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第28話 黄金の瞳


 目の前に広がる光景に、シルフィンは唖然と辺りを見渡した。

 俊一郎も、やや呆れ気味にそれに同じる。


「いつ来ても呆れるほどにデカいな」


 庭、というよりは最早ちょっとしたアミューズメント施設のような庭園で、俊一郎はぼそりと呟いた。


「す、すごいですね」


 庭園を見回しながら、シルフィンが緊張気味に聞いてくる。

 今日はついに、ロプス家との共同事業のお披露目会だ。例の新型馬車を見せてくれるということで、こうしてサキュバール家の屋敷へと足を運んでいる。


「おお、来たか! 待っていたぞ!」


 そうこうしている内に、ご当主自らが二人を出迎えた。

 にこやかに右手を上げるバートに、俊一郎も挨拶する。


「すまんな、ちょっと遅れた」

「なに、大丈夫だ。向こうもまだ来ていない」


 バートに促され、庭の一角に置かれた椅子に腰掛ける。テーブルの上には様々な種類の酒が並んでいて、これはアイジャ用だろう。


「随分と揃えたな。名酒ばかりだ」

「ははは、発明王さまも来るからな。ご機嫌は取っておいて損はない」


 果実酒の瓶を手に取りつつ、俊一郎はラベルを指でなぞった。当たり年のオスーディア・ロマネンだ。これ一本でシルフィンの月給三ヶ月ぶんといったところか。


「……先に飲んでても」

「だーめだ。値段はともかく、揃えるの大変だったんだぞ」


 横から攫われ、俊一郎はちぇっと唇を尖らせた。おいそれとは口に出来ない酒だ。もし余るようなら持って帰ろうと俊一郎はラベルを見つめる。


「カツラギ様」


 談笑していると、横から声をかけられた。凛とした声に振り向けば、大きな人影が書類の束をこちらに差し出している。


「本日の日程表と資料です。どうぞ」

「あ、ああ。ありがとう」


 見下ろされる感覚に、俊一郎は一瞬怯みながらも書類を受け取った。

 身の丈はどれくらいだろうか。三メートルはいかないだろうが、優に2メートルは超えているだろう長身に思わず身構えてしまう。


 目線を隠した銀色の前髪に、赤銅色の肌。額から延びた二本の角は、彼女が鬼か悪魔であることを伝えてきている。

 似合っているのか似合っていないのか、ふりふりとしたメイド服を揺らして、彼女はバートの方へ書類を片手に歩いていった。


「……あ、あの方は?」


 後ろ姿を見送りながら、恐る恐るシルフィンが聞いてきた。彼女に聞こえないよう、俊一郎も小声で応じる。


「セリアさんだ。ああ見えてサキュバールの副メイド長だからな。やり手だぞ」


 俊一郎の言葉にシルフィンは目を見開いた。メイドはメイドでも、庶民の俊一郎に仕えるシルフィンと、四大貴族家の副メイド長とでは天と地の差がある。

 羨望の眼差しでセリアを眺めているシルフィンに、俊一郎は思い出したように口を開いた。


「なんでも数年前、サキュバールを襲った盗賊団を一人で壊滅させたそうだ。それ以来、バートの身辺警護もやっている」

「そ、それは……メイドなんですかね?」


 聞かれ、俊一郎も返答に困った。バートはあんな感じだから、一人で出歩いて困っていると相談を受けたこともある。

 セリアを横目で見ながら、けれどシルフィンの興味は今日の本題に移ったようだ。続く質問に、俊一郎は肘をついた。


「それにしても、新型の馬車ですか。どんなのなんでしょうね?」

「さぁ。……シルフィンはどう思う?」


 逆に聞き返され、シルフィンは思案気に眉を寄せた。少し考えて、彼女なりに答えを出す。


「すごく大きい……とかですかね」

「ふむ。悪くはない答えだ」


 大容量を積み込める大型馬車。可能性としてはなくはない。馬力が引き手のケンタウロスに依存する性質上、商品としてアピール出来るポイントは限られているからだ。

 褒められ、シルフィンが得意げに胸を張る。尖った耳をぴこぴこと動かすメイドを見ながら、しかし俊一郎は紅茶のカップを無言で口に運んだ。


(悪くはない、が……それならサキュバールを頼る必要はない)


 それになにより、あの発明王が必要ない。

 

(俺の勘では恐らく……)


