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第05話 異世界の車窓から

 鐘を鳴らして走ってくる鉄の塊を見やりながら、俺は小さく溜息を吐いた。

 重苦しい重量感。ブレーキをかけた魔導鉄道がゆっくりと目の前に停車する。


「さすがに壮観だな」


 新幹線や電車にはない、無骨な力強さ。特に鉄道に興味がなくとも、男ならば心くすぐられるものがある。


 見た目は、昔にテレビで見ていた機関車の化け物とそう変わりはない。蒸気を出すための煙突はないが、変わりに用途不明の出っ張りがいくつか空へと延びていた。角ついたフォルムが、往年のスポーツカーのようで格好よい。


 ちらりと見えた先頭の操縦車両には、赤いローブを纏った偏屈そうなエルフの男。魔法使いだろう。地球とは違った技術進化を遂げたこの世界では、高給取りの代表のような職業だ。


 どこの世でも、専門技術は潰しが利く。魔力の欠片も持ち合わせない俺は、口の中の飴玉を転がしながらローブの車掌を見つめた。


「旦那さま、出発時間にはまだ余裕がありますが、どうされますか?」


 シルフィンが荷物を肩にかけながら聞いてくる。時間があるといっても、ホームから出られるわけでもない。指定席ゆえに席を焦って取る必要はないが、早めに椅子に座りたいところだ。


「乗ろうか。ここで眺めていても仕方あるまい」


 平成の若者ならば、この無骨な列車を嬉々として写真に収めるのだろうが。生憎、この世界には便利な携帯カメラなど存在しない。

 後ろのシルフィンへと振り返り、忘れ物がないことを確かめて、俺は魔導鉄道への一歩を踏み出した。




 ◆  ◆  ◆




「わぁ、結構広いんですね」


 個室に入るやいなや、シルフィンが嬉しそうな声を上げる。

 首を傾げながら、俺は目の前の空間を見渡した。


「……そうか?」


 見渡すと行っても、そんな余裕のある広さではない。

 窓から景色が見えるのは良いことだが、向かい合った椅子の間には小さなテーブルが一つだけ。イメージ的には喫茶店の四人席だ。仕切られた壁を背もたれに、そこで二人が向かい合うように座る。


 荷物を横に置けば、脚を広げるには少し窮屈だ。


「広いですよ。わたしが田舎から出てきたときは自由席でしたので、大変でした」


 席に腰掛けながら、シルフィンはにこにこと楽しそうだ。

 どうやら列車の席に座るのが初めてらしい。


 先ほどシルフィンが言った「自由席」という言葉、日本の感覚で想像すると語弊が出る。

 魔導鉄道の自由席車両には、座席がないのだ。取り合うまでもなく、座るべき席がない。


 様々な種族が入り乱れる車両の中で、僅かな吊革を取り合いながら立ったままで旅をするのだ。

 もちろん、個室に比べれば随分と安い。一桁は違うだろう。


「あんな芋煮の鍋のような車内で、よく立っていられるものだ」


 考えるだけで恐ろしい。日本の満員電車も中々のものがあるが、それ以上の窮屈さだ。加えて、鱗や棘の生えた異人種たち。金を貰ったとしても乗りたくはない。


「ふふ、鉄道の個室に乗ったなんて、一生の自慢ですよ。旦那さま、ありがとうございます」


 にっこりと微笑むシルフィンに、思わず飴玉を飲み込んでしまった。

 灼けつくような甘さが喉に直接当たり、咽せたように胸を叩く。


「大丈夫ですかっ!?」

「だ、大丈夫だ。問題ない」


 勿体ないと思いながらも、俺は調子が狂う頭で窓の外を眺めた。普段の無愛想な顔と、えらい違いだ。なぜだか今は、彼女の顔が直視できない。


「落ち着け。耳が尖っているんだぞ」

「……はい?」


 俺の呟きに、わけが分からずシルフィンが首を傾げる。大丈夫だ。俺も何を言っているのか分からないから。


 落ち着く気配のない心根に眉を寄せていると、ひときわ大きな汽笛が鳴った。

 そろそろ、景色が動き始める。




 ◆  ◆  ◆




 重々しい車体が前進したのが、席に座りながらも伝わってきた。

 ごとんと、窓から見える景色が一歩右へと流れる。


「動き出したな」

「そうですね。凄いです」


 窓を眺めているシルフィンに伝えると、彼女は首を縦に振った。子供のように楽しそうだが、それだけこの世界の人たちにとっては、魔導鉄道という文明の利器は心躍るものなのだろう。


