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テラリィテイル! 01

 吹き荒ぶ風を切り裂いて、赤き飛竜(ワイバーン)が天空を鋭く飛翔する。

 その背に設えられた鞍に、軽量の甲冑に身を固めた若き竜騎士・クリスリデルとレティシエルが一緒に跨っていた。

 竜を模した兜の、半透明のバイザーの下の瞳が空の果てをきつく見据える。

 その目線の先には、同じ高度を飛ぶ黒色の飛竜の後ろ姿があった。間違いない、情報にあった魔王の尖兵のものだ。

 竜騎士クリスリデルの任務は、奴らが魔王の元へ情報を届ける前に討ち滅ぼすことである。

 その距離が、だんだんと縮まってくる。

 やがてクリスリデルの乗る飛竜が追う相手の飛竜と横に並んだ。

「よくぞ追いついてきたな!」

 黒の飛竜の背に跨る魔王の手下が振り向き、くぐもった声でそう叫んだ。

 そいつは熊のような顔を持ち、いびつな丸い体におぞましく黒艶に輝く甲冑を纏っていた。

 その声は、飛翔中の暴風の中にあってもよく届く。

「だが、それもこれまで! その飛竜ごと大地の肥やしとなるがいい!」

 言うや、そいつの後ろ、飛竜の背に括り付けられたゴンドラの中から続々と獣の頭を持つ魔王の下僕どもが立ち上がり、手にした魔法の発動器をこちらに突きつけてきた。

 発動器の先端から、赤き熱線が雨あられと放たれる。

 だがそれらは、赤き飛竜の回避機動によりことごとくが虚空を掠めるばかりで当たりはしない。

「やるよ、構えて!」

「はい!」

 クリスリデルの指示にレティシエルが応え、二人は同時にブーメランのように折れ曲がった棒杖──拳銃のような形状の法術の発動器を取り出し、構えた。

「撃てえ!」

 青の光線の連射が、黒き飛竜に襲いかかった。

 だが足場の不安定さはどちらも同じ。赤の、青の光線が飛竜の間で幾重にも交錯しては虚空へ消えてゆく。

 しかし、数を撃てばなんとやら、こちらの赤い飛竜にも何発かの熱線が突き刺さったが、二人の青の光線の方がより多く敵の飛竜にヒットした。

「うおおお!」

 たちまち黒の飛竜が体勢を崩し、きりもみして墜落してゆく。

 クリスリデルの赤き飛竜も旋回し、墜ちてゆく敵を追って大きく螺旋を描きながら降下する。

「まだだ!」

 追うクリスリデルが青の光線を撃ち放ち、墜ちる黒き飛竜の背からも魔王の下僕どもの熱線が撃ち上げられ、降下する飛竜の間で光線の応酬が繰り広げられる。

 やがて体勢を取り戻した黒の飛竜が水平飛行に移ると、赤き飛竜も急旋回してそれを追った。

 海面すれすれを掠めた強大な羽ばたきが波を派手に抉り切り裂いた。

 再び横並びに追いつき、近距離での光線の撃ち合いが始まる。

「ああっ!」

 大量の射撃を受け、今度はクリスリデルの乗る飛竜が苦悶に呻いて体勢を崩し、墜落していった。

「うわあああああああ!」


『──ご乗車、ありがとうございます! 車両が完全に停止し、セーフティーバーのロックが外れるまでは着席のままお待ちください──』

「あー! 面白かったですー!」

「……まって、ちょっと待って……」

 スリルライド系ローラーコースターの車両からよろよろと降り立ったクリスリデルは、目眩に揺れる頭を押さえながら朗らかに笑うレティシエルに追いすがった。

 このアミューズメントライド遊具は「ドラグーンチェイス」と名付けられ、竜を模したデザインの二台の列車が同時に併走するローラーコースターなのだが、これには各座席に発信器である光線銃が設置され、車両の側面には受信器となる的が取り付けられており、乗客は二台の車両に分かれて対決し、走行中により多く射撃を受けた方の列車がよりスリリングなコースへと路線変更される対戦ゲーム性を取り込んだ人気アトラクションなのである。

