歌え! 蒼き衣を纏いし者よ
「その日以降学校で見かけたことなかったから、おおかた入院でもしてたんじゃない? はいこれ、私の机に置いてちゃったでしょ」
そう言って六花が渡してくれたのは黄色のスマホ。そういえばさっき見せてって言われて、渡したまま忘れてた。
「あっ、わざわざごめんね。あとあの子、何言ってるかわかんなかったからそっちも助かった。ありがとう」
「どういたしまして。それにしてもあの子……」
何か言いかけた六花を遮るように、白藤さんは突然その場でくるくると回り始めた。
「あの日、入学式の日、お姉さまを一目見てボク……もう、お姉さましかいないって思ったんです!」
白藤さんは回転を止めるとひざまずき、長机の上に横たわる紫先輩を見上げながらあの告白と同じセリフをくりかえした。
「目が合った瞬間! あのゾクゾクが駆け抜けた至高の瞬間!!」
「私には目が合った記憶がないのだけれど」
「いえ、合いました! ついでにボクとお姉さまを繋ぐ運命の赤い麻縄も見えました!!」
「ふざけんな! 紫さまの運命の赤い麻縄は僕に繋がってるに決まってんだろ!!」
そこは普通、運命の赤い糸じゃない? 赤い麻縄ってソレ、林くんがいつも服の下に装備してるアレだよね?
「うるさいなぁ、外野は口を出さないでよ。ボクはお姉さまとお話ししてるんだから。チビはあっち行って一人で放置プレイでも楽しんでろよ」
「お前に放置プレイされても楽しくないんだよ! でも紫さまや山田ちゃんなら喜んで!!」
巻き込むのやめてください。
「で、結局白豚は何をしにここへ来たの?」
マッサージが終わったらしく、まだうつぶせのままだったけど、紫先輩がようやく白藤さんを見た。
「今度やる劇でのボクの相手役、ぜひお姉さまにやっていただきたいんです!」
劇の相手役? ってことはもしかして白藤さん、紫先輩を演劇部へ引き抜きに来た……ってこと?
「悪いけれど他を当たって。私には特殊奉仕活動同好会があるから」
にべもなく即答した紫先輩。けれど白藤さんは諦めきれないみたいでさらに食いつく。
「お姉さましかいないんです! 濡烏の長い髪、すらりと高い身長と長い手足、艶っぽい目元と落ち着いた柔らかい声……お姉さまは、ボクのイメージしたヒーロー像そのものなんです!!」
うんうん、確かに紫先輩は美人だから理想のヒロイン……じゃなくてヒーローなの!? ヅカ系御所望だったのか! いや、うん……でも紫先輩ならそっちでもいけるか。美人はすごいなぁ。
「ねえねえ、その劇、女の子は足りてるの? もし人手不足だって言うんなら、私が力を貸してあげてもいいわよ」
それまで静かに成り行きを見守っていた麗ちゃん先輩が突如乱入してきた。しかも男役が欲しいという相手に娘役を押し売りしてる。
「え、いや、ボクが欲しいのはヒーロー役で――」
「私ぃ、この見た目通りでぇ、女の子らしいこと大好きなの! お菓子はもちろん、お料理もお洋服作りも得意よぉ。それにバレエも習ってたし、合気道の心得もあるわ。あとはそぉねぇ……マッサージが得意かしら。この私のゴッドハンドにかかれば、露出狂の短小変態から紫まで、み~んな私のト・リ・コ」
「麗ちゃん先輩ならいいよ! ほら、持ってけドロボー」
いつも見たいなきゅるんとしたぶりっ子ポーズを決め、白藤さんにウインクする麗ちゃん先輩。そしてここぞとばかりに援護射撃する林くん。ほんとこの人たちマイペースだよなぁ。でも……あれ?
「虜にした露出狂の変態って、もしかして――」
「あの公園に出没してた短小だろ」
そう、だったんだ。私てっきりその、あの時麗ちゃん先輩ってば言葉に出せないような手段で虜にしたんだとばかり…………
「玲。お前もしかしてあの時、剛があの変態を犯って調教したとか思ってたのか?」
風峯がニヤニヤとこちらを見下ろしてきた。うっわ、ムカつく。でも図星だから言い返せない。くっそ、そんなこと想像しちゃった私の頭って……もしかして、汚れてる? うわぁ、ショックだ。
「ちょっと司ちゃん! 剛って呼ばないでっていつも言ってるでしょ。私のことはちゃーんと『麗ちゃん』って呼んでよね。あと玲ちゃん、私は清純派乙女よ! 夢とお砂糖とポエムの世界の妖精たる私が、そんなバイオレンスなことするわけないでしょ」
「はい、ごめんなさい!! つい……いえ、以後気をつけます!」
ついって言った時、一瞬だけ麗ちゃん先輩の目が怖かった。これは本当に以後気をつけよう。
「で、薫ちゃん。私は何の役をやればいいのかしら? やっぱりお姫様とか? やだぁ、麗、困っちゃう~」
「えっと、そもそもお姫様とかは出てこなくて……」
麗ちゃん先輩に迫られてタジタジな白藤さん。そんな彼女を見ていた私の背中に、急になんとも言い難い圧迫感が押し寄せてきて。とっさに振り向いた廊下には――
「やっと見つけた! ちょっと薫、アンタなに遊んでんのよ!!」
なんか……すごいのがいた。
着てる制服はたしかに女子のものなんだけど……女子のものなんだけど…………
「遊んでんじゃない! ボクはボクなりに部のために有望な人材をスカウトしようとして――」
「黙らっしゃい! うちは部員は十分足りてるし、今度の劇だってもう配役は決まったでしょ」
「ボクは認めてないからな! 何で……何でヒーロー役がお前なんだよ、ヒゲ美!!」
ヒゲ美と呼ばれた女生徒……待って、これ本当に女生徒?
