もだもだと誘拐はラブコメの華
それからも金古くんは、しょっちゅう私の前に現れた。出会ってから一週間、彼の顔を見ない日はないという徹底ぶり。おかげで風峯がいつも以上に私にはりついてて、こっちはこっちで頭が痛い。
「お疲れ。玲ちゃんも大変ねぇ」
「麗ちゃん先輩~」
苦笑いで温かいミルクティーの缶をくれたのは同好会の良心、麗ちゃん先輩だった。その隣には楽し気な笑みを浮かべた紫先輩もいる。
「聞いたわよ、山田さん。イケメンふたりに追い回されるなんて、まるで少女漫画の主人公じゃない」
「笑いごとじゃないですよ~。みんなからはもはや生温い目で見られてるし、風峯は過保護に拍車がかかってるし、金古くんは人の言う事まったく聞いてくれないし」
「モテる女は辛いわねぇ。あとはこれで、愛ゆえの誘拐とか来たらパーフェクトじゃない」
「麗ちゃん先輩まで! ほんと笑いごとじゃないんですって」
それに、モテるとはちょっと違うような気がするんだよなぁ。金古くんは特に。なんていうか、彼からはそういうの一切感じられないんだよね。言葉では好き好き言ってくるけど、気持ちが入ってないっていうか。何が目的かわかんないのが気持ち悪い。
「で、元凶たちは?」
「あ~、風峯なら今、金古くん捨てに行ってます」
部室に押しかけてきた金古くんを風峯がいつものようにどっかに捨てに行ったとこで、私は束の間の休息をかみしめてたんだよね。
「けど、あの金古ってコ、何が目的なのかしら?」
「わかんないです。好き好き言ってくるけど、あの人、私のこと好きなんかじゃ絶対ないですよ。あれ、言葉だけです」
さっき思ってたことをそのまま吐き出す。それに麗ちゃん先輩たちもうなずく。
「それは思ってた。なんていうか、あのコからは司ちゃんみたいな愛が感じられないのよねぇ」
麗ちゃん先輩、風峯のもたぶんそういうのじゃないです。
「金古……ああ、金古電機のお坊ちゃんよね、あの子」
「え、金古くんってそんないいとこの子だったんですか!?」
紫先輩の言葉に思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。金古電機――金古電機製造株式会社――といえば、この辺では有名な会社だ。学校を経営してる紫先輩のお家といい、私立はやっぱりお金持ちが多いんだなぁ……
「金古さまといえば、いい金づ……たくさんの寄付金をよせてくださる地元の名士ね」
紫先輩、なんでいつも本音そのまま口に出しちゃうんですか? それ、本人の前では絶対に言わないでくださいよ。
「イケメンでお金持ちだなんて、本当に物語のヒーローみたい。あとは愛があれば最高だったのにねぇ。残念だったわね、玲ちゃん」
「いえ、別にいいです。そんなハイスペック男子、ド庶民なこっちは気後れしちゃいますよ」
「あら、愛があればそんなもの埋められるわよぉ。たぶん」
たぶんって。麗ちゃん先輩め、他人事だと思ってテキトー言ってるな。
「でもまぁ、玲ちゃんにはもう司ちゃんがいるものね」
「そっちも違いますから」
くっそう、風峯め! あいつがことあるごとにないことないこと吹聴するせいで、最近は誤解だって言っても聞いてもらえなくなってるんだぞ。
と、そこへ元凶その2の風峯が帰ってきた。
「司、おかえり。ちゃんと燃えるゴミの方に捨ててきた?」
「裏庭に埋めてきた」
「ちょっと、勝手に庭を荒らさないでもらえる? もう、あとで直しておくように言っておかなきゃ」
なんか風峯と紫先輩が物騒な話してるけど、聞かなかったことにしよう。知らない、私は何も知らない。
あと変なボール咥えて縛られて床に転がってる金髪の変態もいるけど、それも見なかったことにしよう。見てない、私は何も見てない。
「なあ、武田。あの金古ってやつ、何者なんだ?」
「何者かって聞かれても、私も地元の有名企業のお坊ちゃまってことくらいしか知らないけど」
眉間にしわをよせて、どこか納得のいかないという顔をした風峯。そんな風峯の態度にみんなも何か不穏なものを感じたらしい。
「司ちゃん、何かあったの?」
麗ちゃん先輩の問いかけに、風峯は軽く息を吐き出すとぽつりとつぶやく。
「あいつ、回収したあと毎回逃げるんで、それを追っかけるんだが……」
そこで風峯は、まさに苦虫を噛み潰したようなという顔になった。
「気持ち悪いんだよ。なんかわからんが、ものすごく気持ち悪い」
「それ、たまきちも同じこと言ってた。追っかけてると、すっごい背中がゾクゾクするって」
「あのモジャ全裸でさえ気持ち悪いって感じてたのか……なんなんだ、あの金古ってやつは。林とはまた別の気持ち悪さがあるんだが」
あ、風峯も林くんのこと気持ち悪いって思ってたんだ。そこは私も全力で同意するや。下の方からなんかうーうー聞こえてくるけど気のせい。絶対気のせい。気にしちゃいけないやつ。
「司ちゃん。あのイケメンくん、そんなにヤバい感じなの?」
麗ちゃんに無言でうなずいた風峯。
「ん~、司がそこまで言うのなら少し調べてみようかしら。現世か幽世か、どっちのヤバいのが出てくるのかお楽しみにってやつね」
紫先輩がそれ言うとシャレになんないんですけど! あらぬところから飛び出すエクトプラズムとか、気持ち悪い幽霊の主張とか、もう二度と見たくも聞きたくもないんですけど!!
