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第29話 田舎の名物


 自動車のお披露目式から数日、俊一郎は再びサキュバールの屋敷を訪れていた。


「駅の開発?」


 豪奢なソファに腰掛けながら、金縁で飾られたグラスを片手に俊一郎は口を開く。


「ああそうだ。今度……といっても数年後とかだが、魔導鉄道の新しい駅を作ることになった」


 そう言いつつ、バート・サキュバールは地図をテーブルの上に広げると、その中央付近を指さした。

 見れば、とある村の名前がバートの指先で潰されている。


「そりゃあいいことだが……随分と辺鄙なとこだな。この村に作るのか? 見たところ、田舎もいいところだが」


 俊一郎は地図を見下ろしながら眉を寄せた。もちろん鉄道は通っていないし、王都ともエルダニアとも離れている。

 俊一郎の疑問に、バートはこくりと頷いた。


「はは、そうだな。ど田舎で間違いない。……ただ、鉱山や蚕業など重要な産業がいくつかあってな。ここに鉄道が通れば物資の輸送が格段に楽になる」

「なるほど」


 確かに、村の付近には俊一郎も名前を聞いたことがある鉱山が聳えていた。あれは確か、クリスタル鉱山だ。


「魔力瓶や魔導機関の開発以降、マジックマテリアルの需要が鰻登りでな。ここら一帯は上質なクリスタルが採れると評判の地域だ。既に労働者がたくさん移住し始めているし、開発しといて損はない」

「ふむ。景気がいいのはいいことだな」


 とんとんと地図を叩くバートに、俊一郎も顎に指を添える。話としては分かったが、わざわざバートが言ってきているのだ。どうせサキュバール絡みなのだろうと顔を上げた。


「で? お前はどこに絡んでいるんだ? クリスタル鉱山を持ってるなんて話は初耳だぞ」

「ははは、話が早くて助かるな!」


 笑いながら、バートはもう一枚の地図を取り出した。小さめの、鉱山周りの拡大地図だ。地図の上に重ねると、バートは先ほどの村を指さした。


「クリスタル鉱山はルチモンド家という貴族が所有している。村含めて、ここら一帯の領主だな。でだ、そこのご当主から直々に依頼があった」

「ほう」


 拡大地図を眺めてみれば、やはり小さな村だ。周りは山々に囲まれ、鉱山は立派なのだろうが、とても魔導鉄道の駅ができるような場所には見えない。


「要は駅の開発に伴う村の整備を手伝ってほしいということだ。貴族といっても田舎貴族だからな、うちの都市開発のノウハウが欲しいらしい」

「いい依頼だな。魔導鉄道ってことは、本来はロプス家の範疇じゃないのか?」


 俊一郎の質問に、バートが得意げに頷く。

 つまりは、さっそく共同事業で手を組んだ効果が出てきているらしい。


「ルチモンド家と親父は懇意でな。どうせやるならうちでと言ってきてくれた。……といっても、ロプスが強気に出れば断れるわけもないからな。あのお嬢様と手を組んだ甲斐が出てきたってことだ」


 亡き父のコネも実力の内だ。バートは書類の束を取り出すと、それらを俊一郎に手渡す。


「どうせ村おこしをするなら盛大にやったほうがいいからな。ニルスの例もあるし、この国を代表するような鉱山街にできたら理想的だ」

「また責任重大そうな案件だな。で、俺はなにをすればいいんだ?」


「なに、いってもまだ先の話だからな。まずは現地を視察して、調査資料をまとめて欲しい。ルチモンドに挨拶もしないとだしな。その後の開発のアイデアは、ひとまず任す」

「わかった。……ん? 現地ってことは、このド田舎に行かにゃならんのか」


 書類を受け取った俊一郎が、うへぇと顔をしかめた。地図を見て、その距離に嫌そうに舌を出す。


「鉄道が通ってからじゃだめかな?」

「いいわけないだろ」


 呆れたように言うバートの声を聞きながら、仕方がないかと俊一郎はグラスの中身を飲み干すのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ケツが痛い……」


 尻を押さえながらやっとこさ立ち上がっている俊一郎を、シルフィンが心配そうに見上げた。


「大丈夫ですか?」

「うう、ケツが割れそうだ」


 所要時間4日と少し。字面にすると大したことはなさそうだが、荒れた道を馬車で渡るのはいかんともし難かった。

 

「君、よく平然としてられるね」

「慣れてますので。座れるだけマシです」


 どうも田舎育ちのメイドの尻は屈強らしい。途中宿場町で休みながらとはいえ、身体のコリと尻の痛みは限界に近かった。

 尻を撫でている俊一郎を見ながら、シルフィンが口を開く。


「リュカさんに頼めばよかったのでは?」

「んー、今回は仕事だからな。それに、あまり軽く使っても勿体ないだろう」


 シルフィンの提案に俊一郎は胸ポケットにしまっている乗車券を思い出す。

 確かに、この尻の痛みを思えば使っておけばよかったと少し後悔しているが、それでもリュカの航空券は貴重だ。


(俺でもおいそれと出せる金額じゃないからな。ここぞというときに使おう)


