ビスカスホリディ 4 ★
あれから十五分、今のところ二人の様子に変化はない。
浮き輪でのんびり浮いている林くんと、その浮き輪につかまって休んでる風峯。二人の表情は見えないけど、言い合ってる様子もないし平和そう。
「かからないわね」
武田先輩は不満そうだけど。それにしても、もし幽霊が出たとして、武田先輩どうやって退治するつもりなんだろう?
「武田先輩。もし幽霊が出たとして、どうやって退治するんですか?」
そんな私の疑問に、武田先輩はふふんという感じの自信たっぷりな笑みを返してきた。
「それは見てのお楽しみよ。でも相手が幽霊なら、たぶん出てくるから期待して待ってて」
いや、私としては出てきてほしくないんですけど。なんでそんなに自信あるんだろう? でも、武田先輩がこうしてどんと構えててくれると、なんかちょっと怖くなくなってきたかも。恐怖って伝染するっていうもんね。
「紫、来た!」
「ええ、わかってる」
麗ちゃん先輩の緊迫した声で私が海を見たときには、そこに二人の姿はもうなくて。浮き輪だけがぷかぷかと浮いていた。
「武田先輩、すぐ助けないと!」
「わかってる。でもだめ、まだ」
「まだって、でも!」
武田先輩と麗ちゃん先輩が二人を見捨てるはずないのはわかってるから、何か考えがあるんだろうけど……私としては気が気じゃない。海だし、万が一ってこともありうるから。
武田先輩は何か難しい言葉を早口で唱えながら、指で空中に何かを書くみたいな仕草をしていた。それはまるで、映画とかで見る霊能者みたいで。え、なにこの展開。どうなってんの!?
「ふふ、つ~かま~えた! 麗、手伝って」
「はいはい、りょーかーい」
麗ちゃん先輩の腕力で、縄はあっという間に引き戻された。イコール、そこについていた二人も。
「風峯、林く――」
「待って、山田さん」
駆け寄ろうとしたら、目の前に武田先輩の腕が出てきて止められた。
『くそっ……こいつ、男だったのか!』
メイドビキニで菱縄縛りされた林くんは起き上がると、なんか変なことを言い出した。いや、いつも変だけど。それとは違う変というか。
「ようやく会えたわね、幽霊さん。どう、要の中は?」
幽霊さん? 要の中? え、どういうこと?
『いいわけねぇだろ、男の体なんて! こんな憑依体質の見た目美少女目の前に持ってこられちまったら、とりあえず憑くしかねーだろうが。だってのに……ちくしょう、騙された!!』
幽霊さん? 憑依体質? ……それってもしかして、林くん憑りつかれてるの!?
『こんなもの――』
「無駄よ。お清めした水で煮て乾かしてケバを焼いて企業秘密のお清め蜜蝋を塗りこんで……一か月かけて作った、この豚に優しい縄から逃れられるわけないでしょう?」
手に持ったしなやかな麻縄をびしっと引っ張った武田先輩は、得意げに笑うと胸を張った。
ところで、豚に優しい縄ってなんですか?
「麗ちゃん先輩、すみません……あの、全然ついていけないんですけど。説明お願いしてもいいですか?」
風峯はまだ起き上がらないし、とりあえず事情知ってそうな麗ちゃん先輩に聞いてみることにした。このままだと私一人だけ置いてけぼりだし。
「あ、そうよね。玲ちゃんは初めて見るんだっけ。えっとね、紫のお家って霊能者の家系なのよ。代々占い師やら拝み屋やら、いろんな霊能者を出してるお家なの。で、紫もその一人ってワケ」
林くんに憑りついた幽霊を武田先輩がいたぶる隣で麗ちゃん先輩が教えてくれたのは、武田先輩は強い霊能者で、憑依体質の林くんはその相棒だということ。どうやら二人は、ただの女王様と豚の関係じゃなかったらしい。
「ねえ、なんでこんなことしてるの? わざわざ女の子に憑依して男を溺れさせるとか、面倒じゃない? どうせなら男に憑いた方が力も強いし、楽でしょう?」
『はぁはぁ……へへっ、わかってねーなぁ女王様は』
首をかしげた武田先輩に、林くんの体を乗っ取った幽霊の人が潤んだ瞳を向けた。心なしか……いや、確実に息は荒いし顔も赤い。女王様とか言ってるし、この人ももうダメだ。
『俺はなぁ、溺れて苦しむ男の顔を見るのが大好きなんだよ! それ見ながら女の体でピ―――する。それが俺の生きがいよ!!』
はぁはぁ言いながらドヤ顔で言いきった幽霊の人。いつの間にか起き上がっていた風峯に耳をふさがれて一ヶ所聞こえなかったけど……それでもわかった。うん、こいつは――
「サイテー」
「玲に卑猥な言葉を聞かせるんじゃない。あと何が生きがいだ、生きてないだろ。もう一度死ね」
