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第10話 ドラグリュード航空社


「エルダニアぁ?」


 渡された書簡を右手に見つめた後、俺はバートに呆れたように声を出した。


「そうだ。急な仕事でな、明日までにエルダニアに行かなければならないんだが、俺は別の仕事で手が離せん。そこで、プロジェクトを理解しているお前に行ってもらいたい」


 そう言って、バートは「頼む」と頭を下げた。無論、親友の頼みだ。行くこと自体は吝かではないが……。


「ちょっと待て。行くのは別にいいが、エルダニアだぞ? 一日では無理だ」


 俺が呆れたような声を出した理由はそこだ。エルダニアといえば、前に旅行したニルスよりもひとつ向こうの駅である。魔導鉄道を最速で乗り継いだとしても、どうやっても二日はかかる。


 そこはバートも分かっているのか、俺の言葉にこくりと頷いた。書簡の他に、一枚の封筒をテーブルの上に差し出す。


「これは?」


 なんとも豪奢な封筒だ。紙質だけではない。押された蝋印も、記された金字も、これがどれだけ重要なものかを物語っていた。


「乗車券だ。手痛い出費だが、この際しかたがない」

「乗車券?」


 バートの言葉に眉を寄せる。乗車券ということは、乗り物のチケットだ。しかし、この世界で一番速い乗り物は魔導鉄道のはずだが。


 それに、バートが手痛い出費とは。いったいどれほど高額なのだと、俺は喉を鳴らしながら封筒を握る手に力を入れた。


 紙に書かれた金字が目に入る。そこには達筆なオスーディア文字でこう書かれていた。


 ドラグリュード航空社と。


 バートが、びっくりするなよと念を押す。次に彼が語る言葉は、少なからず俺の心を揺さぶった。


「シュンイチロー。お前には、空を飛んでもらう」


 どうやら今回の旅は、それなりに面白いことになりそうだ。




 ◆  ◆  ◆




「ねこのしっぽ亭二号店……ここか」


 目の前の喧噪に、俺はゆっくりと眉を寄せた。隣のシルフィンも、心配そうにこちらを見つめてきている。


「本当にここか?」


 俺も、不安になって呟いた。


 まだ日が落ちたばかりだというのに、店の中からは酔っぱらいの声が響きわたっている。店構えも、お世辞にも綺麗だとはとても言えない。


 場末の飲み屋。それも、かなり客層の程度が低い店だ。


「旦那さま……」

「うーん、だがバートの話ではこの店が待ち合わせ場所だ。行くしかあるまい」


 シルフィンだけでも避難させるべきかとも思ったが、すでに裏路地に入ってしまっている。ここで別れるよりかは、固まって動いたほうがいいだろう。


「入るぞ」


 内心、びくびくと鼓動を速くしながら、俺は店の扉に手をかけた。

 扉が重い音を立てて開き、漏れていた喧噪が一気に襲いかかってくる。


「うおっ」


 扉の中の光景に、俺は思わず声を出していた。

 横のシルフィンの腕を掴み、無意識に自分の後ろへ隠れさす。


 店内は、凄惨という言葉が似合うような雰囲気だった。


「おらぁ! フルハウスだ!」

「くそがぁ! また俺の負けかよっ!」


 近くから聞こえてきた怒鳴り声に、びくりと背筋を伸ばしてしまう。見ると、テーブルにカードを広げた獣人二人が、楽しそうにギャンブルに興じていた。


 ポーカーに似たゲームだろうか。それにしても、テーブルに無造作に積まれた硬貨から考えて、賭博をしているのは間違いない。


 とんでもない店に来てしまった。そんなことを考えながら、俺はとりあえず空いている席へと歩を進める。立ち止まっていては悪目立ちするだろう。


「んー、なんだぁ?」

「がはは! 旦那、メイドとデートかい!?」


 しかし案の定、俺の身なりを見た客の数人が野次を飛ばしてきた。シルフィンが慌てて俺のコートを掴むが、逆効果でしかない。


 本当にこんな野蛮なところに、件の人物がいるのだろうか。俺はバートの話を思い出しながら、引き受けたことを少し後悔し始めていた。


