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第14話 発明王

 エルダニアの中心から東に流れる通り。

 飲食店や日用品店が立ち並ぶストリートを、俺とシルフィンは歩いていた。


「わたしがついて行ってもよろしいのですか?」

「構わんさ。一人といっても、さすがにメイドくらいはな」


 手土産を抱えながら聞いてくるシルフィンに頷く。

 発明王からの要望は俺との談話だが、機密に触れそうな話になるようならシルフィンを下がらせればいい話だ。


 それよりもと、俺は彼女の抱えている手提げを見やった。


「重くないか?」

「大丈夫です。このくらい、どうってことありません」


 ふんすと得意げに胸を張るシルフィン。

 悩んだが、手土産はバートの言うとおりに酒でいくことにした。


 前々から、バートと企画していた一品だ。商品化はまだだが、この際この場で試してみても面白いだろう。


 念のため、それ以外にも名酒と呼ばれる銘柄の年代物をもう一本。多少値は張ったが、これで安心が買えるならば安いものだ。


「どんな人なんでしょうね?」

「ん? そうだな……」


 何気ないシルフィンの呟きに、俺も言葉を止めた。

 なにせ、肩書きの多い人物だ。


 発明王などと呼ばれてはいるが、もちろんそんな職業があるわけではない。

 彼を表す言葉は、いくつあっても足りはしないのだ。


 世界初の電力会社社長、オスーディア魔法学院名誉教授。挙げていけばキリがない。


「まぁ、楽しみじゃないか」


 シルフィンにはそう言いながら、しかし俺はバートの言葉が気になっていた。


『お前と同じ、黒髪のエルフだそうだ』


 まさかな、と首を振る。実際、黒い髪のエルフだって普通にいるのだ。ただの偶然だろうと、俺は目当ての場所への道を歩いた。


「そろそろだぞ」


 手紙に記された住所。その場所が近づいてきて、辺りを見渡す。

 どうやらそこだという建物を発見し、俺は緊張しながらもその建物へと歩みを進めるのだった。



 ◆  ◆  ◆



 初めに抱いた感想は、「でかい」だった。

 なにがって、胸がである。


「オスーディア学院、魔法力学教授のアイジャ・クルーエル・サトーだ。今日はよく来てくれたね」


 にこやかな笑顔とともに伸ばされる右手に、俺は一瞬躊躇した。

 名前の長さからして、貴族であることは間違いない。そして、これは予想してなかった。


 まさか、女性だったとは。


 黒い大きなとんがり帽子に、黒いローブ、そしてこれまた、黒いマント。一目で魔法使いだと分かる出で立ちのエルフが、俺の前で笑っていた。


 目の前に膝を付こうとする俺の手を、アイジャはいいからと握りしめた。

 伝わってくる柔らかな感触に、俺は驚いて顔を上げる。


「ふふ、すまないね。貴族の慣習は苦手なんだ」


 微笑みに、目が奪われる。

 あまりの美貌に、俺はいかんいかんと気を引き締めなおした。


「桂木俊一郎です。初めまして」


 しっかりと右手を握り、目線で応じる。俺の眼差しに、アイジャは愉快そうに笑みを深めた。


 希代の発明王は、ひとことで言うならば「美人」であった。


 年齢自体は、確か30代も半ばのはず。しかし、美しいとはこういうことだと言わんばかりの彼女の容姿は、男ならば誰でも目が止まってしまうだろう。


 尖った耳からして、種族がエルフというのは本当だろう。しかし、土地神と言われても納得してしまいそうな雰囲気を持っている。


 妖艶さと美しさ。ここが日本ならば鼻の下でも伸ばしているところだが、逆にここまでだと警戒してしまう。

 男を操る妖術を使いますと言われても、違和感はない。


「まぁ座っておくれ。お前さんと話せるのを楽しみにしていたんだ」


 そう言いつつ、アイジャはテーブルの向こうのソファに腰をかけた。俺も、促されるままに対面のソファに座らせてもらう。


