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第04話 氷の女神

「土地神に挨拶?」


 眉を寄せた俺をにこりと見据えながら、シャロン・エルダニア・ロプスは小さく頷いた。


「そうです。ここエルダニアにも当然、土地を治める土地神がいます。ロプスと手を組むというのならば、挨拶くらいはしていただきませんと」


 微笑みながらも、シャロンのひとつ目からは冷たさにも似た眼光が飛んでくる。こちらに来てから会うことも増えたが、未だに慣れない。


(それにしても、手を組むねぇ……)


 少しばかりは本音を見せてきてくれているのかと、俺は彼女の表情を見つめる。

 しかし、心の内など塵程度も分からない。まぁどうでもいいかと俺は彼女に質問した。


「土地神というと、龍種とかですよね?」


 この世界には、文字通りの神がいる。

 それが土地神。土地を治め、自然を司る神域の存在だ。


 一応、俺も会ったことがある。竜の森の長老は、間違いなくあの浮遊島の土地神だろう。


 それに、卵を食ったこともある。なにを隠そう、王都オスーディアの土地神は王家守護聖鳥のホウオウドリだ。


 炎に燃える巨大な不死鳥らしいが、エルダニアの土地神もそのような破天荒なファンタジーなのだろうか。


「そうですね、龍種が治めている土地は多くあります。ですが、ここエルダニアの土地神は少々変わり者です」

「変わり者?」


 どういうことだろうか。まぁ、長老を思い出すに土地神とは意志疎通の出来る相手だ。性格が変わっている神もいるのだろう。


 というよりも、人の常識を神に求めるほうが愚かなのかもしれない。


「東の祠山に住まわれています。わたくしの名前を出せば、快く会ってくれるでしょう」

「……分かりました。興味もありますし、行ってきます」


 笑顔のままのシャロンに、ぺこりと頭を下げる。

 言うことを聞くだけというのは癪だが、ここは従っていた方がいいだろう。実際、土地神に安心して面会できる機会などそうはない。


「あ、そうそう。エルダニアの土地神さまは蟲蜜がお好きです。手土産にするといいでしょう」


 くるりと背を向けた俺に、シャロンがくすくすとアドバイスを送ってくれる。

 好意、そう受け取っておこう。


「くれぐれも粗相のないように」


 彼女の声を聞きながら、俺はグランドシャロンを後にした。



 ◆  ◆  ◆



 肌に感じる冷たさに、思わず身体が震えた。


「……涼し過ぎやしないか?」


 後ろを付いてきているシルフィンに振り返り、同意を求める。彼女もこくりと頷いた。


 季節は春を過ぎ、夏に差し掛かろうとしている。というのに、祠山に踏み入った瞬間に、空気の温度が一変した。


 森の木陰が作る涼しさ、などではない。どちらかというと、不自然さすら感じる冷たさだ。


「って、旦那さまあれを!?」


 シルフィンが視線の先になにかを見つけ、指でさしながら叫ぶ。振り返れば、十数メートル先に白い光景が広がっていた。


「雪……だと」


 山とはいえ、この標高で雪が残っているのは通常では考えられない。

 近づくと、新雪のように美しい白化粧が、そこから先の山道には続いていた。


「そういえば、聞いたことがあります。エルダニアは雪が降らない土地だったんですが、土地神が代変わりしてから振るようになったと」

「なるほど。この雪はそのせいか」


 だとすれば、土地神のお膝元に近づいているのだろう。こうして自分のテリトリーを主張しているのかもしれない。


 考えてみれば、竜の森の長老は世界樹の下で動けない老龍だった。今度の相手は、そうではないのだ。

 怒らせないようにしなくては。持参した蟲蜜の瓶を鞄の中に確認して、俺は気合いを入れ直した。


 出会うのは、鬼でもなければ蛇でもない。正真正銘の、神なのだから。



 ◆  ◆  ◆



『おお! おお! 待っていましたよっ! ささ、お入りください。遠慮せずにっ』


 満面の笑みで迎えられ、俺はポカンと口を開けた。