『彼女はオスーディア学院を主席で卒業した才女だ。仲良くなっておいて損はないだろう。だが、くれぐれも機嫌を損ねるな』


 そんなことを言っていたが、とても主席卒業の才女様が来るような店ではない。

 オスーディア魔法学院といえば、この国で最高の学位を誇る魔法大学だ。そこの卒業生、しかも主席となれば、このような場所ではなく貴族御用達の店に行くものだが。


 変わり者なのかもしれない。なんとも迷惑な話だと、俺は空席の椅子を慎重に引く。無駄な音は立てたくない。


 そうやって席に恐る恐る座った俺たちに、近くの席の客が声をかけてきた。


「へへへ。旦那、金持ってそうだな。どうだひと勝負?」

「あ、いえ。はは、人を待ってるので」


 ギョロリと瞳が光る、トカゲの獣人。鱗の付いた肌にぞっとしながら、俺はなんとか笑顔で答える。

 早く来てくれ。そんなことを思ってシルフィンを見てみると、無表情で下を向いて震えていた。彼女もそろそろ限界だろう。


「おっと待ちな。その人、リュカんとこの客だよ」


 そのときだ、野蛮な喧噪を、凛とした声が切り裂いた。

 急いで振り向くと、そこには金髪を棚引かせる美女が、にこやかに笑いかけながらこちらにむかって手を振っていた。


「あ、貴女が、リュカさんですか?」

「おうよ。おっさん、バートんとこの食客だろ? 話は聞いてるぜ、とりあえず座りな」


 促され、そこで初めて俺は腰を浮かせていたことに気が付いた。思わず立ち上がってしまっていたらしい。

 俺が座り直すと同時、リュカも対面の席に腰を下ろす。


「なんか食べる? ここの肉のピッツアは中々のもんだぜー?」

「あ、じゃあいただきます」


 ひとまずは従っておこう。うんうんと頷くリュカを、俺は半信半疑で見つめていた。


 美女だ。それは分かる。

 金色の長髪に混ざった、緑色のメッシュ。頭から生えている羊のように丸まった角に、褐色の肌からは緑色に輝く鱗がところどころ見えていた。


 リザードマンという種族だろう。彼女の腰からは、身体に似合わない大きなトカゲの尻尾が生えている。いや、ドラゴンというべきか。


 しかし、そんなことはどうでもよく。

 とりあえず、俺は目のやり場に困っていた。


「ん? なんだおっさん、リュカの胸が気になるかー?」


 俺の視線に気がついたのか、リュカは胸を強調するように揺らして見せた。楽しそうな声に、シルフィンの目が一瞬だけ細くなる。


 リュカの格好は、ひとことで言えば露出しすぎだった。

 男ならば振り返るであろう大きな胸を隠す上着は、袖こそ付いているものの布を前で結んだだけであり、下に履いているスカートも、短すぎて太股が完全に見えてしまっている。


 魔法使いらしく黒いマントを羽織ってはいるが、前から見れば関係ない。

 地球のコギャルを思い出して、苦手なタイプだと俺は愛想笑いを顔に浮かべた。この子がオスーディアの主席だとは、にわかには信じがたい。


 しかしながら、周りの客の反応がリュカがただ者ではないことを伝えてきている。荒くれ者どもが、どこか敬意を持った眼差しでリュカを見ているのだ。


「まぁいいや。エルダニアまでだろ? 明日の昼までには届けてやるよ」

「ひ、昼まで!?」


 驚いて声に出てしまった。あり得ない。そんなことは、飛行機でもなければ不可能だ。


 しかし、そのとき俺の脳裏に、先ほどの封筒の金字が思い起こされる。


 ドラグリュード航空社。


 俺はいったい、なにに乗ろうとしているんだろう。そんな考えが伝わったのか、リュカはこちらに向かってにかっと笑みを飛ばした。


「おっさん、ドラゴンに乗ったことはあるかい?」


 思わず出そうになった、「食ったことなら」という言葉を飲み込んで、俺はふるふると首を振るのだった。

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