第13話 真の理解者
「発明王?」
バートの言葉に、俺は興味深げに耳を傾けた。
「発明王って、あの?」
「そう、あの『発明王』だ」
にやりと笑うバートに、俺は紅茶のカップを一度置いた。
発明王。オスーディア……いや、この世界が誇る天才。
魔力発電に、魔力瓶、魔導鉄道、それらの全ては、たった一人の偉大なる魔法使いがもたらした。
「その発明王は、ここエルダニアに住んでいる。どういうことかは分かるな?」
バートの声に軽く頷く。別に、どこに住んでようが構いやしない。ただ、わざわざ聞くということは理由があるということだ。
発明王とやらがエルダニアに住まなければならない理由。そんなものは、考えるまでもない。
「……ロプス家か」
俺の呟きに、バートが「その通り」と指を鳴らす。
相変わらずスケールの大きいことだ。世界を変える発明王すら、手中の内とは。
そして、このタイミングでその話。ここまでくれば、バートが何を言いたいのかも見えてくる。
「でだ……その発明王とやらが、今回の仕事に関わっていると」
「ふふ、さすがに察しがいいな。その通りだ」
そう言って、バートはゆっくりと両手を組んだ。説明を端的に整理して、俺に向かって口を開く。
「ロプス家と進めている共同事業、新型馬車の開発と販売。その馬車の開発者が、その発明王というわけさ」
いやはや参ったと、バートは大げさに驚いてみせる。
正直、俺としても予想外だ。
ロプス家が開発の進行をひた隠しにしていたのも頷ける。この案件、想像していたよりも数倍は規模がでかい。
なにせ、魔力発電と魔導鉄道の発明者。そんな人物が、「新型馬車」の開発に関わっている。
(まさか……な)
ありえるのかと疑問が生じ、しかし可能性としては十分だ。
現に俺は、脈打つ鉄の鼓動にシルフィンと共に乗車している。
地球の歴史でみても、確か60年ほど後の出来事。それと比べれば些か早い動きだが、それくらいの時間は一人の天才で埋めることは可能だろう。
(だとすれば、とんでもないぞ)
ぞくりと、背筋が震えた。
発明王。その肩書きを背負うに相応しい人物を、俺も地球の歴史の中で一人だけ知っている。
幼稚園児でも知っている、おそらくは人生で初めて聞かされる、逸話の中の天才。
しかし、これはその人物と比較しても――
「その発明王が、お前をご希望だ」
「へっ?」
考えていた俺の耳に、バートの呟きが飛び込んでくる。
聞き間違えかと思って顔を上げるが、どうやらそうではないらしい。
「シャロンお嬢さまがな、お前のことを話したそうだ。えらく興味を持たれたらしくてな。……今度、お前だけと話したいと言ってきた」
「は? お、俺と?」
どういうことだ。バートを見つめるが、バートも考えが読めないらしい。
ただ、単純な興味ではないかとバートは推測しているようだ。
「俺にはな、なんとなく分かる気はするよ。物を作るわけではないとはいえ、お前の発想は間違いなく新しいものを創る力だ。そこら辺が気になったんじゃないか?」
その推測に、俺も少しだけ同意する。
俺がバートと共に行ってきたビジネス。それを動かす理論は、平成の地球のロジックだ。
その中には、現代の日本では法律で制限されている商法すら存在する。
(それを、見抜いたっていうのか?)