「他人の体でそういうプレイしちゃう~? アンタ、クズね」
「溺水性愛なうえに一人遊びが好きで、死んだ後で他人に迷惑かけてまで自分の欲望を満たすなんて……これは、お仕置きが必要よね?」
私たち四人の蔑みの視線に、幽霊の人はなんかめっちゃ嬉しそうな顔で体をくねらせた。
『はぁはぁ……いい。あ、じゃねぇや。くそっ、さっきからなんなんだこの体は!? 言っとくけどなぁ、俺はそう簡単に成仏なんてしねーぞ! もっともっと、死ぬほどの快楽を味わうまではな!!』
サイテーの決意表明に頭が痛くなってきた。もう怖いってより、ただただムカつく。
「そう。じゃあ、死ぬほどの快楽を味わえれば成仏できるのね?」
武田先輩はにっこり笑うと、なぜか真っ赤なピンヒールを鞄から取り出した。そしてサンダルからそれに履き替えると、幽霊の人が入ってる林くんの背中を踏みつけた。
『あっひん! って、なんだ!? この、感じたことのない感覚……』
「あらあら、かわいい鳴き声だこと。あなた、才能あるわよ」
『ふざけん――あっふぅん』
武田先輩のピンヒールがめり込むたび、幽霊の人から気持ち悪い声があがる。林くんの声で。
いつも通りっちゃいつも通りなんだけど、いつもの林くんならこんな風に抵抗しないから新鮮というかなんというか……いや、新鮮ってなんだ。どうしよう、もはやこんな光景くらいじゃなんとも思わなくなってきてる。
「じゃあ次はアレ、味わわせてあ・げ・る。麗、アレちょうだい」
「はいはい、どーぞー」
教科書貸して、いいよ~くらいの軽さでやり取りする二人の間を渡ったのは、神主さんが持ってる白い紙がついたアレみたいな形をした鞭だった。
『なっ、やめろ!!』
「ふふ、そんなにこれが欲しいの? 物欲しそうな目で見て……まったく、卑しい豚ね!」
私たち以外いない砂浜に、高らかな鞭の音と気持ち悪い声が響き渡る。
私、なんで夏休み海に来てまでこんなもの見てるんだろう。これなら肝試しとかの方がまだ夏の思い出っぽくてマシに思えてきた。
「ほら、イキなさい!」
武田先輩がふるう鞭が一際高い音をたてたその時――
『はぁぁぁぁぁん』
林くんの足の間から、白いもやもやしたものが勢いよく飛び出した。
「なに……あれ」
「ああ、エクトプラズムだな」
エクトプラズムって、ほんとなんでもありだな、この人たち。でもさ、エクトプラズムって口とかから出てるイメージだったんだけど……これ、出すとこ間違ってない?
「麗、アレ!」
「は~い」
すかさず武田先輩に渡されたのは、たぶんお酒。一升瓶。
「喜びなさい。あなたのために、アルコール度数の高い原酒にしておいたから。存分に味わって、逝きなさい」
そして白い物体とそこに繋がっている林くんの股間に、日本酒が注がれた。
『おっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
「あっはぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
林くんのいつもの声に重なって聞こえたのは、男の人の苦悶の悲鳴。
「らめ……らめぇ。紫さまぁ、僕、イっちゃうぅぅぅ」
『らめ……らめぇ。これ、こんなの……逝っちゃうぅぅぅ!」
でも、苦悶の声はすぐに別の声になって、林くんの声と気持ち悪いハーモニーを奏でだした。そして――
『カ・イ・カ・ン』
変態幽霊はその一言を残して、あっさりと成仏した。
※ ※ ※ ※
「つっかれたー」
懐かしの我が家。といっても四日ぶりだけど。
私はベッドにうつぶせで倒れ込み、色々あった旅行のことを思い返していた。
「ほんっと! 無茶苦茶すぎるんだよ、あの人たち」
初めて見た本物の幽霊(変態)、紫先輩や麗ちゃん先輩とのパジャマパーティー、ハイビスカス先輩のメイク講座、きれいな海での海水浴、コンビニで買ったチープな花火での花火大会、風峯のビデオデータの消去、ビキニと縄で妙な焼け方したのに嬉しそうだった林くん、武田先輩から紫先輩って呼び方に変わったこと……たった三泊四日だったけど、ものすごく濃い思い出が頭の中で再生されて。思わず笑っちゃった。ほんと濃いなぁ、みんな。
卒業まであと二年と半分。
また新たに知った先輩たちの特技にちょっとドン引きしたり尊敬したり。
でも、絶対染まらない!
あと、幽霊にはもう関わらない! ここからは六花たちと遊びたおす!
――私の夏休みはこれからだ!
変態ファイル その6
名前:幽霊の人
年齢:?
職業:地縛霊
性癖:溺水性愛