『シャロンから聞いていますよっ。ふふふ、一ヶ月ぶりの来客ですっ。あ、どうぞどうぞ。少し寒いかもしれませんが』


 雪が積もる祠山の中腹。そこに建てられた石造りの家の中で、俺は女神に遭遇していた。


 透き通るような白い髪に、水色の肌。背中に浮かぶ氷の翼が、彼女が動く度にふよふよと揺れる。


 俺よりも数センチほど背が高い。女性にしては大柄だが、すらりと伸びた長身はひとことで言えば「スタイルがいい」だ。


 雪で出来たようなドレスに身を包み、氷の女神が嬉しそうに来客用のカップを準備している。


「えっと、貴女が……エルダニアの土地神様ですよね?」


 失礼だと思ったが、聞いてしまっていた。俺の言葉に女神がきょとんと振り返り、当然のように口を開いた。


『はい、そうですよ。我がエルダニアの守護神、ヒョウカです』


 あっけらかんと言ってみせるヒョウカに、俺はちらりと傍らのシルフィンを見やる。シルフィンも首を振りながら、「わたしには分かりません」と目で言ってきていた。


 とはいうものの、彼女が本物であることは疑いようがないだろう。

 やや予想外の雰囲気に面食らったが、俺はシャロンが言っていた「変わり者」という言葉を思いだし、女神の前に膝を突いた。


「桂木俊一郎と申します。ヒョウカ様、お会いできて光栄です」


 天候を操るほどの能力。間違いなく、この世界においても常識の外に住む存在だ。

 気分屋であるならば、気を損ねては大事である。慌てて俺に続いてシルフィンも膝を突き、へへーと頭を下げた。


「め、メイドのシルフィンですっ! お、おおお、お会いできて光栄の至りっ!」


 あまりの緊張で噛みまくりのシルフィンに苦笑しながら、俺はちらりとヒョウカの顔色を窺う。


「へっ?」


 ぷくぅと頬を膨らます氷の女神に、俺とシルフィンはぎょっと顔を強ばらせるのだった。



 ◆  ◆  ◆



『仰々しく接せられるのは、我は嫌いですっ』


 ぷんっとそっぽを向いてしまった女神をテーブルの対面に、俺は困ったように頬を掻いた。


「も、ももも、申し訳ございませんっ! なにとぞ、なにとぞぉっ!」

「こら、君は話をちゃんと聞きたまえ」


 事態を悪化させようとしているメイドの頭をぺしんと叩きながら、俺は椅子に座るヒョウカを見つめた。


 美人である。露出の多い雪のドレスから見えている氷の素肌は、水色ではあるものの妖艶だ。

 整った美貌は今は膨れた頬と突き出された唇で台無しだが、それでも見栄えするのは、ひとえに彼女が美しいからだろう。


「申し訳ありません、ヒョウカさん。……お詫びではないですが、手土産を持参しましたので」

『ふ、ふーん。供物ですか。我、怒っていますからね。そんじょそこらの供物では……』


 彼女の言葉が終わるのも待たず、ごとりとテーブルに持ってきた瓶を置く。


「アキタリア産の一級蟲蜜です。好きだと聞いたので」

『やったぁあああ!! ありがとうございますぅうううう!!』


 一撃で、彼女の機嫌は元に戻った。

 少しだけ反応に困り、瓶を持ち上げ頬ずりしている彼女に質問する。


「……お好きなんですね」

『そりゃあもう! 我はおいそれと祠を離れるわけにはいかないのです。自然、街に買い出しに行くこともできず。ふふふー、これで色々と作れますよぉ』


 キラキラとした瞳で蜜瓶を見つめるヒョウカに、俺はくすりと笑みを浮かべた。

 目の前の女神は、土地神、彼女の言葉を借りるならばエルダニアの守護神のはずだ。


「喜んでもらえてなによりです」


 神様。想像とは違ったが、むしろこんな感じでいいのかもしれない。

 微笑む俺に、ヒョウカが嬉しそうに口を開く。


『カツラギと言いましたね、気に入りました。我の手料理を食べていきなさい』


 突然の申し出に、俺はシルフィンと顔を見合わせる。


『ふふふ、腕が鳴りますよぉ』


 どうしようかと、俺たちは気合いを入れている氷の女神を見つめるのだった。

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