 呟いた予想に、シルフィンの動きがぴたりと止まる。まさかと聞いてくる表情に、俊一郎はくすりと笑った。


「まぁ、なるようにしかならん。お手並み拝見といこうじゃないか」


 紅茶を飲み終える頃、ちょうどケンタウロス車のけたたましい車輪の音が聞こえてきた。


「お出ましだぞ」


 さて、今日は本当に強者ぞろいだ。メイドもいいが、まずは怪物退治にしゃれ込まないといけない。



 ◆  ◆  ◆



「今回はお招きいただきありがとうございます」


 シャロンの声が優雅に響いた。

 相変わらず厳かなドレスに身を包んだロプス家のご当主さまに、俊一郎も挨拶を交わす。

 しかし、庭園に降り立ったひとつ目のお嬢様を視界に入れながら、俊一郎はちらりと辺りを見回した。

 シャロンの傍らに控えているセバスタン。それはいい。ただ、いるべきはずの人影が見えずに俊一郎は馬車の荷台に目を向ける。


 大きな馬車だ。普通の規格よりも二回りは大きい。シルフィンが嬉しそうにこちらを見てくるが、俊一郎は眉を寄せて馬車を睨む。


「わざわざすみません。言ってくだされば、こちらからお伺いしましたのに」

「ふふ、いいのです。どうせ試作機のいくつかは王都に持ち込むつもりでしたし」


 言いながら、シャロンは馬車に振り向いた。規格外という他ない大型馬車に、バートが感嘆の声を上げる。


「いや、しかし大きい。これが新商品ですか。素晴らしいですね」


 通常であれば引き手が二人のところを、倍の四人。王都であっても道を選ぶだろう車輪と車体の大きさに、バートは愉快そうに唇に指を添える。

 そんなバートの言葉を聞いた後、シャロンは怪訝そうな顔をしている俊一郎に声をかけた。


「貴方はどう思いますか?」


 いきなり声をかけられ、なぜか隣のシルフィンがびくりと身を竦める。どう答えたものかと思いつつ、俊一郎は素直に本音を口にした。


「あの荷台が空だというなら、とんだ拍子抜けですね」


 ぎょっとシルフィンが俊一郎の顔を振り返った。にんまりとシャロンの目が細まり、心底嬉しそうに口元が上がる。


「さすがです。サキュバールはいい買い物をしました」


 褒められているのに、ちっとも嬉しくない。まるで獲物を見つめる蛇に睨まれたかのように、俊一郎は背中に汗を流してシャロンの声を聞く。


「お話は、まず見ていただいてからということで」


 ぱちんとシャロンの指が音を立てた。瞬間、荷台の後ろが地面へと下ろされる。緩やかな坂になったその上を、何かがゆっくりと降りてきた。


「なーー!?」


 バートが驚き、シルフィンがどういうことだと眉を寄せる。

 苦々しい顔をした俊一郎を、シャロンは愉快そうに眺めていた。



 ◆  ◆  ◆



「やあ、久しぶり。元気にしてたかい?」


 扉を開けて降りてきた発明王に、俊一郎はとりあえず頭を下げた。

 要は、巨大馬車は新型を運ぶためにわざわざ用意されたものだったというわけだ。


 そして、予想通り引き手のいない自走する馬車を、俊一郎は呆れたように見つめた。


(まさか、本当に自動車を出してくるとは)


 呆れるほかない。魔導鉄道からの流れで予想は出来ていたとはいえ、鉄道の開通からまだ2年。地球の歴史と比べてみても早すぎる。

 見た目はこちらの世界の馬車に合わせてレトロな感じだが、ぱっと見ハンドルといいミラーといい、地球産の自動車と大きな違いはないように見えた。


「こ、これが例の新型ですか?」


 バートがシャロンに振り返る。言いたいことは一つ、「勝手に走ってるように見えましたけど?」だ。


「ええ、なんでも自動車というらしいですわ。ふふ、わたくしも初め聞かされたときは首を捻りました」


 シャロンが楽しそうに笑う。それはそうだろう。魔導鉄道も凄い発明だが、あれはレールの上を走らなければならない。自由自在に動かせる自動車は、また別種の偉大な発明だ。


「これ、魔導機関で動いてるんですよね?」


 俊一郎の質問に、シャロンがアイジャを見やる。概要は知っているだろうが、詳しい説明は開発者に任せた方がいい。


「ああ、あたしの発明品の中でも虎の子だよ。魔導鉄道に使っているものを小型化したやつを搭載してる。さすがに出力は劣るが、人と荷物を運ぶくらいなら十分さ」


 アイジャは自動車のボディをポンポンと叩いた。軽く言っているが、小型化というのはそこまで簡単に出来るものではない。魔導鉄道の動力部は、それこそこの自動車よりも巨大な、動かすにも一流の魔法使いが十数人がかりというような代物だ。