「開通して、二年だったか」


 ちょうど、俺がこちら側に来た辺りだ。あの頃は生きていくのに必死すぎて、鉄道の開通なんかは気にもならなかったが、考えてみれば歴史の転換期のひとつには違いない。


 魔導鉄道のおかげで、人だけではなく迅速に物資も輸送できるようになった。まだまだ主要な都市を繋いでいるだけだが、路線も段々と増えていくことだろう。


「そういえば、どうやって動いてるんでしょうね、この鉄道」


 座席の上になぜか正座しながら、シルフィンが不思議そうに首を傾けた。それを聞いて、くすりと笑みが溢れてしまう。


「な、なんですか? わたし、変なこと言いましたか?」


 咄嗟に、シルフィンの顔が赤く染まる。雇い主に不機嫌な瞳を向けるメイドに向かって、俺は背もたれに体重を預けながら口を開いた。


「魔力発電は知っているだろう? その技術を応用した動力機関だ。魔力を燃料に動く、エンジンといったところかな。俺も仕組みはよく知らんが、素晴らしい発明だ」


 にやにやと、シルフィンの顔を見つめてやる。


「まさか、ご存じなかった?」


 言った瞬間に、シルフィンの頬がぷくぅと膨れた。座り直し、悔しそうに下を向いている。


 愉快だ。やはり雇い主とメイドはこうでなくてはいけない。


「……な、なら。魔導鉄道を作った人のことはご存じですか?」


 晴れた気分で旅の景色を楽しんでいると、シルフィンが起死回生とばかりに俺のほうへと口を開いた。

 気合いの入った眼差しに、素直に聞いてやることにする。


「いや、知らないな」


 俺の返答に、シルフィンがむふーと鼻の穴を広げた。普段の無表情を崩しながら、得意げに指を立てる。


「魔力発電と魔導鉄道を作った人は、同じ人なんです。他にも色々な発明をしていて、『発明王』って呼ばれてるんですよ」

「ほぅ。そりゃあすごい」


 頬杖をつきながら、シルフィンの話に感嘆する。どこの世界にも天才とはいるものだ。往々にして、彼らが歴史を加速させる。


「物知りだね、シルフィンは」

「こう見えてもわたし、高等学校を卒業してますので」


 胸を張るシルフィンを、俺はぼんやりと見つめた。実際、ちょっとしたことを聞けるので助かっている。俺の知識は仕事周りのものを詰め込んだだけなので、色々と偏ってしまっているのだ。


「そういえば、旦那さまは何でニルスに?」


 機嫌をすっかり取り戻したシルフィンが、普段の口調で聞いてくる。思えば、急に出立したせいでシルフィンには旅の目的を説明していなかった。


「ニルスがどのような街かは、知っているかね?」


 どこから説明したものかと思い、俺は顎に指を寄せる。シルフィンも、俺の言葉を待つ間にこくりと頷いた。


「港町ですよね、大きな。エルダニアの隣の」

「そうだ。アキタリア皇国との玄関口。この国の貿易を語る上では欠かせない、重要な街だ」


 王都であるオスーディアの他にも、この国には主要な都市がいくつか存在する。それがエルダニアだ。

 地方都市の中でも最も巨大なこの都市は、他国との貿易を背景に目まぐるしい発展を遂げてきた。


 しかし、実際の玄関口となっているのはエルダニアではない。

 その隣に位置する、港町。様々な国の船が来航するその漁港が、今回の旅の目的地だ。


「元はただの漁村だったようだがな。アキタリア皇国との貿易が盛んになるにつれ、巨大な貿易街として発展するようになった。バートも船を一隻置いている」

「なるほど。つまり、貿易のお仕事で?」


 シルフィンも合点がいったようだ。この間、バートにアキタリア土産を貰ったばかりだし、なにか仕事の用事があるのだろうと納得する。


 そんな彼女に向かって、俺はあっけらかんと首を振った。


「いや、今回は仕事ではない」


 毅然と言い放つ俺に、シルフィンはきょとんと目を開く。仕事でなければ何なんだろうとでも言うようだ。これだから、仕事人間はいけない。エルフだけど。


 メイド服で座っている使用人に、俺は旅の目的を教えてやる。

 港町、足を運ぶ理由などひとつしかない。


「シーフードだ」


 俺の答えを聞いて、シルフィンの頬が呆れたようにひくついた。

 

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