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第27話 フロストマンモス (後編)


「これまた……豪快にいったな」


 テーブルに置かれた巨大な皿の上の料理に、俺とバートは目を見開いた。


「割と君って思い切ったことするよね」

「頑張りました」


 むふーと満足げな顔をしているシルフィンは少し得意気だ。不安は残るが、やりきったという感じだろう。

 もう一度大皿を見やって、俺は対面に座るバートを見つめた。


「いや、これはいいんじゃないか? インパクトもあるし、なによりマンモスの鼻ってのが分かるのがいい。うちの厨房に欲しいくらいだ」

「そ、そんな! それほどでもありませんっ!」


 バートに褒められて、シルフィンが嬉しそうに顔を崩した。雇い主としては少々癪だが、四大貴族の当主から褒められるなど平民のシルフィンからすればとんでもない栄誉だろう。


 まぁ、浮気性のメイドは置いておいて、大事なのは皿の上だ。俺は目の前に鎮座している大皿の料理を今一度見下ろした。


 茶色く煮込まれたフロストマンモスの鼻。照り輝いているのは蟲蜜でも使っているからだろうか。照り焼き……というよりは角煮に近い気がする。

 その鼻肉の周りに、チンゲン菜に似た葉野菜が数束。盛りつけ的には豪勢な中華料理といった感じだ。


「切り分けますね」

「ああ、よろしく頼む」


 さすがにそのまま食べるわけにはいかない。シルフィンが取り分けているのを、俺は黙って眺める。


「はい、バート様」

「ありがとう」


 先ほどから俺のメイドは緊張しているが嬉しそうだ。考えてみればバートはイケメンだし、どうせ給仕するならああいう顔のほうがやりがいはあるかもしれない。


「どうしました?」

「いや、なんでも」


 ぼへっと眺めていると不思議そうな顔のシルフィンがこちらを見ていた。切り分けた鼻肉を俺の皿に乗せてくれる。

 少し厚めの焼叉のようにスライスされたマンモスの鼻は、それでも「鼻」だと分かるようにカットされていた。


「ほう、美味そうだな」


 フォークを入れてみて感じる弾力に、思わず涎が出る。普通の肉よりはややゼラチン質な手応えだ。

 食べないことには始まらないなと、俺はバートと顔を見合わせてから同時にかぶりついた。


「おっ! 美味い!」

「確かに、これは中々……」


 噛みしめた瞬間、甘辛い角煮の風味が口に広がる。とろりと舌を溶けていくのは鼻の脂身だろうか。

 豚肉を想像していたが、全然違う。どちらかというと牛肉に近いが、もっと野性的な味だ。ガツンとくる独特の臭みが、香辛料をふんだんに使った煮汁でいい感じに美味く感じる。


「これがマンモスの鼻肉か。想像よりもずっと美味いな」

「いや、俺も初めて食べたが……これは調理法がいいんじゃないか?」


 バートも感嘆するように次を口に運んだ。確かに、これだけ独特な風味の肉だとただ焼いただけでは厳しいかもしれない。ドラゴンモドキなんかは目にならないくらいのワイルドさだ。


「ほんと、シルフィンさん料理上手だね。シュンイチローが気に入るわけだ。どうだい? サキュバールの厨房とか興味ないかな」

「へっ!? い、いえ私はっ」


 軽口で誘うバートに、シルフィンが慌てて首を振った。満更でもなさそうなその表情に、なんとなく苛立ちを覚えてしまう。


「……言っておくが、シルフィンはやらんぞ」


 思わず出てきた言葉に、バートとシルフィンの両方がピタリと止まってこちらを見てきた。目を見開いてわなわなと口を開いているシルフィンに、俺は分けが分からず首を傾げる。