 ──はずなのだが。

「いや、今この数分間に何か奇妙な出来事が起きたような気がするんだけど」

「おつかれさまでしたー!」

 二人の前に、大きな宝箱を抱えたマスコットキャラクターが立ち塞がった。

「こちら、記念品になります! さあ、カギはお持ちでしょうか?」

「あ。きくちばさんカギ貸してください!」

 振り返ったレティシエルがクリスリデルの鍵の欠片を取り上げると、自分のものと組み合わせ、いそいそと宝箱の開錠に取りかかる。

「わあ! きくちばさん見てください!」

 言って取り出されたのは、手足の生えた白い紡錘型。マントをつけた二頭身。

 それはシャイニングウィザードのぬいぐるみだった。

「かわいいですー!」

「なんで選りによってそれ……?」

 クリスリデルはげんなりと肩を落とした。


 結局、あれからクリスリデルはレティシエルと共に二人で園内を散策していた。

 そうたいして掛からずに誰かと合流だきるだろうと高を括っていたのだが、なかなか出会うことができない。

 そうこうしている内に、「ドラグーンチェイス」に興味を引かれたレティシエルにあれよあれよと引っ張り込まれた……ような気がする。

 その辺りに起きたはずの悶着が、いまいち良く思い出せない。

 が、その懊悩もだんだんどうでも良くなってきた。

「……まあ、いいや。 みんなには、そのうち会えるだろう」

「きくちばさん! 次はどれに行きますか!」

 パンフレットの園内地図を広げたレティシエルが、歩きながら隣に並んで見上げてきた。

 ところが、クリスリデルはパンフレットの方を見下ろしもしない。

「うーん。そうだねえ」

 口ばかりで返事するその顔を遮るように、レティシエルが広げた地図を目の前に持ち上げてきた。

「ほらほら見てくださいよう」

 だがクリスリデルはその手を煩わしげに押し返す。

「いやほら、僕は前見ながらその地図も見えるから」

「ああ、そうでした! ……あれ? でもでも、そしたらもしかして、地図で顔を隠したまま歩けるんじゃないですか?」

「歩けるけどさ。他の人がビビるから、やらない方がいいって言われてる」

「えー? 誰にですかあ?」

「僕の障害を研究してる、勇者庁の担当さんにね」

 歩きながら、レティシエルが手に持つ地図をクリスリデル側に傾けた。

「これでどうですか? 見やすいですか?」

「……ああ、僕に見えやすいように傾けてたのか。 角度とかあまり関係ないから、自分に見やすく持ってていいよ」

 前を向いたまま、ひょいひょいとハエでも追い払うように手を振ったクリスリデルの横顔を、レティシエルがはにかんで見上げてきた。

「……なに?」

「えへへ。 あのですねえ」

 なにやら赤く染まった頬を緩ませてもじもじし始めたレティシエルに合わせて、数歩先で立ち止まる。

「わたし、きくちばさんの、その、どこか遠くを見つめてるみたいな時のお顔が……大好きなんですよう!」

 言って、ひゃーと悲鳴を上げながらパンフレットで顔を覆うレティシエルを、クリスリデルは呆然と見つめた。

「……って、背中で聞くことないじゃないですかー!」

「ああ、いや、ごめん、僕からは普通に見えてるからつい」

 クリスリデルは慌てて体の向きを反転させた。

「って言うか、何を突然……?」

「えー? だって、だって」

 畳んだパンフレットで口元を隠したまま、レティシエルはもじもじとクリスリデルを上目遣いに見上げて。


 気まぐれな山風に吹き上げられた無数の花びらが雪のように舞う街道を、雄々しき純白の馬が二人の人影を載せて悠々と歩く。

 豪奢な鞍に跨るのは、国一番と謳われる近衛騎士・クリスリデル。白銀に輝く鎧はまさしく伝説の勇者の装い。

 手綱を握るその騎士クリスリデルの膝の上にはレティシエル姫が横抱きの姿勢で載せられ、その細腕はクリスリデルの首に回されている。

 街道の彼方を見据えるそのクリスリデルの横顔を、レティシエル姫は恍惚の表情で見つめていた。