全てではないだろう。けれど、俺が行っている手の中には、所謂「種を蒔いている状態」。つまりはまだ、結果として現れていないプランも多くあるのだ。
俺がバート以外の貴族からの評価があやふやなのも、一見して損をしているような企画をいくつも打ち出してきたからである。
バートをして、完全には理解していない。任せてくれているのは、ひとえに俺への信頼ゆえだ。
(おいおい、畑違いだろうよ)
発明王といえど、経済や商売は素人のはず。商品を作るのと、商品を売るのは同じではないのだ。
だがしかし、それすらを看破して俺に興味を持っていると仮定するならば――
「面白い。この世界の天才とやらに、会ってやる」
これほど面白いことなんて、他にない。
同格だなんて思わない。所詮、俺の力は借り物の理論。偉大なる地球の先人たちの脳細胞と試行錯誤の結晶を、我が物のように披露しているだけ。
それでも、学んできた。凡人なりに、あの星で努力してきたつもりだ。
武者震いに笑う俺の顔を見て、バートが嬉しそうに微笑んだ。
「楽しそうだな」
「ん? ああ、そりゃあな」
椅子に深く体重を預けながら、バートは俺を見つめ続ける。
そして、どこか申し訳なさそうに口を開いた。
「俺じゃあな、お前の考えについていけないときがある。俺だって、四大貴族の当主だ。それなりなんかじゃない、最高の教育を受けてきたつもりだ。……そんな俺でもな、ときどきお前が何を言っているのか分からなくなるときがある」
切なげなバートの表情。異世界の貴族の当主は、なにか眩しいものを見る眼差しで俺を見つめた。
「俺が、お前を世界で一番評価しているつもりだ。俺が、この世界でお前を見つけた」
その一言を、受け止める。
覚えている。忘れるわけがない。
日本に比べれば、ゴミ溜めのような異世界の貧民街で、詐欺紛いの仕事をして日銭を稼いでいた。
そんな俺に、まるで宝物を見つけたかのような表情で手を差し伸べてきたのがバートだ。
今でも、あのときのこいつの顔は鮮明に思い出せる。
『俺と一緒に、世界を変えないかっ!?』
子供が抱くような夢を、異世界の没落貴族は場末の酒場で聞かせてくれた。
やっと見つけたと、キラキラと光る瞳で。
「だがな、だめなんだ。それじゃあ、だめなんだよ」
目を細め、バートは優しげに微笑んだ。
「俺が一番じゃあ、だめなんだ。お前を真に理解してくれる奴が、これからの俺たちには必要だ。ロプスもサキュバールも、四大貴族も発明王も関係ない。……お前が、全力で語れる相手が」
そう言うと、バートはおもむろに立ち上がった。話は終わりだと、上等な上着を羽織り直す。
「発明王は、酒が好きらしい。ご機嫌取りの土産は俺が責任を持って準備してやる。話が弾むようにな」
普段の調子の顔に戻ったバートを見上げながら、俺は紅茶を飲み干した。
少しだけ、喉が乾いた気がしたから。
「バート」
俺の声に、帰り支度を整えたバートの動きがぴたりと止まる。
一瞬、なにを言おうか迷い、しかし出てきたのは素直な言葉だった。
「感謝している。今度……飲もう。いい店を知ってるんだ」
なにも、語らうのは仕事の愚痴じゃなくてもいい。
そこで初めて、そういえばこいつと仕事以外の話をしたことがないと気がついた。
なにせ、お互いに必死だったのだから。
「お前の女の好みでも聞かせてくれ」
カップを再び置く俺に、バートがくすりと笑みを浮かべる。
見慣れた笑顔で振り返りながら、バートは「楽しみにしておく」と右手を挙げた。
「水色の髪のエルフだって言ったら、どうするつもりだ」
「そうだな。少しばかり業務に支障が出るやもしれん」
わざとらしく腕を組む俺に、サキュバール家の当主は愉快そうに声を出した。
「はは、心配するな。俺は乳のない女に興味はない」
本人がいないのをいいことに、俺たちは好き放題に言っていく。
そうして、満足したようにバートは扉に手をかけた。
しかし、ふと思い出したように手を止める。
「そうそう、俺も直接見たことはないんだが……」
なんでもない風に、バートは俺へと振り向いた。
「発明王は、お前と同じ黒髪のエルフらしい。奇遇だな」
その一言で、俺が鼓動を跳ねさせるのに気づかずに、バート・サキュバールは普段の笑顔で言い放った。