青々としたヒゲの剃り跡とかばっきり割れたアゴとか胸元からのぞくワイルドな胸毛とかもじゃもじゃの女子高生にはとても見えない斬新なヘアスタイルとか……どう見てもおっさんなんですけど!?
あとめちゃくちゃごついし、背も風峯よりデカし、なにより鼻毛が三つ編みなんですけど!? なにそれ、おしゃれなの!? よく編めるな!
それにヒゲ美って呼ばれてたけど、それ本名なの? そもそものそもそもで、この人、高校生なの??
「何よ! アタシだってできればヒロインは用務員のおじさ――別の子の方がいいわよ!! でも、みんなで決めたことでしょ。アンタ一人のわがままで勝手なことするのは、ちょっと違うんじゃない?」
おお、青ヒゲの人。見た目とは違って中身はまともそう。白藤さんもうつむいて黙っちゃった。そっか、この突撃は白藤さんの独断専行だったのか。
青ヒゲの人は白藤さんを軽々と小脇に抱えると紫先輩たちに頭を下げた。
「ごめんなさい、先輩方。うちのおバカがご迷惑をおかけしました」
「やだぁ、頭上げて! ……それに私ね、なんだかあなたは他人とは思えないの。こう、同士というかシンパシー? を感じるの。だから、何か困ったことがあったら力になるから、その時は遠慮なく言ってね」
そうでしょうね。ええ、感じるでしょうとも。どう見てもヒゲ美さんと麗ちゃん先輩、同士ですもん。
結局白藤さんはそのままヒゲ美さんに連行され、ようやく部室に少しだけ静けさが戻ってきた。
「で、だ。山田、おまえはいつまでここにいるんだ?」
「うるさいわね。胸で女を判断するどっかのロリコンメガネに言われなくてももう帰るわよ。じゃあね、玲。変態、特にこのオープンエロメガネには気を許しちゃだめよ」
「馬鹿を言うな。いいか、俺はロリコンじゃない。育つ可能性のある胸なんぞ興味――」
「ありがとね、六花。また明日」
風峯の力説を遮って六花に別れを告げた。そしてようやくいつも通りの雰囲気の部室に。それに妙に落ち着くものを感じ、同時に何とも言えない気持ちがこみ上げてきた。
だってさ、この雰囲気やメンバーに落ち着きを感じるってそれ……ダメだ、これ以上は考えたくない。なんか心が拒否する。
※ ※ ※ ※
あれから白藤さんの突撃もなく、特に事件も起こらず平穏な毎日。卒業まで――ううん、せめて夏休みまで、この穏やかな日が続けばいいのに……
「お姉さま!」
「麗ちゃん先輩!」
なんて思ったらフラグなんだよね。うん、わかってた。
部室に飛び込んできたのは白藤さんとヒゲ美さん。
「白豚、お座り」
「どうしたの、ヒゲ美ちゃん。ほら、いったん落ち着いて」
麗ちゃん先輩と紫先輩が白藤さんとヒゲ美さんを椅子に座らせる。あ、白藤さんは床だった。
先輩たちは自分たちも椅子を持ってきて、そのまま二人の向かいに腰を下ろした。ちなみに私と風峯はノート類を広げっぱなしの机越しから三人を見守り、林くんはいつも通り縛られ悶えながら床で転がっていた。
「お姉さま、最近、学校のそばに変質者が出るって話……聞いたことありませんか?」
デジャビュ。ものすごくデジャビュ。
「ん~、私は知らなかったわ。紫は?」
「私も初耳ね」
私も初耳だ。そういうの耳早い六花からも聞いてないし。
隣の風峯を見るとヤツも首を横に振った。どうやら知らないらしい。林くんは……いいや。見てもどうせ悶えるだけで気持ち悪いから。
「たぶん狙われてるのが、うちの演劇部の子たちだけだからでしょうね」
妙に悩まし気なため息をつくと、ヒゲ美さんは演劇部に起こったトラブルを語りだした。