 具体的にいえば、竜の森のようなノーブリュードの翼でなければ行けないような場所だ。それがどこかは分からないが、いずれそういうときが来るような気がしていた。


「ま、馬車で行けるところは馬車で行くさ。……でだ、こうして村に着いたわけだが……」


 言いつつ、俊一郎は辺りを見回した。


「見事にド田舎だな」


 思わず苦笑してしまう。

 前方に聳えているのがクリスタル鉱山だろうか。その麓に存在する村は、鉱山だけでなく背の高い山々に囲まれていた。


 民家や店はあるが、村とも街とも言えない大きさだ。思った以上に人影や明かりがあるのは、鉱山に働きに来た労働者たちであろう。

 当然、魔力発電による電灯の恩恵もここまでは届いていない。


「気をつけろよ。そろそろ日が落ちるぞ」

「は、はいっ」


 外灯も、特に見あたらなかった。店から漏れた明かりはあるだろうが、これでは夜は真っ暗といっても差し支えなくなるだろう。

 隣にシルフィンがついてきていることを確認して、ふむと俊一郎は一軒の酒場を目に映した。


 見れば、汚れた格好の屈強そうな男たちが、酒場でわいわいと集まっている。


「ド田舎だが、人はそれなりに多いな。こりゃあ、鉄道が開通すれば大きな街になりそうだ」


 地球でも、炭坑街は栄えていた。労働者の街に鉄道が通り、活気に満ち溢れた様子を俊一郎は想像する。

 多少ガラは悪そうな街だが、なかなかよさそうだ。いい仕事をもらったと、俊一郎は村の様子を歩きながら眺めた。


 そのときだ、ふいに俊一郎の腹が音を立てる。思えば、今日は昼は車内でサンドイッチを摘んだだけだ。


「と、それよりも腹が減ったな。宿に行く前に飯にするか」


 シルフィンに提案し、こくりとエルフのメイドも頷く。彼女もすっかり腹ぺこらしい。


「とはいうもののだ、どこで食うかだな。まともなレストランがあるとは思えんぞ」

「私はどこでも大丈夫ですが……」


 シルフィンの台詞に俊一郎はうーんと悩む。どこでもと言われても、あまりガラの悪い酒場にシルフィンを連れていくわけにもいかない。

 そのとき、一軒の定食屋が目に留まった。


「お、ここなんかいいんじゃないか?」


 こじんまりとした、静かな店だ。見れば、店主は亜人のお婆さんみたいで、カウンターだけの店内に二人ほどの客がいるだけである。


「よさげだな」

「そうですね」


 人気がないとも言えるが、荒くれ者たちの中で食べるよりはマシであろう。味には期待せずに、俊一郎は店のドアを開けるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「ふぅー。予想通り、大人しい店でよかったな」


 着席し、俊一郎は椅子の固さに座り直した。木製だが、随分と固い。尻を心配しつつ、俊一郎はカウンターの上を見渡した。


「メニューがないな」

「あ、旦那様。こういう店は……」


 呟く俊一郎に、シルフィンが小声で囁いた。ちらりと周りを窺うシルフィンの様子を見て、「ああ、なるほど」と俊一郎はカウンターの上の皿を見つめる。


 カウンターの前には大皿がいくつも並べられていて、その中には料理がこんもり盛られていた。要はあれらを指さして「これください」と言うわけだ。


(文字が読めるってのは、中々なことだからな)


