表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/80

第22話 竜の秘宝(中編)


 脳裏に直接語りかけてくるような声を聞きながら、俺は目の前の巨龍を見つめた。


『随分と珍しい、キャクジンじゃな。数百年ぶりか』


 巨大だ。ノーブリュードも巨龍といって差し支えない体躯をしているが、その五倍もあろうかという巨大さは、素直に生命としての畏怖を覚える。


 ひび割れ、岩とも土とも区別がつかなくなった体表。鱗なのか、それとも、自然の雨風が作ったものなのか。


 見えているかも分からない目を開けることもないままに、巨龍は俺たちへと意識を向けた。


「長老、お久しぶりです。飛龍ノーブリュードと、番のリュカです」


 立ち姿を正したリュカが、深々と頭を下げる。リュカの声が届いたのか、老いた龍はその表情を和らげた。


『おお。主達か。よく来てくれた。顔を、よく見せておくれ』


 長老の声に、リュカとノーブリュードが数歩近づく。長老の鼻先に軽く触れながら、リュカとノーブリュードは頬をすり寄せた。


『二人とも元気そうじゃな。ふふ、この身体になると、若い芽を見ることくらいしか楽しみがない』


 ぺきぺきと音を立てながら、龍の顔が綻んでいく。剥がれていく土の表皮を見て、リュカが愛しげに体表を優しくなぞった。


「あっちの二人は、リュカたちの友人です。この森に、興味があるとのことでしたので」


 リュカの言葉に、俺とシルフィンがびくりと身体を揺らす。

 なにか言われやしないかと唾を飲み込んでいる俺たちに、長老は顔の土を剥がしながら言葉を続けた。


『構わんよ。元より、私の島というわけでもない』


 言いながら、長老はゆっくりと息を吸った。周りの木々がさざめき、身体の上の巨木の枝が静かに揺れる。


 それにしても、不思議な光景だ。


 ドラゴン。それ自体は、俺にも理解できる。どれだけ神秘的であろうが、言ってしまえばただの生き物、動物だ。


 だが、目の前の老龍は違っていた。土地神。そう呼ばれる存在を見るのは初めてだが、それも分かるというもの。


 巨大さとは、雄大さ。だが、それだけではない。


 見上げ、どれほどの高さかも分からない巨木を想う。

 これだけの木が生長するのに、いったいいくらほどの年月が必要だというのだろう。


 そして、当然。この老龍は大木よりも長く世界を見続けていることになる。


 思わず、佇まいを正していた。


『数えるのもな、忘れてしまったよ』


 どきりと胸が跳ねた。見れば、長老の視線が自分へと向いている気がする。

 まるで心の内を読まれたかのような声。鼓動が、数拍速くなる。


『翼を折られ、背中を裂かれ、私がこの島に辿りついたのが数千年前。ふふ、なぜそんなことになったのかすら覚えていない。だが、それでもよく覚えている。……なにもない島だった』


 昔を懐かしむように、老龍は遠い記憶に想いを馳せる。

 話を語れるのが嬉しいと隠しもせずに、龍は島の成り立ちを話し始めた。


『土と小石の島。少しばかりの草しか生えていない。動けず、ただ生きているだけの日々だった。数百年は、己のしぶとさを呪ったものよ』


 およそ人間には、想像も出来ない話。ただ何もない大地を眺めるだけの日々を、生きているというのだろうか。


『風が吹き、雨が降った。何千年後だろうか……気がつけば、私の周りは草花たちで溢れていた』


 巨龍は語る。この森の成り立ちを。


『馬鹿な話だろう。毎日、見ているとな。変化に気がつかない。私が自分の周りが変わっていることに気がついたのは、背中の木が身体を覆い尽くした頃だった』


 愉快そうに。まるで昔の失敗を笑い話にするように、龍は笑う。


『……してキャクジンよ。なにが望みだ』


 巨龍の瞳が、こちらを見つめてきていた。

 細く開いた土塊の瞼の奥に、龍の瞳が見つめている。


「あ、なんかね。長老の秘宝が欲しいんだって」


 あっけらかんと言い放ったリュカに、俺は自分の心臓が飛び出る音を、確かに聞いた。



 ◆  ◆  ◆



『竜の秘宝が食べたい?』


 こくりと頷く俺を見て、老竜はハテと首を傾げた。


 それはそうだろう。俺は、見るからにそういう男ではない。

 魔力だとか竜の力だとか、そういうものを欲する男でないことは長老ならば見抜くはずだ。


「なんかね、珍しい食べ物が好きなんだって。味が気になるんだってさ」


 リュカの元もこうもない発言に、背中を汗が伝う。間違いではないのだが、もうちょっと言い方を工夫して欲しい。


 しかしリュカのその説明に、長老は楽しそうに声をあげた。


『はははっ。なんじゃ、面白い男じゃのう。そのためにわざわざ、このような秘境にまで』


 顔や身体の土が、長老の皮膚からパラパラと落ちていく。どうやら怒らせてはいないようだと、俺はホッと胸をなで下ろした。


 そんな様子の俺を、長老が細めた目で見つめてくる。見透かされるような視線。いや、既に気づかれているだろう。


 ならば、隠す必要もない。リュカやシルフィンには伝わらないよう、俺は長老へと一礼した。


「桂木俊一郎です。この世界を、感じたいと思いまして」


 俺の挨拶に、長老が黙って頷く。

 数百年ぶりと、言われていたか。どうやら俺以外にもいるようだ。


『構わんよ。……味は、私もよく知らないがね。はは、自分の背から実ったものだ。食う気になれなくてね』


 長老の言葉に、俺もそれはそうだと頷く。


『リュカたちも、食べるといい。少しばかりは、魔力も上がるだろう』

「えっ、マジですか?」


 噂は本当だったのかと、リュカの目が見開かれる。彼女ほどの魔法使いだ。更なるレベルアップは、容易なことではないのだろう。


『まだ少々若いが、食べられないことはない』


 言葉に応じるように、巨木がざわつきだす。幹や枝が震え、俺は龍の木を見上げた。


 枝葉が、ザワザワと音を立てる。そして、開かれた葉の間から、実を持った枝がゆっくりと姿を現した。


 その枝の先に、俺は目を見開く。


「これが……」


 目の前まで降りてきた実に、思わず見入ってしまう。


 蛍木のような、輝く実ではない。宝石とも、黄金とも違う。

 想像すらしていなかった目の先の果実を、俺は興奮する面もちで見つめ続けた。


『なんてことはない、ただの実だよ。他人は、竜の秘宝などと呼んでいるがね』


 長老の言葉が、頭の裏で通り過ぎる。

 断じてそんなことはないと思いながら、俺は感謝の瞳を龍へと向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