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第14話 貴族の歓迎 (後編)

 肉が置かれていた。焼かれた肉だ。

 ステーキだろう。この世界にも、当然ある料理だ。


「珍しくて美味しいとなると、こちらなんかは喜んでいただけると思いますわ」


 シャロンが微笑みながら、皿を促す。俺はなんとかナイフとフォークを両手に持ちながら、皿の上の肉に目を縛られていた。


 見たことがある。食ったことがある。


 いや、食ったことのあるものに似ている。


 大きくしっかりと火の通ったステーキ。肉厚な切り口は、ジューシィな肉の旨味をしっかりと閉じこめてくれている。

 聞いてみずには、いられなかった。


「これは……?」


 ぽつりと呟いた俺の声に、シャロンの笑みが深くなる。頭の中でどこか、否定してくれと言う自分がいる。

 そんな俺をあざ笑うかのように、シャロンは楽しそうに唇を震わせた。


「ドラゴンのステーキです」


 その声に、隣に立っていたシルフィンの目が見開く。俺も同じ気持ちだ。「まさか」と、そう思っている。

 だが、目の前にいるのは残念ながらロプス家当主。そのまさかは、恐らく現実の範囲内。


「いただきます」


 肉にナイフを入れた俺を、シルフィンが驚いた顔で見つめた。

 食べねば話が進まない。ドラゴンモドキかどうか、見極めてやる。


 しかし、いやな予感が指先を伝わってくる。柔らかだが、弾力のある肉質。歯で噛まずとも、ナイフからですら伝わる違い。


 シャロンが見つめてくる中で、俺は切り分けたステーキをひとくち口に運んだ。


 噛みしめ、慎重に咀嚼する。


「……美味い」


 そして、俺はその言葉を口にした。この台詞をこんな気持ちで言うのは、無論生まれて初めてだ。


 なるほど、風味自体はドラゴンモドキとそう代わりはない。少しだけ香る野性味。下拵えが丁寧な分こちらのほうが臭みは弱いが、漂う香りは同種のものだ。


 だが、肉質がまるで違う。


 硬かっただけのドラゴンモドキと違い、柔らかさすら感じる弾力。

 その柔らかさも、和牛のような溶けるものではない。上質な筋肉組織が持つ、肉としての弾性。


 焼くことによって歯ごたえというものを会得した肉が、噛む度に心地よい感覚を脳に送る。


 味も違う。肉そのものが持つ旨味成分。アミノ酸なのかグルタミン酸なのか、それともこの世界特有の成分か。詳しくは知らないが、ソースで誤魔化していたモドキとはえらい違いだ。


 ひとことで纏めれば、美味い。


 牛でも豚でも、鶏でも羊でもない。蛙ともワニとも違う。


 俺が求め続けてきた、ファンタジーの味。それこそがこれだと、胸を張れるほどの味だ。


「どうですか?」


 そのひとことが、俺の心を突き刺した。

 変わらない微笑み。今でさえ、相対していれば震えそうだ。


 ドラゴン。認めるしかない。初めて口にしてなお、断言できた。


「今ここでなければ、嬉しさで飛び跳ねていたでしょうね」


 シャロンの問いかけに、素直に答えてやった。

 完敗だ。今回だけは、思惑通りに食ってやる。ナイフを通し、次の塊を口に運んだ。


 シルフィンが固唾をのんで見守る中、俺はドラゴンのステーキを平らげた。


 空になった皿に、ナイフを置いて立ち上がる。なおも微笑みを絶やさないシャロンに向かって、俺はステーキの礼を述べた。


「美味しかったです。貴重な品をありがとうございました」

「ふふ、どういたしまして」


 シャロンの皿、ひとくちだけ摘まれたステーキ。もう冷えてしまっているだろう。それを一度睨みつけ、俺は彼女に踵を返した。


「バートには、確かに届けておきます。……帰るぞシルフィン」

「えっ? あ、はいっ」


 シルフィンからコートを受け取り、俺は扉に向かって足を向けた。

 最後に、長机の先の彼女に一度だけ振り返り。


「ふふ、またいずれ」


 ひとつ目の笑顔を目に焼き付けて、俺はグランドシャロンを後にした。




 ◆  ◆  ◆




「残念です。デザートも用意していたのですが」


 窓から見えるコート姿に、シャロンはくすくすと笑みを浮かべた。その顔には、言葉通りのものはひとつもない。


 久しぶりに愉快そうにひとつ目を細める自分の主を見て、セバスタンは同じように先ほどの男を三つ首の目で追った。


「しかし、私としても少し残念ではありますね。出来るなら、バート様に見せつけたいところではございました。ドラゴンの尻尾切りが再生するとはいえ、手に入れることは容易ではないので」


 見る限り、そこまで博識というわけでもなかった。尻尾であることすら分かっていないだろう。

 食材調達の際の苦労を思い出して、セバスタンは心の中で三つ首同時に息を吐いた。


 そんな彼に、シャロンは満足そうな笑みで答える。


「いえ、彼でよいのです」


 そろそろ見えなくなる姿を見送りながら、シャロンはぺろりと唇を舐めた。

 その表情にセバスタンですらが目を開き、佇まいを整える。


「サキュバール。思ったよりは使えそうです」


 思わぬ収穫があった会食に唇を濡らしながら、シャロンはひとつ目をゆっくりと細めるのだった。




 ◆  ◆  ◆




「旦那さま……あの、急に帰ってよかったんでしょうか?」

「知らん。そんな器量の狭い娘ではないだろ」


 びくびくと未だに後ろを振り返っているシルフィンに呆れながら、俺はエルダニアの街を歩いていた。


 満腹状態なのにここまで苛つく気分は久しぶりだ。あのお嬢様め、やってくれる。


「その、私はよく分からなかったのですが。どうなったんですか?」

「完全にしてやられた。バートの奴はこれから大変だぞ」


 この先の細かい取り決めにもよるだろうが、この分だとサキュバールはロプスの子会社みたいなものだ。まぁ、それでも構わないとバートは踏んでいるのだろうが、個人的にはやはり面白くない。


「俺たちを安く見たことを、後悔させてやる」


 そう呟いて先を進んでいると、追ってきていたシルフィンがあんぐりと口を開けていた。なにやら、信じられないものを見たかのようだ。


「どうした?」

「いえ……旦那さまって、仕事する気あったのですね」


 驚きましたと目を開けるシルフィンを、俺はじっと見つめてみる。続けてこくこく頷くのを見て、俺はふむと頭を掻いた。


「そんなに俺って、仕事したくなさそうかね?」

「はい。とても」


 真剣に頷く自分のメイドに、俺は自分の勤務態度を今一度思い直すのだった。



 ・・・ ・・・ ・・・



 ドラゴン


 原産:竜の巣

 補足:世界中に生息している高位生命体。その他の生物とは一線を画し、神として崇められる個体も数多く存在する。種類も様々で、高い魔力と知性が特徴。

 食材として扱われることはまずないが、稀に尻尾を自ら落とすことがあり、その際の尾は高級食材として珍重される。かつてはドラゴンの肉を食べれば甚大な魔力を得られると信じられていて、数多くの魔法使いや密猟者が捕獲に挑戦したが皆命を落としている。


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