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第26話 フロストマンモス (前編)


『拳闘士の入場です!!』


 コロッセオの四方に設置されたスピーカーから実況の声が鳴り響く。歓声の中にあっても耳に届くその音量に、俺はへぇと声を出した。


「風魔法の拡声器だ。実況者は選りすぐりの魔法使いでな。大戦中は伝令に使われていたが、こういう使い方もあるということだ」

「ほう、便利なもんだな」


 隣のバートの解説を聞き、俺は興味深げに真鍮製の拡声器を見上げる。魔力発電以降、魔法は様々な形で利用されているらしい。


「お、拳闘士のお出ましだぞ。見ろシュンイチロー、アレがうちの稼ぎ頭だ」


 バートの声に、俺は東の方角から現れた二つの人影を見下ろした。

 男のリザードマンに、四つ腕の女性。鳴り止まない歓声は彼らの人気を示している。


 大剣を肩に乗せたリザードマンは歓声に応えるように右腕を上げた。黄色い声が響きわたり、男は客席のファンに向けてアピールする。

 隣に立つパートナーの女性は彼とは打って変わって仏頂面だ。四つ腕を全て組み、特に観客に顔を向けることもない。


 見れば、男のマントや女の甲冑にサキュバールの紋章が刻まれていた。


「剣士リュートに四つ腕のウソナだ。実力、人気共にここのトップクラスだな」

「相変わらず色々やってるなお前は」


 ニヤリと笑いながら見つめるバートに俺は闘技場の二人を見つめた。

 素人目にも二人がただ者ではないことが見て分かる。


 要は、拳闘士としての二人をスポンサードしているのがバートのサキュバール家ということだ。

 彼らが活躍し、マントを翻す度に人々の目にはサキュバールの家紋が焼き付くという仕組みである。


 リュートがバートに気づき手を振ってきた。さしものウソナも小さく会釈する。自分たちのスポンサーの前だ、無様なところは見せられない。


「どうです? ロプスも出資なさっては?」

「ふふ、そうですね。いい拳闘士が見つかれば考えておきますわ」


 バートの提案にシャロンがゆっくりと目を細めた。

 意外にもロプス家は拳闘に出資していないらしく、この辺りは王都に居を構えるサキュバール家やリューオー家が有利な面である。


 それにしても、やけにシャロンが楽しそうだ。今日は彼女をもてなす名目なのでそれは構わないのだが、あのしたり顔はどうにも気になる。


 そんなことを考えていると、実況の声が再び響いた。


『さて、本日のメインイベントの予定ですが! 試合の予定を変更して拳闘士による猛獣狩りを行いたいと思います!』


 わき上がる会場。猛獣狩りと聞き、俺も少しワクワクしてくる。

 バートの方を見れば、困惑したように眉を寄せていた。


「どうした?」

「おかしい。俺は聞いてないぞ」


 バートが口を開く。闘技場に立つリュートとウソナも、聞いていないという風にバートの方を見つめてきた。