 つい忘れそうになるが、この世界の識字率は驚くほどに低い。数字が読めればいいほうで、シルフィンのように平民で読み書きができるのは稀だ。

 王都やエルダニアならともかく、この田舎町では文字が読めない人たちの方が圧倒的に多いだろう。


「あんた、ええ格好してるねぇ。メイドも連れて、お役人かなにかかい?」


 皿の料理を見比べていると、カウンターの向こうから嗄れた声が聞こえてきた。

 犬の亜人だろうか。しわくちゃになって目が見えているかも怪しそうなお婆さんが、興味深そうに俊一郎たちの方を向いていた。


「いえ、僕はどちらかというと商売人で。ルチモンドさんに挨拶に来まして」


 一瞬名前を出すか迷ったが、隠す必要もないと俊一郎は正直に話してみた。出てきた名前に、お婆さんも隣で飲んでいた二人客も驚いたように声をそろえる。


「ルチモンドさんて……あんた、領主さまのお客さんかい? なんでこんな店に」


 客の一人が口を開き、それにお婆さんが「こんな店とはなんだい」と眉を寄せた。

 それを笑って無視する客の男に、どう答えたものかと俊一郎はシルフィンと顔を見合わせる。どうしてと言われても、腹が減ったからとしか言いようがない。


「いえ、お腹が空きまして。他のお店は騒がしそうだったので」

「ははは! そりゃ正解だ! そんな都会のべっぴんさん連れて酒場入ったら、ここらの男はびっくりして死んじまうからよ!」


 男の台詞にシルフィンが恥ずかしそうに下を向く。満更でもなさそうなシルフィンに呆れつつ、俊一郎は目の前の皿のひとつを指さした。


「これ、一人前いくらですかね?」


 どうも煮込み料理らしい。色が茶色くてよく分からないが、肉や野菜が混ざっているようだ。

 財布を取り出そうとした俊一郎を、慌ててお婆さんが止めた。


「ああ、いいっていいって。領主さまのお客人から金取るなんてできねぇから」

「えっ? いえ、しかしそういうわけには……」


 なおも引き下がらないお婆さんに、困ったように俊一郎はシルフィンを見やる。この手のお婆さんは頑固で、好意を無碍に断りすぎるのもよくない。

 すると、悩んでいる俊一郎に隣の客が嬉しそうに話しかけた。


「はは! じゃあにーちゃん、俺が奢ってやるよ。婆ちゃん、それならいいだろ?」


 どうやら常連客らしい男に言われ、それならとお婆さんも頷いた。

 仕方なく、俊一郎も男に申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません」

「いーって、いーって。その代わり、ここの名物食ってもらうぜ。婆ちゃん、あれ出してよ」


 愉快そうな男に言われて、お婆さんがふるふると首を振った。


「あんなもん、こないな上品な人に食べさせたらあかん」

「えー、いいじゃん。案外気に入るって」


 どうやらなにか名物料理があるらしい。興味があると、俊一郎はお婆さんにお願いした。


「実は僕、珍しい食べ物に目がありませんで」

「おっ! ほら、いけるくちじゃん!」


 俊一郎にも言われ、お婆さんがため息を吐いた。「待っとれ」と小さく言い残し、店の奥へと消えていく。

 なにが出てくるのだろうとわくわくしている俊一郎を横目に、シルフィンは大丈夫かしらと眉を上げていた。



 ◆  ◆  ◆



 数分後、俊一郎は大いに後悔していた。

 やはり、田舎でおいそれと名物料理などを軽々しく頼んではいけない。


「……これは?」


 大体察せるが、一応聞いてみた。

 木でできたグラス。それは珍しくはない。その中に、液体ともゼリーとも言えぬ物体が入っている。


 そして極めつけはーー


「スライムだよ」


 小さな目がこちらを覗いてきていた。

 うにゅうにゅと動いている半液状生物に、俊一郎はとりあえず聞いてみる。


「これ、生きてますよね?」

「そりゃあ生きてるよ。スライムの踊り食いだもん」


 あっけらかんと言い放つ男に、俊一郎は一度グラスをカウンターに置いた。

 スライムの踊り食い。なんとも強烈な字面である。


「塩振ってるし、大丈夫だよ」

「そ、そうですね」


 味付けの問題ではない気がする。逆に塩を振ったせいで、痛いのかスライムがグラス内で動きまくってしまっている。

 のんびりとした動きだが、それでもなんとも言えない見た目だ。


(ど、どうしよう……せっかくだが、これはさすがに……)


 確かに自分はファンタジーを求めているが、これは許容範囲外な感じだ。せめて調理はしていて欲しいと、俊一郎はRPGでおなじみの雑魚敵を見つめた。


「お婆さん、レムの実ってあります?」


 そのときだ。自分のグラスを見ていたシルフィンが、ふむとお婆さんに話しかけた。

 お婆さんが調理場から赤い実をシルフィンに手渡し、それをメイドは礼を言いながら受け取る。


「シルフィン、なにして……って、ひぃっ!?」


 俊一郎がなにかを言い終わる前に、シルフィンがその実をグラスの上で絞って潰すと、グラスの中のスライムが悲鳴を上げながら暴れ始めた。


【ヒギャシィイイイイイッ!!】


 声とも音ともつかぬ悲鳴。果汁が垂れるごとに上がる叫び声に、常連客の男も目を見開いた。

 そしてーー


「んぐっ!」


 エルフのメイドは、一気にスライムを飲み干した。

 ごっきゅごっきゅと、まるで生ビールのように喉を鳴らす。


「……けぷ。ああ、いい感じですね。暴れてる暴れてる」


 数秒後、グラスの中はすっかり空になっていた。

 満足そうにお腹をさすりながら、シルフィンは自分を見つめてきている野郎どもに気がついて顔を向ける。


「どうしました?」

「い、いや。その……」


 メイドの腹から聞こえてくる悲鳴が弱くなっていくのを聞きながら、俊一郎は何事もなかったかのようにグラスをシルフィンの方へと差し出した。


「お婆さん、このお皿の料理をひとつ」

「あいよ」


 不思議そうに首を傾げるシルフィンと共に、田舎の夜は更けていった。



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