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バーヴンバース! 03

「……は?」

 リディスク・青磁・エルカセット少尉の思いがけない話の内容にクリスリデルは思わず素っ頓狂な声をあげた。

「あのう、僕、いたいけな一般人なので、勇者庁が来たなら後はお任せしますけど」

『まあまあ。話を聞いてくれ』

 怪訝な顔で"跳躍"をやめ、ちょうどそこにあった民家の屋上に立ち止まったクリスリデルに合わせたのか、浮揚艇が一機、編隊から外れて減速し出した。

 その浮遊艇が、ゆっくりと後退してくる。おそらく、それに青磁・エルカセット少尉が乗っているのだろう。

『その前に、君は《遠話》の法術を受けたことがあるのかな?』

「はあ。かなり前ですけど、何回か」

『なら、話が早い。受け答えのコツの説明はいらないね』

 青磁・エルカセット少尉の声は、最初の呼びかけよりはだいぶ砕けた口調になっていた。

『少々情けない事情があってね。他でもない、君に是非とも協力をお願いしたいところなんだよ』

「どういうことですか?」

 周囲の民家から家人が顔を覗かせ、何事かとこちらを見上げてくる。

 間近に迫る浮揚艇の駆動音は決して静かなものではなかったが、《遠話》の法術はそれに遮られることなく会話を繋げてくれる。

『魔王災害とか害獣の駆除なら俺たちも普通に対応できるんだけど、あんな大きな未確認生命体は見たことも対処したこともなくてね』

 そう言えば、図鑑のイラストに酷似していたのでクリスリデルを始め、あれを目撃したクラスメイトは全員あれを「ラプタークラウンだ」と思い込んでいたが、勇者庁などの公的機関としては「未確認生命体」と呼ぶしかないのだろうとふと思い至った。

『我々もそれなりに準備はしてきたが、問題なのは女の子が浚われていることで、迂闊に手出しできない。まさか、もろとも撃ち落とすわけにもいかないからね。 そこで「ジャンパー症」持ちである君に、彼女の救助を手伝って欲しいんだ』

「そんなこと言われても」

 クリスリデルは眉をしかめた。

「僕、自分以外の誰かと一緒に"跳躍"なんてできませんよ?」

『分かってる。こちらとしても、民間人に危険な事はさせないし、逆に、君にできることしかお願いしない。 どうかな。手伝ってくれないかな?』

 クリスリデルはわずかに逡巡した。

 プロであるはずの勇者補佐官に適切な手がないはずがないと思い込んでいたのだが、その勇者補佐官が一般人に協力を要請するほどの異常事態だということが理解できないほど楽観的でもない。

 結局、クリスリデルはうなずいて見せた。

「……いいですけど。 じゃあ、どうしますか」

『よし。ありがとう。 まずはフローターに乗ってくれ。とにかくはあの未確認生命体に追いつかなきゃならない』

 青磁・エルカセット少尉の言葉と同時に、上空の浮遊艇の後方のハッチがゆっくりと大きく開き、中から身を乗り出した勇者補佐官が赤く光るスティックを振ってクリスリデルを招いて見せた。


 上方への数度の"跳躍"を繰り返して後部ハッチに飛び込んだクリスリデルを、スティックを振っていた紫の装甲服とヘルメットをすっぽり纏った勇者補佐官が抱き込んで引き寄せると、合図を受けた別の隊員がレバーを操作し、ハッチがゆっくりと閉じられてゆく。

 完全に閉塞することで駆動音は若干やわらいだが、それでも結構な騒音に耳を塞がれる。

 見回すと、そこは映画などでも見た事のある航空輸送機などの内部とよく似た無骨な構造材が剥き出しの部屋で、中央に巨大な機材を設置し、壁際に設えられたこれまた無骨な鉄骨のベンチに数名の隊員がハーネスで体を固定して座っていた。