 これはつい先刻山奥のヴァンパイアを討伐し、浚われていたレティシエル姫を見事救出したその凱旋である。

「まだ怖いかな? 姫」

「いいえ。 もう怖くはないです」

 穏やかに見下ろす騎士クリスリデルに、レティシエル姫は首を振った。

「いつも、その眼差しに憧れていました。 それを、こうして近くで見ることができて、わたし、もう……」

「あはは。 それは光栄だね」

 精悍な笑みに、ちらりと垣間見えたきれいな歯が輝く。

「ずっと、ずっとあなたの事を見つめていました。 遠くから、ずっと」

「そうなんだ。 ぜんぜん気付かなかった」

「見てるだけでいい。ずっとそう思ってました。でも……」

 いかに有能な近衛騎士と言えど、姫と従者では結ばれるにはあまりにも身分の壁が高い。

「助けに来てくれたのが、あなたで本当に良かった」

「近衛騎士の神聖なる剣技の賜物に過ぎないよ」

 謙遜する騎士クリスリデルの胸で、レティシエル姫は首を振った。

「あなたが来てくれたから……! わたしは魔性からだけでなく、姫の立場からも救われたんですっ……!」

「……だめだよ、姫」

 騎士クリスリデルは諭すように言う。

「国王様が、帰りを待ってる。国の民も、みんな待ってる」

「わかってます! でも……」

 騎士クリスリデルの胸に、白銀の胸郭に頬を押し当て、街道の先を眺め遣った。

「……せめて、この道が、永遠に続けばいいのに……」

 舞う花びらがせめて、二人を結ぶ祝福なら良かったのにと思いながら。


『──もうじき回転が止まります! 木馬が完全に停止するまでは着席のままお待ちください──』

「あー楽しかったですー!」

「お客様、木馬への御騎乗は一頭につきお一人でとあれほど……!」

「すみませんすみません僕にもこの数分の間にいったい何が起きたのかさっぱりで……」

 回転木馬の遊具から降りるなり係員に注意されたクリスリデルがあたふたと謝罪・弁明を繰り返す。

「こちら、記念品になります! さあ、カギはお持ちでしょうか?」

「あ。きくちばさんカギ貸してください!」

 この遊具のスタッフが宝箱を持ち出して現れ、レティシエルが再びカギの欠片を取り上げると自分のものと組み合わせて箱の開錠に取り掛かる。

「わあ! きくちばさん見てください! かわいいですー!」

 言って取り出されたのは、手足の生えた白い紡錘型。マントをつけた二頭身。

 それはシャイニングウィザードのぬいぐるみだった。

「ダブりかよ……! あの野郎、どんだけ自分推しなんだ……?」

 人の頭ほどの大きさのそれを両の小脇に抱えたレティシエルは御満悦な様子だったが、クリスリデルとしてはどうもこのマスコットの顔に嫌な疑念を拭えない。

(まさか、この先の宝箱、中身ぜんぶコレじゃないだろうな……?)


「にしても、そんなにしょっちゅう見られてたなんて、気付かなかったなあ」

「えへへえ」

 再び園内を並んで歩きながら途切れた話の続きに興じる。

「……でもさ、そんな見かけだけで人を好きになるとか、早計に過ぎやしないか? 僕の目線が遠く見えるのは、単に障害の副産物なだけだし」

「第一印象は、とっても大事ですよ?」

「しかも、僕がどんな人間かも知らずに告白したってことだろう?」

「そんな事ないですよ? ミーちゃんからもいろいろ教えてもらいましたし」

 「ミーちゃん」というのが、レティシエルからのミーアメリィへの愛称だというのは、今朝知った。

「……どんな話?」

 それ故に、つい胡乱な目つきになって訊ねる。

「小さい頃に、川に流されていた猫さんを助けに飛んでいったとか」

「そのまま墜落したってオチは聞かなかったのかい?」

 クリスリデルのジャンパー症は、重力には抗えない。それを初めて体験した出来事でもあった。

 なにしろ、水面の猫をすくい上げる動作には時間がかかる。溺れる猫の真上までは移動できても、出現した途端に落ちるしかないのだという事に当時の幼いクリスリデルは気付けなかった。

