にぎょっと目を開いてしまう。


(はは、金持ちってのはどこにでもいるもんだな……)


 乾いた笑いしか出ない。まぁ、世界唯一の電力会社の社長だ。そんじょそこらの貴族などでは敵いっこないほどの金持ちである。

 どうもアイジャは良質な原石を直接買い付けに来ているようで、ふと気になって俊一郎は質問した。


「その、良い石って見て分かるものなんですか? 以前、クリスタル鉱の品質チェックは手間がかかると聞いたことがあるんですが」


 大きい小さいくらいなら見ればいいだろうが、アイジャの言う純度なんてものを調べるのには様々な機材や専門家の魔法使いが必要なはずだ。


「ああ、まぁちゃんと計ろうとすればね。あたしは大ざっぱだから、ほれ」


 そう言うや、アイジャの指がパチンと鳴った。その途端、瞬く間に周りの壁が発光を始める。

 ぼんやりと青白く輝きだしたクリスタルの光の波動が、アイジャの足下から拡散するように広がっていく。


 降りてきた階段の壁もだ。一斉に産きだしたかのようなクリスタルたちに、俊一郎は息を飲んだ。


「クリスタルは魔力を伝導させると発光するんだ。その色合いや強さで、大体の質は判別できる。あたしが本気出しゃ洞窟全体を光らすことも可能だしね」


 再度アイジャが指を鳴らすと、クリスタルの発光がアイジャの足下から止まっていく。あんぐりと口を開けながら、俊一郎はシコルに小さな声で訪ねた。


「ちなみに、本来の採掘方法は?」

「専門の魔法使いの方が魔力を使って、一区画ずつって感じですかね」


 シコルが手を広げ、「これくらいです」と洞窟を区切る。相変わらず規格外な人だと思いながら、俊一郎は黒髪エルフの魔法使いを見つめた。


「お前さんは鉱山の視察だろ? どうだい、仕事終わったら一杯」


 グラスを呷る真似をするアイジャに誘われて、俊一郎はシルフィンと顔を見合わせた。勿論、断る意味もない。



 ◆  ◆  ◆



「へぇ、森のレストランに行けたのかい。二人で行ったんだろ?」


 対面の席に座るアイジャの驚く顔を見て、俊一郎は少し得意げに笑みを浮かべた。


「ええまぁ、やはり持つべきものは食い気ですかね」

「はは、なんとなくお前さんは行ける気してたけどね。それにしても面白い話だ」


 あまり口外するべきではない話だが、アイジャなら構わないかと俊一郎は森の神秘について伝えてみた。

 オスーディア大学で教鞭を取るアイジャとしても興味深い話だったそうで、愉快そうに笑いながら酒瓶を呷っていく。


 そう酒瓶だ。グラスなんて煩わしいとばかりに、アイジャはボトルごとラッパ飲みに興じていた。


「……えとその、意外と豪快ですね」

「ちまちま飲んでても美味くないだろ。まぁ、あたしの奢りだたらふく飲みな」


 そう言いつつ、ドボドボとアイジャは俊一郎の手元のグラスに酒を注いだ。かなり大きめのジョッキだが、表面張力限界まで並々と注がれる。


「ほれ、お前さんも」

「あ、はいっ。いただきます!」


 続けてシルフィンのグラスにも同じように注いだ後、ちょうど空になったボトルをテーブルに置いて、アイジャは新しいボトルのコルクを抜いた。


「いい店だろ、賑やかで」

「そ、そうですね」


 にこにこと酔っぱらっているアイジャとは逆に、俊一郎とシルフィンは苦しい顔だ。

 現在一同は、鉱山の中にある食堂で卓を囲んでいた。


 当然というか周りは鉱夫ばかりで、ひとくちで言うと騒々しい。ガラが悪いというわけではないが、みんな血気盛んで今にもどこかの卓で喧嘩が起こりそうだ。


「運が良かったら殴り合いの喧嘩も見れる」

「な、なるほど」


 ケタケタと笑うアイジャの話を聞いて、俊一郎は愛想笑いを浮かべるしかない。しっぽ亭もたいがいだったが、さすがはリュカのお師匠と言うべきか。


「しかし、本当に洞窟をそのまま利用してるんですね」

「変わってていいだろ。魔力と親和性の高い、魔法使いにゃ心地いい場所さ」


 アイジャはそう言うと通りがかったウェイターを呼び止めた。乾杯も終わり、そろそろ飲み始めるかとでも言いたげだ。


「珍しい食い物があったら持ってきておくれ」

「あ、はい! すぐにでもっ!」


 アイジャの胸とスリットを見た店員が気合いを入れた。アイジャの美貌とプロポーションは男を惑わすには十分で、くすくすと微笑む魔法使いを俊一郎はじっと見つめた。


「……むっ」


 同じエルフの女に目を奪われている主人を小さく睨み、シルフィンはぐっとグラスを呷るのだった。