 クリスリデルもそこへ座らされ、隊員によっててきぱきとハーネスを締められる。

 周囲の隊員たちも顔面まで覆うヘルメットを被っているのだが、こちらを怪訝に伺う気配は知れる。クリスリデルの動かぬ眼球を気にしているのだろう。

 いつものことなのでクリスリデルは黙殺して尻とバンドの位置を微調整した。

「すまない! 来てくれてありがとう!」

 浮遊艇が加速したのか横からの重圧を感じたところで、機内に通じるドアを開いて一人の金髪の男性隊員が大声でそう言いながら現れた。

 思わず、いま自分のハーネスを固定してくれた隊員とその金髪の隊員を見比べる。てっきり、機内に誘導したこの隊員が青磁・エルカセット少尉かと思っていたのだ。

「俺が、さっき通信していた、リディスク・青磁・エルカセット少尉だ! よろしくな!」

 金髪の下で人懐っこい笑みを浮かべた青磁・エルカセット少尉が大声のまま続けながら伸ばした手に差し出したクリスリデルの手を力強く握る。

 彫りの深い顔つきと美しい金髪、金色に輝く瞳は、ケラサス大陸の遙か北方にある群島国を中心に暮らす人々である金色人種の特徴だ。その割に大陸公用語が流暢なのにも驚いた。

 何かと豪放磊落で大らかな性質で知られる国だが、彼が先ほどから凄まじい声量を発揮しているのは別に彼らの故郷の国民性によるものではなく、単にここでは浮揚艇の駆動音が大き過ぎるから大声でないと話が通じないのだ。

「作戦は、道々説明する! よく聞いてくれ!」

 そこの手すりを掴みクリスリデルの前に屈み込んだ青磁・エルカセット少尉はその協力内容を語り出した。



 ラプタークラウンは、翼を大きくはためかせて悠々と街の上空を飛翔してゆく。

 やがて住居の減少と共に地上の緑が増し、山岳地帯に差し掛かった。

 この立ち並ぶ峰を越えればその先は海。

 このオーテオフィアスを擁するフィアスの半島で、鳥竜が北上を続けてくれたのは僥倖だった。

 捕獲作戦がやり易くなるからだ。

 やがて後方から追いすがってきた勇者庁の浮遊艇が二機、鳥竜の左右後方で速度を同期させ位置を調整すると、それぞれ片側の副砲から何かを射出した。

 それは濃い白煙を引いて迅速に飛翔し、鳥竜の左右を大きく離れて飛び抜けていった。

『ーーーーッ!』

 その鳥竜の咆哮は嘲笑か。

 だが、それは鳥竜を撃墜する為に発射されたものではない。

 未確認生命体の飛行ルートを制限・誘導する為のものだ。

『ーーーーッ!』

 一声啼いた鳥竜は、果たして白煙から離れる方向へとその進路を変えた。

 浮揚艇はさらにスモークミサイルを放ち、鳥竜の進路を遮ってはその飛行ルートを調整してゆく。

 白煙に追い立てられた鳥竜がよたよたと蛇行を繰り返すこと数度。やがて視界が大きく拓け、未開発の湾の上空に出た。

 波に荒く削り出された岩場の周辺には既に紫の塗装を施された様々な種類の重機、救護・特殊車両が配備されており、各所に展開した勇者補佐官たちが見上げていた。

 そこへ、別方面から飛来してきた二機の浮揚艇が鳥竜へ迫り、それぞれ尾部を鳥竜に向けて滞空するとハッチを展開し、突き出した機材から射出されたものが大きく広がりながら鳥竜に降りかかった。

 それは巨大なネットだった。スポーツスタジアムなどから徴収してきたのだろうその見覚えのある色の巨大なネットは鳥竜の翼長をも超えてその巨体を包み、補強の為に即興で編み込まれたチェーンが分銅の役割を以て落下の勢いで鳥竜に巻き付いてゆく。