結局あれから金古くんが部室に再び現れることはなく、おかげで少しだけほっとできた。
「風峯、ほんとに大丈夫だよ。毎日毎日、手間じゃない?」
「手間じゃない。むしろご褒美だ」
そして今、やっぱり私は今日も風峯と一緒に寮への道を歩いていた。
ほんっと、普段はデリカシーとかかけらもなくて失礼な発言も多いやつなんだけど。ときどきこうやって、まっすぐな言葉と態度で私をぐらつかせる。
「それより玲、アイツには本当に気をつけてくれ」
「うん、わかってる」
「じゃあ、また明日な」
「風峯も気を付けて。今日も送ってくれてありがとう」
金古くんにまとわりつかれるようになってから風峯からの失礼発言が鳴りを潜めているので、余計にぐらつく。いっそ認めて受け入れちゃえば楽なんだろうけど……
――風峯司。お前と同じ特進科一年二組。貧乳は正義!
ファーストコンタクトがこれだったからなぁ。しかもアイツ、
――育つ可能性のある胸なんぞ興味ない。俺が好きなのは、育ちきったのに存在を主張しない健気な胸だ!
って主張してたからなぁ。あ、思い出したらなんか腹立ってきた。
部屋に入りかばんを放り投げると、ベッドを背もたれに座り込む。
「じゃあさ。もし私に成長期が来て、どーんって背が伸びて出るとこ出て、紫先輩みたいな大人な体型になったらどうすんの?」
だから私は認めない。認めて、受け入れて、気持ちが大きくなってからやっぱりいらないって言われたら……
「あー、ムカつく! ばーか、風峯のばーかばーか!!」
※ ※ ※ ※
昨日のモヤモヤのせいで今日は寝不足だ。夢見はわるいし、モヤモヤは相変わらずだし、放課後だっていうのに気分はまだ最悪を継続中。
「山田さん、これから遊びに行かない?」
「行かない」
そんな私の最悪な気分なんか1ミリも気にしてない能天気な声。思わず元凶その1――金古くん――を睨みつけてしまった。
「え、なに? 俺なんかした?」
「してるね。ここ最近、ずっと。おかげで考えないようにしてたことまで考え始めちゃって最悪な気分だよ」
「なんかゴメンね~。よくわかんないけど」
にこにこと、まったく悪く思ってなさそうなゴメンにムカムカが加速する。
「おい、金古! オマエまた」
そこへ元凶その2、風峯が走ってきて。ふと、既視感を覚えた。
放課後の中庭、風峯――このシチュエーション、華ちゃんが誘拐されたあのときと似てるなって。そういえばあの豚男、今頃どうしてるんだろう? ……いや、詮索しないでおこう。
「やっほー、風峯くん」
あれ? 金古くん、なんか変。いつも変っちゃ変なんだけど、今の金古くんはなんか……
隣を見上げると、風峯も雰囲気の変わった金古くんに怪訝そうな顔を向けてた。
「俺さ、演技って得意じゃないんだよね。ほら、根が正直者だからさ」
何が言いたいんだろう? 会話っていうより独白みたい。
「毎日好きだ―って言ってんのに、山田さんってば微塵も信じてくんないんだもん。だから、このやり方はもうやめる」
金古くんの笑みが深まった――直後、隣で風峯が突然暴れ始めて。
「風峯!?」
風峯が、風峯よりさらに背の高い大人の男の人に締め技をかけられていた。警備員の服を着たその男は楽しそう……というか気持ちよさそうな気持ち悪い顔で、暴れる風峯の背後から首に腕を回して締め上げている。
「待ってて」
風峯を力で抑え込めるような大人の男に私が力で勝てる可能性など万に一つもない。だから私は私にできること、助けを呼ぶために校舎へと走りだした――
「誰か――」
「だーめ。きみには、まだやってもらうことがあるんだから」
なのに! あっさり捕まってしまった。くっ……運動苦手だからって避けてきたツケがこんなとこで。
風峯同様、私の方も金古くんの腕に喉を締め付けられてて声が出せない。暗くなる視界のすみで、どさり、と重いものが地面に落ちる音がした。
「よし、撤収。さあ、いよいよゲームの始まりだ」
朦朧とする中、さるぐつわかまされ目隠しされ、箱だか鞄だかわからない何かに押し込められて。風峯が無事かどうかも確認もできないまま、私は息苦しい暗闇の中に閉じ込められた。