 いやな予感が走る。まさかと思い見てみれば、そこには心底愉快そうなシャロンの笑顔があった。


「まぁまぁ、お客も喜んでいることですし。続けようではありませんか」


 くすくすと笑いながら、シャロンはグラスを持ち上げ口に含む。

 そのときだ、どしんと、コロッセオに地響きが鳴り響く。


「なっ……!?」


 ふり返れば、コロッセオの西門から大きな影が出現していた。

 その大きさ、優に五メートル。巨大なコロッセオの入場口に身体を擦らせながら、銀色の毛に包まれた巨体が闘技場に姿を表す。


「うお、なんだありゃ」


 思わず声が出た。

 巨大な体躯。巨大な牙。そして巨大で長い鼻。


 まず思い浮かんだのは、古代の地球にいたとされるあの生き物。

 しかし、これはどう見てもそれよりもーー。


「フロストマンモスです。ふふ、運ぶのに多少手間取りましたが」


 愉快そうにシャロンが巨象を見下ろす。

 いくつもの鎖で繋がれたフロストマンモスは、しかし今にもそれを引きちぎって暴れ出しそうだ。


『フロストマンモスだー!! 氷の大陸に生息しているといわれる、伝説の猛獣!! 今宵、ロプス家の協力を得てこのオスーディアの地に降り立ちました!!』


 実況が全てを説明してくれる。要は一杯食わされたということだ。悔しそうにバートがシャロンに顔を向け、涼しげな表情で返される。


「どうなさいます? お客は大喜びみたいですけれど」

「ぐっ……リュート! ウソナ!」


 ここまで来れば仕切り直しというわけにはいかない。バートは闘技場に立つ二人に判断を委ねた。当然、拳闘士である二人は剣を抜いてそれに応える。


「生きたままというわけにはいきませんよ」

「当然です。まぁそのときは皆で頂きましょう」


 シャロンからの生死不問の了承。これで引くわけにはいかない。

 バートが右手でゴーサインを出し、こうしてロプスとサキュバールの代理戦闘が幕を開いた。



 ◆  ◆  ◆



「うおおお……!」


 俺は目の前の光景に歓喜していた。

 後ろで、シルフィンも初めて見る拳闘の試合に口を半分開けている。


 鳴り響く轟音。光る閃光。想像していたものよりも何十倍も激しい。


「す、凄いなっ!」

「当たり前だ。真剣装備に魔法は無制限。拳闘士同士よりも遙かに派手だ」


 バートの言葉になるほどと頷く。

 リュートがフロストマンモスの牙を交わし、大剣でその分厚い皮膚を切り裂いた。それでも致命傷ではないらしく、フロストマンモスは口から暴風にも似た息をまき散らす。


 その風に、ウソナが放った炎が激突した。渦となって炎が立ち昇り、こちらにまで炎の熱が伝わってくる。

 風と炎の二属性を使いこなす上級魔法使い。リュカと比べると劣るのだろうが、それでも魔法と同時に四本の剣を舞うように繰り出すウソナは実践に裏付けされた猛者の雰囲気を観客に伝えていた。