 シルフィンは俺のメイドだ。親友相手といえど所有権は主張しておかねばなるまい。


「ぷっ! ははははははっ! す、すまないシュンイチロー! 安心しろ、人の女に手を出す趣味はない」


 バートが笑い、シルフィンの目がまたまた見開いた。どうも勘違いしているが、別に男とか女とか、そういう問題ではない。


「お前はまたそうやって……メイドとして彼女が優秀だからだな……」

「はは! わかったわかった。いや、来た甲斐があった」


 楽しそうに笑うバートを呆れたように見やる。ここまで愉快そうに笑うのは久しぶりに見た。完全になにか勘違いしている。


「まぁ、いいか」


 なにせ飯が美味い。親友の勘違いもメイドの態度も大した問題ではないと、俺はマンモスの鼻肉のお代わりを自分のメイドに要求するのだった。



 ◆  ◆  ◆



 俊一郎がトイレに立ったのを見計らって、バートは傍らに立つメイドに目を向けた。

 シルフィン。青髪の、至って平凡で平民なエルフの少女。


「いや、今日は面白いシュンイチローが見れた。感謝するよ」


 そう言うと、少女はぶんぶんと腕を振った。緊張しているのだろう。珍しくもない光景だ。

 落ちぶれたといっても四大貴族。彼を見る目など、大抵は決まっている。


「……君はシュンイチローが好きなのかい?」

「ぼへっ!?」


 からかうと面白いように顔を変えた。クールだと思っていたが、実はそうでもないらしい。

 わたわたと両手を奇妙に動かした後、シルフィンはけれど小さく呟いた。


「わ、私は別に。……そもそも、住む世界の違う方ですし」


 諦めたように笑う少女を、バートは興味深げに見つめた。惚れているわけではなさそうだが、ただのメイドと主人というわけでもなさそうだ。

 少し考えて、バートは食後の紅茶をテーブルに置いた。


「そうだね。シュンイチローは平民だが、いずれは貴族と結婚して上流階級になる男だ。そのための準備を進めている俺としては、間違いがあっては困る」


 バートの視線と台詞に、シルフィンはどきりと鼓動を鳴らした。そんなつもりは端からないが、改めて釘を差されると身体が竦む。

 なにせ相手は四大貴族が当主。本当に、自分の生き死にですらどうとでも出来てしまう相手だ。


 身体を固めるシルフィンを見やって、バートはくすりと笑みを浮かべた。怖がらせるつもりではあったが、想像以上に楽しい子だ。

 偏屈な親友の顔を思い出しながら、バートは笑いながら口を開いた。


「……と、本来ならば言わないといけないのだろうがね」


 前言撤回の前置きに、青髪のメイドが逆に身構えた。幼気な平民の少女を、貴族の当主は値踏みするように見つめる。


「俺のシュンイチローは知っての通りああいう奴でね、俺だって親友の幸せを応援するのは吝かではない」


 いい女だ。特別なにかが秀でているわけではないが、彼の相手が出来るのは珍しい。

 言って、バートはおもむろに立ち上がった。警戒するシルフィンに笑いながら近寄って、耳元で囁く。


「なに、隠し子の一人や二人、サキュバールで面倒を見る。そこら辺は安心したまえ」

「ーーッ!?」


 耳の先まで真っ赤になるエルフの少女に、バートは声を上げて笑った。初なところも合格だ。なにせ自分の親友は女に疎い。

 少し睨んでくる平民の娘を、四大貴族の当主は涼しげな顔で見下ろした。


「いいね。最低限の度胸もある。これからもシュンイチローをよろしく頼むよ」


 そう言われ、シルフィンがなにかを言おうとしたとき、ダイニングの扉がギィと開いた。


「ん? どうした、もう帰るのか?」


 なにも知らずに首を傾げる親友に、バートは何事もなかった顔で振り返るのだった。



 ◆  ◆  ◆



「しかし、今日はご苦労だったな。疲れただろう?」


 バートが帰った後、落ち着いた部屋で俊一郎はシルフィンを労った。

 なんだかんだで、知り合いとはいえ貴族の当主に夕食を用意するのは骨が折れただろう。


「いえ、ですがよかったです。バート様にも喜んでいただけたようで」


 澄ました顔でシルフィンが答える。言葉通りどこか嬉しそうなメイドの表情を見て、俊一郎は少し眉を寄せた。


「まぁ、顔もいい貴族の当主だからな。君も褒められてさぞ嬉しかったろう」


 言ってやったという風に見やる俊一郎の視線に、けれどシルフィンは不思議そうに首を傾げた。

 メイドは、自分の主人に当然のように口を開く。


「ええ、旦那様の大切なご友人ですので」


 その一言に、俊一郎は目を開いてシルフィンを見つめた。天井を向き、ガシガシと髪を掻く。


「……参ったねどうも」


 今回はいいとこがない。そんなことを思いながらソファにもたれ掛かる主人を眺めて、メイドはくすくすと楽しそうな笑みを浮かべるのだった。



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