「魔力で走るが、それなりに優秀な魔法使いなら一人で動かせる。魔力変換効率は、従来品の倍以上だ」

「ば、倍っ!?」


 アイジャの説明にバートは驚いて声を上げた。傍らでシルフィンが「そんなに凄いことなんですか?」と見上げてきたが、凄いとかそういう次元ではない。


 リュカも以前言っていたが、現在の魔法学院の研究の大部分は魔力発電と魔導機関の効率化が主題だ。それでも、世界中の魔法使いが頭を捻って、一向に小型化も効率化も進んでいなかった。


(化け物だ。……これがリュカさんの言っていた本物か)


 この人ひとりで、どれだけ世界を加速させるというのだろう。ここまで来ると、ファンタジーとか魔法とかの話ではない。

 進んだ一歩先の科学こそが、世界を変える。その体現者が目の前の彼女だ。

 

「要は新型の自動車もですが、目玉は従来品を凌ぐ動力部です。これにより、魔導鉄道の速度も貨載量も飛躍的に上昇します。今後は更に物流が加速することになるでしょう」


 淡々と語るシャロンの声に、ごくりとバートは唾を飲み込んだ。想像の遙か上を行く商品を前にして、若い当主は姿勢を正した。


「自動車も……まずは貴族を中心に広がっていくでしょう。けれど、行く行くは豪商、そして庶民。理想としては、カツラギさんくらいの方まで普及すれば上出来です」


 ちらりと見られ、笑うしかない。彼女にとっては、俊一郎がギリギリ庶民のラインで、傍らのメイドなどはどう映っているのか。

 息を呑むシルフィンに、ひとつ目のお嬢様はくすりと微笑んだ。そして、バートと俊一郎を交互に見やる。


「この新型馬車の王都での販売権を、サキュバールに一任します。加えて、今度王都に作る新しい魔力発電所、その電力販売の権利の一部も差し上げましょう」

「ーーッ」


 シャロンの言葉にバートが目を見開いた。この間の契約書よりも、遙かに条件がいい。


(いや、よすぎる。なにが狙いだ……ッ)


 だが、甘い誘惑には罠が付き物だ。むしろ警戒するように、バートはシャロンに単刀直入に聞き返した。


「……で? サキュバールはなにを差し出せばよろしいので?」


 ゆっくりとシャロンの口が開く。微笑んだ彼女は、優雅に告げた。


「なにも」


 今度こそ、バートと俊一郎が身構える。よりによってこの女性からはありえない一言だ。

 二人の男に見つめられ、シャロンは楽しそうに言葉を続けた。


「販売に尽力していただけるのであれば、それで結構です。その他の条件は、以前にお伝えした通りですわ」


 バートがちらりと俊一郎を見つめる。確かに、以前の契約ではロプスに有利なものだったが、ここまでくれば話は別だ。むしろ若干サキュバールが得をしているとも云える。

 それはバートも分かっているのか、少し思案した後に頷いた。


「分かりました。条件が良くなるのはこちらとしても願ったり。喜んでお受けしましょう」


 頷くバートに、シャロンが微笑む。そして、新しい契約書がセバスタンからバートに手渡された。

 俊一郎も確認するが、本当に新しい魔力発電所の販売権が加えられている。この契約書に従えば、サキュバールの所有する区画での電力の販売利益はサキュバールが持って行っていいということだ。


「ああそうそう、ひとつだけお願いなのですが……」


 びくりと、バートと俊一郎が肩を跳ね上げた。このタイミングでなにを言ってくるんだという二人に、シャロンは申し訳なさそうに口を開く。


「わたくしどもの製品、自動車に勝手な手を加えるのはやめていただけますか? 改造などですが。それで万が一に事故でもあれば、わたくしどもの責任になりますので」

「あ、はい。勿論、その辺りは」


 ホッとバートは胸をなで下ろした。とんでもない条件を加えられるかと思ったが、これはシャロンの言い分は当然である。


 ともあれ、不気味さは残るものの、こうしてロプス家との共同事業は始まった。



 ◆  ◆  ◆



「お前さんも人が悪いねぇ」


 帰りの馬車の中で、アイジャはぐびりと酒瓶を呷った。さすがの味に、嬉しそうにアイジャは喉を鳴らす。


「なんのことです?」


 それに、対面の席に座るシャロンはくすりと微笑んだ。電力販売の権利は彼女なりの誠意だ。不意打ちだけでは向こうにしこりが残るだろう。


「試作機ですから。飾りがないのも当然です」


 そう言いながら、彼女は懐から金色に光るプレートを取り出した。手のひら大のそれを、シャロンは目を細めながら見つめる。


 手の中では、輝くひとつ目が持ち主を見つめ返している。ロプスの名が刻まれた黄金のエンブレムを眺めながら、シャロンは満足そうにその煌めきを目に焼き付けるのだった。



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