「あっ!?」


 そのときだ、フロストマンモスの鼻がリュートの胴体を薙ぎ払った。まるで軽枝のようにリュートの身体が吹き飛んでいき、思わず声を上げてしまう。


「ううう、見てられません……!」


 シルフィンは両手で顔を覆ってしまった。会場から悲鳴にも似たざわめきが上がり、女性ファンが立ち上がる。


 少なくとも二人で討伐できるようなものではない。限界なようなら試合を止めようと、バートがおもむろに腰を上げる。


「あの程度で終わる人ではありません。もう少し自分の拳闘士を信頼なさい」


 しかし、その動きはシャロンの呟きに止められた。

 どういうことだとバートがシャロンを見つめたその瞬間、客席から大歓声がわき上がる。


 慌てて目を向ければ、リュートが立ち上がって大剣と共に駆けだしていた。それを見るや、ウソナが四本の剣をフロストマンモスの四方に放り投げる。


 突き刺さると同時、ウソナは全魔力を剣で囲った地面に注いだ。地面が亀裂となってマンモスの足を取り、崩れた体躯が地面に倒れる。


「土属性!? いつの間に!?」


 三つ目の属性。初お披露目のウソナの妙技に観客が盛り上がり、その勢いに乗せられるようにリュートが大剣を振り上げて飛び上がる。


「上出来です」


 シャロンが微笑むと同時、リュートの会心の一撃によりフロストマンモスの頭部が切り離された。



 ◆  ◆  ◆



「あー! してやられた! 完敗だな!」


 帰り道、馬車の中で悔しそうなバートに俺はいいじゃないかと口を開いた。


「まぁ、サキュバールのいい宣伝になったんだし」

「それが逆に、してやられた感があるんだよ」


 腕を組んでため息を吐くバートに俺は笑ってしまう。

 正直、清々しいほどの負けっぷりだ。


 シャロンお嬢様は最初からリュートとウソナが負けるとは思っていなかったようだし、それでいてあれだけ盛り上がった試合の立役者になっている。


「実際、人気の拳闘士をボコボコにしても旨みは薄いからな。ほんと、恐ろしいお嬢様だよ」

「はぁー、今回ばかりは俺の領分だと思ったんだが」


 むしろロプス家から塩を送られた形になってしまった。どこまでも一歩先を行かれるひとつ目のお嬢様は、まだまだ高い壁のようだ。


 しかし、俺はそんなことよりも、今はもっと気になることがある。

 そわそわと膝の上を見下ろす俺を、隣のシルフィンが不思議そうに覗き込んだ。


「そういえばシュンイチロー様、その包みは? なにやらシャロン様に頼んでいましたが」


 拳闘後、どさくさに紛れてシャロンに頼み込んだものだ。事情を知らないシルフィンが、興味深げに包みを眺める。

 大きな包みだ。重さにして四キロはあろうかという包みを、俺は愛しげになで上げた。


「ふふふ、驚くなよ。これはだなーー」


 そう言いつつ、俺は包みを解いていった。



 ◆  ◆  ◆



「お前は馬鹿なのか?」


 屋敷の台所に置かれた包みを見ながら、呆れたようにバートが眉を寄せた。


「なにを言う。シャロンさんが先に言い出したんだぞ」


 そう、確かに彼女は言っていた。

 そのときは、皆で頂きましょうかーーと。


「いや、それにしてもですね」


 シルフィンも、恐る恐る油紙の上の物体を覗き込む。

 ずどんと置かれた肉塊。穴が二つ空いたその部位は、あの存在の象徴ともいえる。


「フロストマンモスの鼻……というのは」


 パオーンとでもいうように鼻の先が台所に鎮座されていた。シルフィンがつつくが、もちろん動くわけもない。


「食えるのか?」

「勿論。シャロンさんによれば、北の大陸の民族の間では神聖な食べ物らしい」


 なにせあの巨体だ。土地神と崇められていてもおかしくないような怪物である。


『シャロンさん! あの、ちょっと持って帰っても構いませんかね!?』


 そう聞いたときのシャロンお嬢様の顔はちょっとプライスレスだった。


「中でも鼻の先は大変な美味らしいぞ」

「うーん、問題はどうやって食べるかだな」


 そういえば食べ方までは聞いていなかった。けどまぁ、要は肉なんだしそんなに難しい問題でもないだろう。


「シルフィン、調理法は君に任せる。夕食までに仕上げておいてくれ」

「ふぇっ!? わ、私にですか!?」


 びくりとシルフィンがこちらを見つめた。当然だ。なんのためにメイドを雇っているというのか。こんなときの料理上手だ。


「バートも食うよな?」

「ん? そうだな、せっかくのロプス家からの献上品だ。頂こう」

「ふぇえっ!?」


 再びシルフィンが声を上げた。そういえば、なんだかんだでバートがうちで食事を取るのは初めてのことだ。

 ニタリと笑って、俺はシルフィンの肩をポンと叩く。


「やったなシルフィン。ロプス家からの献上品で、サキュバール家の当主が口にする夕食を作れるとは。こんな機会、王宮料理人といえどそうあるものではないぞ」

「ふおおおお……!?」


 ガクガクと足を震わせているシルフィンを台所に残して、俺は楽しみだと席を立つ。


「頼んだぞ。俺はバートと仕事の話をしているから」


 そう言って、後は小心者のメイドに全てを丸投げして台所を後にするのだった。




「お前、案外とひどい奴だな」

「なに、そうでもないさ」


 仕方がない。メイドを困らすのも、楽しみのひとつだ。

 


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