第20話 森のレストラン
お久しぶりです。なんと『幻想グルメ』が漫画化することになりました!ご報告が遅くなって申し訳ありません。ガンガンONLINEから11月21日より連載開始です!! 私は原作として参加します。
なお、漫画化に伴う作品の取り下げは致しませんのでご安心ください。
「お、おお……?」
出された料理を前にして、俺は珍妙な声を上げた。
対面を見れば、シルフィンも露骨ではないものの明らかに嫌そうな顔を我慢している。
森の日替わり定食
なにを頼めばいいかもよく分からなかったので無難に行ったつもりだったが、とんだ誤算だった。
ただ、例え別のメニューを頼んだところであまり変わりはなかったようにも思う。
「外からのお客様はお代わり無料ですので。お気軽にお声かけください」
満面なモカさんの笑顔が眩しい。少なくともお代わりはしないだろうと思いながら、俺は再度テーブルの上へと目を落とした。
(なんだろこれ……)
不細工な虫のような生き物の丸焼き。そうとしか表現できなかった。
しかも甲殻というよりは、芋虫を巨大にした感じだ。
ちらりと横を見ればシルフィンは皿を見つめて固まっている。彼女の神妙な顔から察するに、この世界でもこういう食事は珍しい部類のようだ。
で、これがメインなわけだが。定食なので飲み物もついている。
(……うーん)
どう見ても食虫植物だ。ウツボカズラという植物をご存じだろうか? 口を開けた袋状の草で、消化液の溜まった袋の中に虫を誘いこんで溶かしてしまうアレである。
あれが、さも「食前酒です」みたいな顔をしてテーブルの上に並べられていた。観葉植物かとも思ったが、丁寧にグラスに入れられているところをみるにこれが定食のドリンクらしい。
真っ赤で、見るからに毒々しい。いやまぁ、虫から見れば魅力的なのかもしれないが。
「えっと、これは?」
モカさんに聞いてみる。もしかしたら本当に観賞用かもしれないという望みを持ちつつ、けれどモカさんは明るい笑顔で答えてくれた。
「はい! これがヤマモモカズラのジュースで、こっちがメインのイモ蟲のステーキです!あとパン」
おかしい。聞き間違いだろうか。芋虫と聞こえた気がする。
再びシルフィンを見れば顔の生気が死んでいた。当然だ。先ほどの説明の中に食材などパンくらいしかなかった。
しかし、頼んでしまったのは自分だ。そして、頼んだからには一口も付けずに帰るわけにもいかないだろう。
やれやれと一つ息を吐いた後、俺はヤマモモカズラのジュースに手を伸ばした。
「……ッ!? 行くのですか旦那様ッ!?」
ぎょっとした顔でシルフィンが振り返るが、その通りだ。行くしかない。
「シルフィン、覚えておきたまえ。テーブルマナーなぞどうでもいいが、頼んだものに手を付けないことほど無礼なこともない。そして、人様の食文化に口を出すのも御法度だ」
そう、しかもそれが食べもせずにとなれば殴られても仕方がない。
「僕はね、常々……食事には真摯でありたいと思っている」
「は、はぁ」
つまりどうかというと――
「いただきますッ!!」
俺は一気にヤマモモカズラの消化液を口に流し込んだ。
小さくシルフィンの悲鳴が聞こえ、口の中に甘酸っぱいジュースの刺激が流れてくる。
ぷちぷちと、炭酸のように液が弾ける。そして鼻を抜けるモモの香り。
「……ん?」
清涼感のある優しい甘さ。どろり濃厚というわけではないが、すっきりとして喉ごしもいい。
「美味いぞ」
「そんな馬鹿なッ!?」
つい心の声が口に出ているシルフィンを無視して、俺は再度ヤマモモカズラを口に付ける。
……やはり美味い。度数はないだろうが、ほんのりとアルコールのようなニュアンスも感じられる。まさに食前酒といった感じだ。
「いや、ほんとに美味いぞ。君も飲んでみろ」
「えっ!?」
促されたシルフィンがじっとヤマモモカズラを見つめる。
恐る恐る手で掴み、そして意を決したように目を瞑った。
「おお、いったいった」
ぐびっと飲み込むシルフィンに拍手する。俺と過ごしているうちに段々と肝が据わって来たようだ。いい傾向と言える。
「あ、おいしいです」
「だろ。僕もびっくりだ。モカさん、これって天然ですか?」
隣のテーブルの拭き掃除を始めていたモカさんに声をかける。俺の右手に掲げられたヤマモモカズラを見て、モカさんが嬉しそうに笑った。
「ええ、ただ色で味が違うんですよ。それは熟してるので甘いですけど、黄色いのとか青いのだと酸っぱすぎたり苦かったりするんです」
「へぇ、食虫植物に熟し具合が」
面白い植物だ。確かに、果肉ともいえる袋の部分が赤く熟しているようにも見える。
「あっ、違うんですよ。見た目で間違う人も多いんですけど、その子は虫とか食べないんです」
俺の言葉に、モカさんが手を止めて説明を続けてくれた。どういうことだと振り返る俺に、モカさんは底を見てみるように袋の口を指さした。
促されて見てみると、袋の底に何か黒い粒が溜まっている。虫の死骸だろうか。うげぇと顔を歪める俺に、モカさんは愉快そうに口を開く。
