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第06話 氷の花束

 電灯に照らされた明かりの中で、俺は目の前の輝きをしげしげと見つめていた。


「うわぁ、綺麗ですね」


 傍らで身を乗り出したシルフィンが口を開ける。シンプルだが、当然の反応だ。

 目の前に置かれた花束に、俺はすっと指を伸ばした。


「冷たいな」


 触れた瞬間、花弁の冷たさが指へ伝わる。


 氷の花。


 そうとしか表現できない神様からのお土産に、俺はくすりと笑ってしまう。


「あの女神さまらしいじゃないか」


 氷で出来た花、ではない。正真正銘の生きた氷の花だ。

 この間のグラスローズも見事なものだったが、単純な美しさでいえばこちらが上である。


 食べる蜜がない代わりといってはアレだが、冷たく輝く十輪ほどの花束は、見るものを美しい気持ちにさせてくれる。


「本当に、この世界の花は風情があるな」


 考えてみれば、随分と植物にはお世話になっている。氷の花やグラスローズだけではない、水の実も蛍木の宝玉も、いってしまえば全部植物だ。


 魔力、精霊、そういったファンタジーに溢れた土地で育った生命には、自然と幻想が宿るのかもしれない。


「とはいえ、今回ばかりは食べるわけにもいかんしな。せいぜい目で楽しませてもらうとしよう」


 笑みを浮かべながら、いそいそと戸棚に向かう。不思議そうに目で追うシルフィンの前で、俺は戸棚から一本の酒瓶を取り出した。


「それは?」

「ふふふ、引っ越し祝いにバートの奴からもらった酒だ。なんとアルコール度数40パーセント」


 俺の言葉に、シルフィンの目が見開かれる。

 この国の酒は、果実酒、つまりワインが一般的だ。度数も、せいぜいが十数パーセント。


「蒸留酒という技術だ。北部の国では割と人気なんだが、オスーディアではあんまり聞かないな」


 その理由はハッキリしていて、ここオスーディアでは製造できる酒の度数の上限が20度までと法律で定められているからだ。まぁ、飲兵衛が多いと国が傾くので、政策としては悪くない。

 それを当然シルフィンも知っているので、眉を寄せて俺を見つめてくる。


「旦那さま……」

「おっと、勘違いしてくれるな。製造しなければ罪にはならん。俺やバートは、輸入業によってちょっとお酒の好きな連中の手伝いをしているだけだ」


 まったく、失礼この上ない。まるで人を罪人みたいに。

 蒸留酒を輸入する際には、とんでもない税金がかかるのだ。俺たちはむしろ、オスーディアの懐事情を明るくしているいい人たちである。


 ちなみに、北部との国境付近になぜかバートが所有している工場が建っているのだが、なにを作っているかは俺は知らない。俺は節税のアイデアを少し提供してやっただけだ。


「中でもこいつは、出来のいい果実酒を元にしている一級品でな。仕上がりのほどを見てくれるようにと、バートに頼まれているんだ」

「えっ、さっき製造はしてないって……」


 おっと、少し口が滑った。いけないいけないと、俺は酒瓶を指でなでる。

 ラベルもいい感じだ。味には関係ないが、ここが豪華だとそれだけで馬鹿の一部は美味いと誉め称える。


「さて、これより仕事に移る」


 いやあ、大変だ。夜も真摯に仕事に励む俺は、聖人君子も真っ青である。

 ガラスのコップを取り出して、それに酒を注いだ。


「ふむ、香りは悪くないな」


 まさにブランデーといった感じか。ワインに似た果実酒が原料なのだから、当然といえば当然ではある。


「味のほうは……」


 口に含み、頷く。

 舌に感じる刺激、微かに残るブドウの風味。上出来だ。


「どうですか?」

「なかなかの味だな。ブランデーよりも、仄かに甘い。美味いぞ」


 ここら辺は果実の違いだ。まぁ、もともとブランデーも果実であればブドウである必要はない。


 林檎を使えばカルヴァトス、杏を使えばアプリコット、洋ナシならばポワールだ。そう考えれば、この世界で全く新しい酒を造ることも可能ではある。


「ふむ、ありだな」


 珍しい果物による、蒸留酒。作戦としては悪くないし、俺としても興味がある。

 蒸留酒自体は違法だが、勝手は一緒だ。どうとでもなるだろう。


「旦那さま、よからぬことを考えていませんよね?」


 じとーと見つめてくるシルフィンの視線を受け流しながら、俺はコップをテーブルに置いた。


「それよりも、ツマミが欲しいな。なにか作ってくれないか?」

「……畏まりました」


 やや憮然としたシルフィンが、それでも恭しく頭を下げる。よく出来たメイドだ。雇い主の仕事の話は、必要以上は踏み込まない。


「それにしても、土地神ねぇ」


 窓の外を眺めた後、俺は昼間出会った氷の女神に想いを馳せた。

 彼女がいつから神をやっているかなど知らないが、口振りからするにそう昔でもないのだろう。


 雪が降るようになった土地。天候どころか風土すら変えてしまう彼女の存在は、まさしくファンタジーだ。


「異世界ねぇ」


 氷の花を見つめ、思う。彼女が、決定的な地球との違いなのだろうか。

 いや、そうではないだろう。確かに神の実在は面白いが、いってしまえばあれは、自然が可視化しただけに過ぎない。


 地球にだって、雪は降る。時が経てば、風土だって変わるだろう。


 だとすれば、なにを以てして幻想というのだろうか。


「感傷的だな」


 酒を口に含み、思わず笑う。度数が高いからだろうか。久しぶりに飲んだからか、酔いが回る。


 しかし、それにしてもなにか足りない。


「いまひとつだな」


 そりゃあ、竜の秘宝と比べれば劣るのは仕方ないにせよ、それなりの味だ。

 なにか忘れているようなと、俺はコップの中を見下ろす。


「あっ」


 しまったと、頭を叩いた。

 ブランデー。好きな飲み方は、やはりアレだ。


「しかしなぁ、ここでは……って、ん?」


 苦々しく眉を寄せた後、俺の目の前に冷たい輝きが目に留まった。


 氷の花。それはつまりーー




「旦那さま、おツマミをご用意致しまし……ッ!?」


 盆を持って帰ってきたシルフィンに、俺は悠々と振り返る。


「おお、すまない。ありがとう」

「だ、だだだ、旦那さまっ、それはっ!?」


 目を見開いて指を指してくるシルフィンに、俺はカランとコップを揺らした。


「いいだろう。君もどうかね?」


 言いつつ、口に含む。

 流れてくるのは、冷たい刺激。ストレートでなければという奴もいるが、俺はこれが好きだ。


 唖然としているシルフィンに、俺はくすりとコップを渡した。


「かまやしないさ。ロックに生きようじゃないかね」


 コップの中で輝く花を見つめながら、俺はエルダニアの自然に想いを馳せるのだった。



 ・・・ ・・・ ・・・



 氷の花


 原産:エルダニア 祠山

 補足:エルダニアの守護神であるヒョウカが作り出す氷の花。成長するが、数日と待たず溶けてしまう。ヒョウカの神力が満ちている祠山の上部には群生しており、夏でもその花を見ることができる。水や酒に入れただけでは溶けないため、ロック用の氷としては最適。



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