メス豚とふんどしと私 ★
※ 挿絵があります。苦手な方は挿絵機能OFFでお願いします。
檻の中にいたのは、やたら色っぽい女の子だった。
きれいに手入れされたセンター分けのロングヘアにはゆるいパーマがかかってて、タレ目と泣きぼくろがいかにもなお色気系の見た目。しかも顔だけじゃなくて、体の方も凹凸に富んでててフェロモンがすごそう。
「なんか……なにこれ。袋はたしかに聖ちゃんの匂いなのに、肝心の中身の方が女の子の匂いじゃない」
檻に閉じ込められてるっていうのに、目の前のフェロモン女子は袋から取り出した体操服を怪訝な顔で睨みつけていた。
まずさ、普通は閉じ込められてることの方を気にしない? 体操服どころじゃなくない?
「だってその体操服、たまきちのだもの」
「ぐわぁぁぁぁああああああああああ!?」
紫先輩の残酷な宣告に、フェロモン女子は持っていた体操服を全力で床に叩きつけた。
まあ、気持ちはわからなくはないけど……あ、でも袋の方はどさくさに紛れてポケットにしまってる。あとで回収しないと。
「いやぁ、照れるっス~」
「おまっ、お前!! このご時世にブルマとか、おかしいとは思ってたんだ……でも、抗えなかった!! だって女子の、しかも滅びたはずのブルマなんて……なのに、お前ぇぇぇぇ! だいたいお前、普段全裸の癖にバカなの!? バカだろ!?!?」
フェロモン女子の言い分、最後だけはまるっと同意する。あの全裸変態、なんで体育の時だけ服着てんの? しかもブルマって、完全に紛うことなき変態じゃん。
「体育の時間に体操服着るのの何がおかしいんスか?」
「正論だけどお前が言うな! だったらまず普段から着とけやぁぁぁぁ!!」
「無理っス。俺っち縛られるの嫌いなんで~」
「あああああああああ」
わからない。全裸変態のポリシーがまったくわからない。
いや、わからなくていいんだった。わかったらヤバい。一生絶対にわかりたくない。
「で、たまちゃん。この子が聖ちゃんのストーカーなの?」
「あ、そうっス~。いつも姫の周りうろついてたやつの気配、コイツのっした~」
麗ちゃん先輩の問いに大きくうなずく全裸変態。
「ねえ、こそこそと隠れて女子の後ろを追いまわすしか能のない薄汚いメス豚」
「あひぃん! ひどぅい……やだぁ、天音ときめいちゃう」
「紫さま、ずるい! 僕も~!!」
ま・た・か!
この学校、ドM属性多すぎない!? 性別女なら誰でもいい系ドM男子の林くんに、紫先輩大好きドM男の娘の白藤さんに、このストーカー百合ドM女子の天音さんとやらに……ほんとどうなってんだ、この学校?
紫先輩は林くんを一瞬で縛り上げたあと、当然のように彼を無視すると天音さんを見下ろした。
「メス豚。もう一人のストーカー、同じストーカー同士、お前は見たことない?」
「えっとぉ、それ教えたら……天音にご褒美、くれる? わくわく」
「生意気な豚が、二度と人間の言葉を喋れないようにしてあげてもいいのよ? 麗……」
「ぶひぃん!! あばばばばばばばば、待ってください女王様! 言います、今すぐ知ってること全部吐きます!!」
慌てて語り始めた天音さん。けれどわかったのは、彼女ももう一人のストーカーの姿を直接は見たことないってことだった。
「天音ちゃん……お仕置き、いく?」
麗ちゃん先輩の迫力笑顔に天音さんが白目をむく。
麗ちゃん先輩、脅しすぎです。
「違うんです待ってください! 主戦場が違うから直接見たことはないんですけど、どんなときにアイツが現れるかは知ってます!!」
そして、半泣きの天音さんが語ったもう一人のストーカーの特徴っていうのが……
「……うわぁ」
もう、ため息しか出ない。うわぁしか言えなかった。
「司、桜小路くんは?」
「部活だ。だが、そろそろあがりだと思う」
紫先輩はうなずくと、麗ちゃん先輩を見た。
「麗、桜小路くんと連絡取れる?」
「取れるけど、直接道場に行った方がよくない?」
「ううん。このまま片付けちゃいたいんで、桜小路くんに伝えて欲しいんだけど――」
麗ちゃん先輩がRINEで奏くんへとメッセージを入れる。しばらくすると「あ、部活終わったみたい。既読ついたわよ」と麗ちゃん先輩がスマホの画面を見せてくれた。
「じゃ、行きましょうか。あ、その前に――」
紫先輩がどこかへ電話かけると、しばらくして警備員のおじさんが一人走ってきた。
「お待たせ致して申し訳ありませぬ。して、下手人はどちらに?」
私たちを見渡していたおじさんの視線が全裸変態のところで止まった。
「そなたか! そのような不埒極まりない破廉恥な出で立ちで神聖な学び舎の中を闊歩するとは……そこへなおれ! 成敗してくれる!!」
なんかやけに時代がかった口調のおじさんは一瞬で服を脱ぎ捨てると、黒いふんどし一丁で全裸変態をびしっと指さした。
「ええ、俺っちっスか~!? 誤解っスよ~! 俺っち、正義の忍者っス~」
「待て、この破廉恥忍者め!」
ええ、そうですよね。この中で見た目一番犯罪者なの、そいつですよね。わかります。でも、でもね……
「お前もだろぉぉぉぉぉ!!」
「なぬ!? まだ他にも破廉恥な輩が!?」
いやだから、お前だ! お前!!