「あはは、それはその子の種なんですよ。森に棲んでる動物さんたちが、ジュース代わりに飲むんです。コップみたいに器用に飲むんで可愛いですよ」
「ほう、なるほど」
つまりは、本当に袋がグラスで中身がジュースだということだ。推測するに、一緒に飲んだ種を糞として運んで貰うのが目的だろう。理に適っているといえる。
「となれば、こっちも」
俺はナイフとフォークを手に取った。見た目は少々グロテスクだが、ヤマモモカズラのおかげで幾分かハードルが下がっている。
考えてみれば、ここは噂になるような森のレストランなのだ。不味いものを出すはずがない。
「い、行きますか?」
「当然だ」
ナイフをイモ蟲に沿わしてみた。驚くほど簡単に刃が入り、少々手が驚いてしまう。
一口大にカットしてみれば、じゅわりと肉汁?があふれ出してきた。
「美味そうじゃないか」
「そ、そうですかね?」
俺の感想にシルフィンが文句を付ける。どうやら未だに森の術中にハマっているようだ。やれやれと愚かなメイドを眺めてから、俺はイモ蟲のステーキを口に運んだ。
「ふむ。……おお、美味い」
「ほ、ほんとですか?」
びっくりする。普通に美味い。
なんというか、予想外の味だった。
「ああ、なるほど。イモ蟲ね」
味はジャーマンポテトを想像していただこうか。ベーコンと芋、それが合わさった感じだ。
不思議な食べ物だ。食感は間違いなく肉で、味も牛肉に近いのだが、きちんとジャガイモの味がする。
素朴でいて、しっかりと美味い。その日の活力に繋がるような味だ。
「……パンと食っても美味い」
パンは普通の麦パンだ。白い小麦のパンに比べれば粗悪な庶民の食べ物という印象だが、ここのは麦の風味が心地よく柔らかい。肉料理にはこちらのほうが合うだろう。
「お、おいしい……」
シルフィンも狐に摘まれたような表情だ。
「モカさん、こちらは?」
イモ蟲の詳細をモカさんに聞く。忙しいにも関わらず、モカさんはにこやかに応対してくれた。
「それはイモ蟲ですね。私たちの中ではご馳走でして。えっと……デカイモっていう、こーんなおっきいお芋がありまして。お芋自体の味はイマイチなんですが、その中にイモ蟲のお母さんが卵を産むんですよ。で、イモ蟲さんはお芋を食べて育つんですが、それを私たちが大人になる前に食べちゃうってわけなんですねぇ。哀れです」
「な、なるほど」
少々ひっかかるところもあったが、俺はモカさんの説明に納得する。
土臭さがないと思ったが、それもそのはず。イモの中で生涯を送っているのだから当然だ。それでイモの味になるというのは面白い話だが。
「いや、美味しいです。評判を聞いて来てよかった」
「ありがとうございますー。腕によりをかけた甲斐がありました」
モカさんの笑顔を見ながら、俺もくすりと笑みを浮かべる。シルフィンを見れば、あれほど嫌がっていたのにガツガツと一心不乱にイモ蟲を頬張っていた。実に分かりやすい。
「やれやれ」
食い意地の張ったメイドを眺めながら、どうせならと、俺はヤマモモカズラのお代わりをモカさんへと頼むのだった。
◆ ◆ ◆
「おいしかったですね」
「そうだな。美味かった」
会計を済ませ、森のレストランを後にする。モカさんによれば、真っ直ぐ歩いていたら勝手に入り口に戻るらしい。
「惑わずの森か」
実にいい店だった。素朴だが、店主の人柄を感じさせる一皿だ。
(……ふむ)
けれど、腑に落ちないことがある。深く考えるのは野暮かと思っていると、前方から人の足音が聞こえてきた。
「あっ」
エルフだ。エルフの行商人が、驚いたように俺たちへ顔を上げる。
軽く会釈をして、行商人は森のレストランに向かって真っ直ぐへ歩いていった。
「お客さんでしょうか?」
「だろうな。迷っているなら俺たちに声をかけないのはおかしい」
俺たちに驚きはしたものの、この森自体に戸惑いはなさそうだった。恐らく常連客だろう。
「なるほどね」
くすりと笑う。単純だが、優しい話だ。
「どうされました?」
気づいていないシルフィンが聞いてくる。話すのはいいが、少しは自分で考えてみさせるべきだろう。
「モカさん、いい服を着ていたな。あれは王都で流行の最新のものだぞ」
「そういえば……妙ですね」
加えて、ガラスのグラスに陶器の皿。あんなもの、俺の屋敷にもそうはない。
鉄のフォークとナイフの装飾も、森で作っているとは思えなかった。
「要は、モカさんが可愛いということだ」
「は?」
彼女は常連からのプレゼントの価値を知らないのかもしれない。いや、案外と知っていてああなのかもしれないが。
分かってしまえば単純な仕組み。行き方の噂など、数日もあれば広まるだろう。
それを胸に仕舞うのは、ひとえに彼女たちの平穏を守るため。
そして、競争相手を増やさないため。
森の聖域を守っているのはーー
「一食の恩と、ほんの少しの下心……か」
さて、そろそろ森を抜けるだろう。
下心など微塵もないが、俺も言う気は更々ない。
後できつく口止めしておかねばと首を傾げているメイドを見やって、俺は満足した腹をさすりながら日常へと戻っていくのだった。