 ソファ同士の間には、ガラス張りのテーブル。センスのいいことだ。俺は、嬉しそうに目を細めているアイジャの顔をなんとか直視した。


「その、なんでまた俺と……?」


 世間話もなんだ。俺は、単刀直入に一番の疑問を聞いてみた。

 話が早いのは好みなのか、アイジャはくすりと笑って俺を見つめる。


「お前さんの事業に興味を持ってね。随分と先を読んでいるじゃないか」


 アイジャの言葉に、俺の鼓動がどくんと跳ねる。

 やはり、ばれている。


「それほどでも。バート……サキュバール家があってこそですよ」


 誤魔化すが、この言葉は本心だ。俺がどれだけ現代の知識を持っていようが、それを実行に移すには多大な資金がいる。

 それに、金があればそれでいいというわけでもない。俺の計画に乗るという覚悟と信頼。それを満たしているのは、四大貴族の中でもバートだけだ。


「ははは、謙虚なこった。ま、嫌いじゃないがね」


 そう言って、アイジャは胸元に手を伸ばした。胸の谷間だろうか、いきなり突っ込んだ手に俺もシルフィンも面食らうが、アイジャは気にせずに一本の道具を取り出す。


(……ん? キセル?)


 面白い形状だった。素材もてかてかとしていて、この世界にしては近代的だ。

 アイジャは案の定というか、予想通りそれを口に咥えた。


 息を吸い、そしてアイジャの口からピンク色の煙が吐き出される。

 細く吐かれるピンクの煙に、俺はぎょっと目を見開いた。


 タバコのようだが、こんなファンタジーな色は初めて見る。しかも、なんだろうこの匂いは。凄く酒臭い。


 タバコ臭さがない代わりに、酒樽でもぶちまけたかのような香りだ。


「面白いだろう。魔法薬の煙草だ。あたしは電気タバコって呼んでる」

「電気タバコ?」


 そういえば、火をつけた様子がなかった。地球でいう、電子タバコに近い。どうやって加熱しているのだろうか。


 俺の疑問を感じ取ったのか、アイジャが人差し指と親指を立てて見せる。

 不思議に思い目をやると、アイジャの指の間にバチバチと火花が散り始めた。単純な炎ではない、電撃により発生した火花である。


「あたしの専門は雷魔法でな。魔力発電も、その理論を応用して作ったもんだ」

「なるほど」


 魔法に詳しくない俺には分からないが、おそらく雷の魔法と魔力発電は別物なのだろう。というより、雷の魔法など初めて聞いた。


「……確か、四大魔法って火と風と土と水ですよね。雷魔法っていうのは?」

「ああ、雷魔法はあたしのオリジナルさ。世界で唯一、あたしだけが使える」


 さらりと凄いことを言われ、俺は呆気にとられて表情を止めた。リュカは確か四属性の全てを使えるクワトロの魔法使いだと言っていたが、オリジナルの魔法というのはそれ以上ではなかろうか。


「あたし自身、自分の魔法を後生に伝えようなんて思ってなかったんだけどね、勿体ないだろう? どうせなら、ちょいと世界を変えることにしたんだ」

「は、はぁ」


 スケールがでかすぎて、相づちしか打てない。予想以上に天才だと、俺は背中に汗を流す。

 しかし、ふと俺は思い出した。


『俺と一緒に、世界を変えないか!?』


 そういえば、あいつはそんなことを初めに言っていたのだ。

 ……ならば、ここで引くわけにはいかない。


「奇遇ですね。俺たちも、世界を変えようとしてるんです」


 自然に、口から出せた。

 それを聞き、アイジャの顔が不敵に微笑む。一度電気タバコを口に咥え、アイジャは煙を吐き出した。


「そいつぁ、聞き捨てならないね」


 アイジャの眼差しが、鋭いものに変わる。

 天井へと立ち昇っていくピンク色の煙に、俺は両の拳を握りしめるのだった。


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