 ◆  ◆  ◆



「なんだこりゃ」


 出てきたものを見て、思わず俊一郎は呟いた。


 目の前には、バターが乗せられた蒸かした芋。要はじゃがバターだが、その横に妙なものが置かれている。


「……石?」


 ピンクの岩石だ。ハンマーでかち割られたように角張っていて、俊一郎はそれを不思議そうに持ち上げた。

 手触りも石である。硬いし、テーブルを軽く叩けばコンコンと音がする。


「岩塩かなんかですか?」


 奇妙なのは石の模様で、ピンク地に白いサシのようなものが入っていて、見ようによっては霜降り肉に見えなくもない。

 ただ、食べ物とは思えない硬度の鉱物を片手に首を傾げている俊一郎に、持ってきた店員が楽しそうに笑った。


「ははは、まぁそうだよな! そりゃあ、ロックリザードの干し肉だよ。石みたいだろ? こうやって食べるんだ」


 言うや、店員は持ってきていた器具を取り出すと、ロックリザードの干し肉をそれに押し当てた。

 金属で出来た下ろし金だ。まるで岩塩を削るかのように、店員はゴリゴリとロックリザードの干し肉を削り下ろしていく。


「この鉱山に生息しててさ。鱗も肉も硬いのなんの。こんなん食えるかって感じだけど、昔の人は凄いよな。塩漬けにして干して、削って食ってみたら美味かったんだって」


 ロックリザードのミートチップがじゃがバターに振りかけられる。細かく削られた肉は見た目にはただの欠片と粉だが、言われてみればふんわりと干し肉の香りが漂ってきた。


「ほらよ、ガガイモバターのロックリザードの干し肉がけだ。熱いうちに食いな」


 店員に差し出され、俊一郎はごくりと唾を鳴らした。


「へぇ、美味そうじゃないか。珍しいし、酒に合いそうだ」


 アイジャも感心したように覗き込む。先に食いなと促され、俊一郎はお言葉に甘えてフォークをガガイモへと伸ばした。

 蒸かし芋を四分の一ほど切り離し、それをそのまま口に運ぶ。


「んっ、ほふっ……うんっ!」


 初めに襲ってきたのは熱さだった。店員の言うとおり蒸かされたガガイモは熱々で、その上でバターがとろりと溶けている。

 しかし、じんわりと広がる味と香りに、俊一郎は力強く頷いた。


「美味いっ! 美味いですよこれっ!」


 アイジャとシルフィンにも食べるよう、俊一郎がフォークで指さす。

 試しにもう一口運び、確かな美味しさに俊一郎は再度頷いた。


 ガガイモバター自体は、美味しいがただのじゃがバターだ。けど、それにかかっている干し肉がとんでもなく美味い。

 塩漬けにしていると言っていたか。単体だと少し塩辛いくらいの、芋にかけるには絶妙な塩加減だ。それに、ビーフジャーキーを更に凝縮したような風味が足されている。


「ほんとだ。こりゃ美味いね」

「お、美味しいですっ」


 アイジャとシルフィンもお気に召したようで、アイジャは我慢できないと酒を呷った。

 それを見た俊一郎が、負けじと自分も酒を呷る。


「ぷぁ、たまりませんね」

「ははは、イケるクチだね。いいぞ飲め飲め」


 酒を胃に入れた後、再び芋を口に運ぶ。

 美味い。ただの塩や干し肉よりも、断然料理に合っている。蒸かした芋にバターをかけただけの料理が、乱暴だがハイクオリティな酒のツマミに進化した感じだ。


「ちょっとクセもあっていいですね」

「だな。いくらでも飲めそうだ。もっと他にも頼もう」


 飲みながら、アイジャが店員に手を挙げた。気づけば三人で食らいついたガガイモバターは瞬殺で、腹はまだまだ食い足りないと告げている。


「今夜は奢りだ! たらふく飲みなー!」


 ぎゃははとアイジャがボトルを掲げ、それに「おー!」と俊一郎が続いた。

 心配そうに見つめるシルフィンを横に、ややハメを外し気味の宴会が幕を開けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ぎゃはははっ! 野郎共、今日はあたしの奢りさねー! 騒げ騒げー!」


 数時間後、酒の匂いの充満した店には酔いつぶれた男たちの亡骸が至る所に転がっていて、その中心のテーブルの上で半裸で踊っている発明王となぜだかパンツ一丁で足蹴にされている自分の主人をカタカタと震えて見つめながら、エルフのメイドは「お酒って怖い」と肝に銘じるのだった。


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