不労所得
ある日の深夜,中年のタナカ氏の寝室に,音もなく悪魔が現れると,言った。
「お前の願いを1つ叶えてやろう。」
「何の仕掛けもないのにそうやって浮かんでいられるし,その独特の青い衣装。どうやら本当の悪魔のようですね。」
「分かってもらえると話が早い。」
悪魔は,微笑んだ。
「しかし,あなたが本当の悪魔だとすると,願いを叶えてもらった後で,私は魂を取られるのではないですか。」
タナカ氏が眉をひそめると,悪魔は,唇の片方をゆがめて愉快そうに言った。
「まあ,本来はそうなるところだが,願いによっては魂をとらないでやってもいいぞ。」
「しかし,それでは,あなたも商売……というのか分かりませんが,ボランティアではないでしょうから,困るのではないですか。」
タナカ氏は,身構えるように言った。
「しかし,しかし,とうるさいやつだな。本当に魂がいらないかは,願いごと次第だ。聞いてみないと俺にも何とも言えないから,早く願いを言え。願いがないなら帰るぞ。」
悪魔は,両手を腰にあてる。
「分かりました,言います。願いごと,願いごと,と……。そうだ。不労所得を頂けますか。そこそこ,まとまった金額であれば,一時金で構いません。不老不死とか,世界征服などとは言いません。これくらいの小市民の願いなら,魂がなくてもやってもいいでしょう。」
タナカ氏は,身を乗り出した。
「待て待て,簡単に言うな。不労所得か……。」
悪魔は,腕組みをしながら頭をかしげ,少し経つと,目を細めて言った。
「分かった。まとまった金額の一時金の不労所得だな。魂なしで叶えてやろう。」
「ありがとうございます。」
ベッドの上で,深々とお辞儀をしたタナカ氏が顔を上げると,もうそこには誰もいなかった。
「ねぼけていたんだろうか。いや,今,確かに悪魔と名乗る奴と話したぞ。宝くじでも当ててくれるといいが。」
タナカ氏は,にやけながら,ふとんにもぐった。
数日後,タナカ氏の妻が,車にはねられて転倒し,頭を強く打って搬送先の病院で亡くなってしまった。
葬式を終えて,一人で家にいたタナカ氏の前に,再び悪魔が現れると,得意そうに言った。
「願いをかなえてやったぞ。」
「もしかしたら妻が死んだのは,あなたの仕業ですか。ひどいじゃないですか。」
タナカ氏が,顔を真っ赤にして抗議すると,悪魔は笑いをかみ殺すようにして答えた。
「生命保険金が入っただろう。まとまった金額の一時金の不労所得だ。文句ないだろう。」