きょろきょろするふんどし。微塵も自分のこととは思わないらしい。ちょっとメンタル強すぎない、あの人?
「ナムサン、そっちじゃないわ。こっちこっち」
紫先輩の指示で捕縛対象は全裸じゃないと理解したふんどしは全裸を追っかけるのをやめると、檻の中から出されて縛られてた天音さんを受け取った。
ドナドナされていく天音さん。別れ際、「ふんどしのおっさんはいやぁぁぁぁ! 女王様ぁぁぁぁぁせめて女の子でぇぇぇぇ」と泣き叫ぶ天音さんのポケットから、くすねようとしていた聖の体操服の袋は回収させてもらった。
なんかその時、「はぅん! 玲ちゃん初おさわり~」とかわけのわからないことを言っていたけど、とりあえず無視しておいた。
「おとり作戦第二弾、いくわよ! 学園戦隊風林火山、再出撃!!」
※ ※ ※ ※
白い湯気の立ち込めるシャワー室。ぴんと張った若い肌の上を、ころころと温かな湯が流れ落ちていく。無防備なうなじ、水を弾く背中、きゅっと引き締まった尻……
「はぁ~、やっぱり部活上がりのシャワーは最高だわ~」
奏が部活上がりのシャワーを堪能しているその時、更衣室に忍び寄る怪しい影があった――
※ ※ ※ ※
「ごめん、紫! 私、忘れ物しちゃったから先に行ってて。絶対に追いつくから、ごめんね~」
「あ、ちょっと……って、行っちゃった。ま、麗なら大丈夫か。とりあえず私たちは先に柔道部の方に行ってましょ」
珍しく慌てた様子の麗ちゃん先輩。どうしたんだろ?
とはいえ、行っちゃったものは仕方ない。紫先輩を先頭に、私たちは先に柔道部の道場の方へと向かう。
「麗ちゃん先輩、どうしたんだろ?」
「珍しいな、アイツがああいう行動取るの」
隣を歩いてた風峯も首をかしげていた。てことは、やっぱり本当に珍しいんだ。
麗ちゃん先輩って一見一番キワモノに見えるんだけど、その実、同好会の中ではたぶん一番常識人だと思う。見た目普通の紫先輩と風峯の方がずっと我が強いし、林くんに至っては本能でしか動いてないし。今も縄でしばられたまま紫先輩に引きずられてるけど、あれ、痛くないのかな? 時々変な声が聞こえてくるけど……やめよう。これ以上は考えても何もいいことなんてない。見えない、私は何も見てない。
「麗ちゃん先輩、いつもみんなのフォローしてる感じだもんね。あんな風に一人でいきなり別行動とか初めて見たかも」
「まったくないわけじゃないが……珍しいな。ま、追いつくって言ってたし、すぐ来るだろ」
「うん。でも、忘れ物ってなんだろう? 次の作戦、別に道具を使うとか聞いてないけど」
「さあな。でもま、剛なら大丈夫だろ」
お、麗ちゃん先輩ってば信用されてる。風峯にもここまで無条件に信用されてるってすごいなぁ。麗ちゃん先輩、やっぱり絶対いい人だ。最初は見た目でびっくりしたけど、ただのカワイイ物好きな乙男なんだよね。
「紫! かかったぞ!!」
道場に併設されてるシャワー室まであと少しというところで、スマホを見ていた風峯が顔を上げた。
「麗は……追いつくってあの子が言ったんだから、必ず来るでしょ。とりあえず私たちは先に行くわよ! ターゲットが逃げる前に」
電動立ち乗り二輪車を加速させて先陣を切った紫先輩。
「あれ、大丈夫かな?」
「心配するだけムダだぞ」
走る私たちのだいぶ先から、引きずられてる林くんの気持ち悪い声がしてきた。
ていうかあれ、今、更衣室にいるであろうストーカーにも聞こえるんじゃ……
「さあ、観念なさい。こそこそと人をつけまわす、卑劣で薄汚いストーカーその二!」
ようやく私と風峯が追いつくと、紫先輩はすでに大きく開け放たれた更衣室のドアのとこに立ってて、中の誰かに指を突きつけていた。