 それと間髪入れずに先の二機の浮揚艇が主砲を展開して発射した。

 今度射出された砲弾は、狙い違わず鳥竜の背に着弾した。

『ーーーーッ!? 』

 今までどこで生き延びてきたのかは知らないが、本来棲息していた時代ではあり得ない手段で翻弄された鳥竜の思いはいかなるものか。

 ともあれ、飛ぶ為の翼を絡め取られた鳥竜は二機の浮揚艇に網で釣られたままもがくのみであった。


「よし! 行け!」

「はい!」

 直接捕獲行動に参加した四機の浮揚艇から離れた位置に、クリスリデルらの乗る浮揚艇が滞空していた。

 空中に待機していた浮揚艇の後部ハッチから、その様子を見ていた青磁・エルカセット少尉の合図を受けて、クリスリデルが空中に飛び出してゆく。

 その姿は迅速に点滅を繰り返して飛翔してゆく。

 連続跳躍を繰り返してクリスリデルは網に釣り下げられるラプタークラウンの下方に回り込むと、その大木のような脚に接近し、脚の指に握り込まれたままのレティシエルの側に現れると、巨体を包むネットに両手で掴まり鳥竜の脚の関節に足を引っかけて体勢を固定した。

「……」

 レティシエルの様子を確認するが、泣き疲れたのか涙やら鼻水やら顔から分泌されるありとあらゆるも汁で顔中をべったべたにしてぐったりと脱力していた。

 失礼ながらクリスリデルはそのレティシエルの様を「雑巾のようだ」と連想した。

 それでも、なぜかやけにファンシーな段ボール箱だけはしっかりと両手に保持しているのだが、これは何だろう。

 その時、レティシエルがようやくクリスリデルに気付くや否やだらりと投げ出していた箱と両脚を振り回して喚き始めた。

「くぁwせdrftgyふじこーー!」

「うわ! 汚い!」

 もはや人類の口から出てくるものとは思えない怪音を喚いたレティシエルの顔中の穴という穴から撒き散らされた汁を、渋面になったクリスリデルは"跳躍"と同じ要領で「その場にいながら唾がかからない位置に移動する」ことで避けた。

挿絵(By みてみん)

 結果、他人の目から見れば、レティシエルがばら撒いた唾がクリスリデルを素通りしたように見えただろう。

 これが、クリスリデルの抱えた障害を応用した、クラスメイトの接触や数度に渡って食らわされた爆発から回避せしめた行動の正体だった。

 クリスリデルにとってのこの動作は、通常人であれば身を仰け反る程度の動作に準ずるごく普通で簡易なものである。

「落ち着いて! 落ち着いて」

 ともあれ、救いの手と見て片手を振り回すレティシエルに、クリスリデルは離れたまま辛抱強くそう繰り返した。

 なにしろ危機に瀕し狂乱した時の人間の腕力に絡め取られたら、救助者すら行動不能になってしまう恐れがある、と青磁・エルカセット少尉からレクチャーを受けた。

 別にクリスリデルだけなら、レティシエルにいくらしがみ付かれようが今の要領で簡単に脱出できるのだが、それだけでは意味がない。

 これから、二人一緒に落ちるのだから。

 クリスリデルは、青磁・エルカセット少尉のレクチャーの内容を反芻した。

「ひゃにゅめー!」

「いやごめんホントなに言ってるのか分かんないから! それよりも聞いて! もうすぐ撃ち込んだ麻酔が効いてきて、この脚がゆるむから! そしたら」

 浮揚艇に釣り下げられたネットの中でもがく鳥竜ラプタークラウンの動きは、次第に緩慢になりながらもまだ収まる様子を見せない。

「そしたら、一緒に逃げるよ! 分かった?」

「ひゃいー!」

 ようやく幾ばくか意味のある音声を吐き出したレティシエルの泣き顔ががくがくとうなずくのを見てクリスリデルはひとまず第一段階突破の心地を感じた。

(問題は、ここからだ──)

 見下ろせば、真下は海。海岸からたいして離れていないそこにはゴムボートが数隻待機しており、巨大な救命用バルーンボードが浮かべられている。

 海とバルーンの上とはいえ、この高層ビルの屋上ほどもありそうな高度から二人が無事にそこに着地する為には、クリスリデルの慎重な行動が不可欠だった。

 それは青磁・エルカセット少尉の発案であり、当然クリスリデルとしても初挑戦の試みだったのだ。

 実際にできるかどうかは分からない。ぶっつけ本番だ。

(まったく!? なんでこんなことになったんだ?)

「あ……」

 胸中で毒吐くクリスリデルの目の前でその時、動きを止め弛緩したラプタークラウンの脚の指がゆっくりと解放された。


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