俺たちの青春はこれからだ!
あの日、武田先輩が電話をかけたすぐ後、理事長の使いだという黒スーツにサングラスをかけた人たちがやってきた。彼らは豚男を手早く麻袋に詰め込むと、そのまま無言で去っていった。それ以降、今日まであの豚男の姿を見ていない。
解雇され教員免許も失ったと武田先輩は言っていたけど、もはや真相は闇の中。この学校、というか武田一族怖い……
※ ※ ※ ※
そして黄龍院さんとのテスト勝負の結果といえば――
「そんな……そんなのってないわ!」
廊下に張り出された上位五十名までが記載された順位表の前で膝をつく黄龍院さん。私と風峯の名前はあったんだけど、残念ながら彼女の名前はなかった。
「お前は毎回下から数えた方が早いだろうが」
「今回はいけると思ったのよ……真ヒロイン補正で!」
黄龍院さんはアホなことを言いながら立ち上がると、何かを決意したように一度うなずき風峯の正面に立った。
「あなたとの婚約を破棄します」
風峯をまっすぐ見つめ、瞳を潤ませながらもきっぱりと宣言した黄龍院さん。その衝撃の事実に私は思わず隣に立つ風峯を見上げる。
こんやく……婚約って、風峯って婚約してたの!?
「言いがかりはやめてもらおうか、黄龍院。破棄も何も、俺たちは今も昔も未来も赤の他人だろうが」
「いいの、それ以上は言わないで! やっぱり駄目ね……幼馴染ヒロインは負けフラグ。ぽっと出のヒロインには適わないんだわ。ああ、世界はなんて残酷なのかしら」
なんだろう、なんか話がかみ合って……ない? 負けフラグとかヒロインとか、黄龍院さんの言ってる言葉の意味が本当にわからないんだけど。
「お前、またテスト前にゲームやってたんだろ。それで勝負とか、正真正銘のアホだな」
「失礼ね! 今回は乙女ゲームじゃないわ、ネット小説よ!!」
「どっちでもいいがとっとと現実に戻ってこい。あと毎回毎回俺を相手に選ぶな、迷惑だ」
「ひどい……恋する乙女の気持ちを踏みにじるなんて、この鬼畜眼鏡! 今に見てなさい、悪役令嬢はここから盛り返すんだから!!」
さっきまで幼馴染ヒロインとか言ってたのに、今度は悪役令嬢とやらになったらしい。黄龍院さんってもしかして、ものすごーく想像力豊かなタイプ? ちょっと面白いだけの普通の子かと思ってたのに……
なんだかよくわからないうちに黄龍院さんは悪役令嬢とやらにジョブチェンジして、次はざまぁとやらをやると宣言した後走り去ってしまった。何だったんだいったい……っていうかそもそも何だったの、この一連の騒動。
そんな虚無感に苛まれていた私を、風峯はなにやら得意げな顔で見下ろしてきた。
「さて、玲。今回の勝負の内容はもちろん覚えているな?」
うっわ、すごい嫌な予感がするんだけど。こいつが得意げな顔するときは、大体ろくでもないことしか言わないって学習したんだよ。
それでも約束は約束。私は渋々と答える。
「敗者は勝者のいうことを……きく」
「ということは、わかってるな?」
※ ※ ※ ※
放課後、人気のない屋上に風峯と二人きり。
「じゃあ、始めるか」
「その……本当にやらなきゃ、だめ?」
「約束しただろ」
約束ったって、あれは黄龍院さんと風峯が勝手にした約束で、私は一言も受けるなんて言ってないのに。あー、でもその時に否定しきらなかったから自業自得か。一週間前の私、なんて迂闊な……巻き戻せるものなら巻き戻したい!
過ぎてしまったことを今更悔やんでも仕方ない。私は覚悟を決めると、屋上の縁にある段差に腰かけた。
「行くぞ」
「……よし、来い!」
初めて感じる家族以外の、それも男の子の感触、重み。相手が風峯とはいえ、やっぱりドキドキするのは仕方ないと思う。
「力入れ過ぎ。固い」
「うっさい! こんなの緊張するに決まってんだから文句言うな!!」
人の足に――正確にはふとももに――頭を乗せながら図々しく文句を言う風峯。それを見下ろす私の方は恥ずかしさといたたまれなさでヤツを直視できないというのに……なんたる理不尽!
そう、ヤツが要求してきたのは『膝枕』だった。
これがキスとかそういうのだったら絶対に応じなかったけど膝枕! なんて絶妙なところをついてくるんだ、コイツは。今回はいちおう世話になったし、絶対無理っていうものでもないしでこうして今に至ったわけだけど……
「やはりな! さすが玲、俺の期待を裏切らない」
「どんな期待をしてたんだか知らないし、知りたくもない」
なんか一人で感極まってるけど、コイツ絶対ろくな事考えてないな。とにかく、今は憎まれ口でも叩いてないと平常心を保てない。だめだ、やっぱり恥ずかしすぎる。
「この遮るもののないクリアな視界、実に爽快!」
「私はすこぶる不快だ!!」
つい反射的に立ち上がったせいでヤツが転げ落ちた。でも私は悪くない! ざまぁみろ、ばーかばーか!
「約束は果たしたからな!」
それだけ言い捨てると私は逃げるように校舎へと飛び込み、そのままの勢いで階段を駆け下りると途中の踊り場で座りこんだ。
心臓がバクバクする。でも、これは走ったからだ。人間として当然の生理的な反応。そこには風峯なんて一ミリも関係ない。ないったらない!
「疲れた……」
そもそも風峯のアレだって、いったいどこまで本気かなんてわかったもんじゃない。きっと面白いおもちゃ見つけたって感じで、私のことおちょくってるんだ。そうだ、そうに決まってる。
でも……でも、もし本気だったら? 違うって決めつけて気づかないふりして、全部無視するの? それってひどくない? あー、でも、アイツが本気かなんてやっぱり全然わからないし…………
「やめやめ!」
こんなところで一人で考えてたってわかるわけないし。どうせあと二年も一緒にいるんだし。
勢いをつけて立ち上がり、今度は跳ねるように階段を下りた。教室でかばんを回収して校舎から躍り出ること数歩、立ち止まり空を仰ぐ。
「改めて思うけど、すごいところに来ちゃったなぁ……」
毎日が騒々しくてお祭りみたい。変人だらけの同好会、けどもう最初ほど気にならなくなってきてる自分に思わず苦笑い。
あーあ、慣れって怖いなぁ。このままだといつか私の常識が崩壊しそう。
卒業までまだ三年。
こんな自由人たちに染まってたまるか!
絶対ノーマルなままで卒業してやる!
――私の戦いは始まったばかりだ!
変態ファイル その2
名前:勝野 露澪
年齢:32
職業:臨時教員
性癖:幼児行動性愛