「じゃあ、ミーちゃんのお話は本当だったんですねっ!」

「逆に溺れる僕の頭の上にのっかることで猫は助かったんけどさ。 ……あれは恐怖だったなあ」

 思わず顔をしかめた。

 クリスリデルのジャンパー症は、半径三メートルの範囲を全て同一座標と捉えてしまう感覚の障害。

 それに付随する"跳躍"動作に際し、押し退ける大気の流動の影響は実に問題のないレベルであるが、水中となると大きく異なる。

 ──という事実を初めて身を以て体験した事件でもあった。

 この障害のせいで、壁も天井も有るようで無いような生活をしていたクリスリデルの感覚は、開放的な環境を当たり前としてきた。

 ゆえに、全方位が液体で塞ぎ尽くされた「水中」という環境は、クリスリデルにとって生き埋めに等しい恐怖であった。

 クリスリデルの"跳躍"は、行き先の他の物質・物体に重なるように出現はできない。大気ならば気にならないレベルで自然に押し流せるが、大量の水はそうはいかないのだ。

 非常に不安定で足場のない水中、ほぼ逃げ場がない環境に放り込まれた幼いクリスリデルは大いに混乱した。上空に逃げるという選択肢も忘れるほど。

「──ってことがあってさ。 一時期トラウマになった水中行動については、その後の特訓のおかげで克服したからいいけど」

「やっぱり、思った通り、きくちばさんは優しいひとでした……」

 何やら会話の食い違いを感じたクリスリデルは、首を傾げ空を注視した。

「あのさ。僕が君を助けるのは、あくまでも先生から言われたからだからね?」

 振り返って、指先ではなく掌で指して恍惚とした表情のレティシエルに言う。

 この辺りのお互いの感情の齟齬については正しておかなければと常々考えていたから。

「だから、それを優しさとか言って、好意を抱くのは、違うと思うよ?」

「えー? 違いますようー!」

 ところがなぜか、レティシエルは頬を膨らませて抗弁してきた。

「あれ? ええと、違うというのが違うんじゃなくて、違うのはそういうのとは違くて、違うのとは違くてええと」

「オーケー。わかった。異なる言い分があるのは分かったから、落ち着いて。君の話を聞こう」

 言語のゲシュタルト崩壊を起こして目を回しているレティシエルにクリスリデルは両掌をかざして宥めた。

「だってだって、きくちばさんは、猫 を 助 け に 行 っ た ん で しょ う?」

(……え?)

 レティシエルの着目点を理解するのに、僅かに時間がかかった。

(いや、だからそれは結局まともに達成できていない──)

「それに! わたしがきくちばさんの事を好きになったのは、リーちゃんさんにきくちばさんの事を言われるよりも、ずっとずっと前からですっ!」

 ──終業式の前日にアセト教師とテクトゥス・リースクレッタの二人が「レティシエルを、レティシエル自身の障害による災害から守れ」というあの話をする以前から、レティシエルはクリスリデルの事を意識していた──

 今の発言内容を、苦労してどうにかここまで解読した。

 一番の難関は「リーちゃんさん」なる人物とテクトゥス・リースクレッタを結びつける推理だったが。

(──そんな事で、本当に……?)

 あの日、世界樹の下に呼び出したラブレターは、告白は、本気だった──。


 それから立て続けに巻き込まれたレティシエルの災害の対応に追われて、気持ちを計ることすらせずに勝手に最悪認定していた。

 障害を除いたレティシエル・ペリエ・コマチアイトという人間を、まともに見る事もしなかった。

 これほど長くまともに会話したのも、ここに来てからが初めてではないだろうか。

(それに、猫を助けに行ったからって──)

 これまで災害を起こしたレティシエルを助けてきたのは、どうしてだ?

 そんなに嫌なら、見捨てればいい。

(そんな事、できる訳ない)

 思わず、胸元で揺れるペンダントの珊瑚色の石を掴み、握りしめる。

(──別に、人として当たり前の人助けの範疇だ。好きかどうかとかとは、また別──)


「ところできくちばさん。星を見るのはお好きですか?」

「……ん? あ、ああ」

 呆然と考え込んでいたところに声をかけられてクリスリデルは意識を復帰させた。

「そりゃ、まあ。 星座とか星の名前とかまでは詳しくないけど、見るのは好きだな」

 なにしろクリスリデルはジャンパー症持ちゆえ、部屋の壁の向こうが普通に見えてしまう。

 いま住んでいる学生寮にしても、無理を言って最上階の端の部屋を用意してもらったものだ。やむを得ず隣や上下の部屋も見えてしまうから。

 隣の部屋とは、幸い暗いクローゼット同士で隣接しているし、下の部屋は備品倉庫となっているので、他人のプライバシーを見てしまう憂き目には遭っていない。

 だが、天井だけは別だ。

 天井の上は屋上。

 就寝の際に部屋の明かりは消しても、その天井の先の星空は嫌でも視界に入る。まぶたを閉じれば光景は遮断されるが、生まれてからずっとそういう生活をしていた。

 だから、自然と「屋根の下で星空を眺めなが眠りに就く」生活をずっと続けていた。

 もはや好き嫌いとかではなく、星空を見るのはクリスリデルにとっては生活の一部とも言える。

「ぃよしっ!」

 クリスリデルの話を聞いて、レティシエルが身を竦めて小さく拳を握った。

「わたしも、毎晩星空を見ながら寝てるんですよう!」

「……へえ」

 それを聞いて、クリスリデルは訝しげにうなずいた。

 自分の星空を見ながら眠る習慣は障害ゆえに可能な事で、そうでない人間には同じ事ができないというのは知っている。

 だから、きっと部屋に天窓でも付いているんだろうなと漠然と考えた。

「わざわざ親御さんが、そういうふうにしてくれたの?」

「そうなんですよう!」

 なにやら物凄く嬉しそうに拳を振って力説するレティシエルを眺めながら歩く。

「そしたらきくちばさん! プラネタリウム行ってみませんか! 一緒に星の名前を覚えるとかとっても素敵ですよ? ここからですと、ちょっと遠めですけど」

「ああ、……あれ?」

 レティシエルの手元の地図を確認しながら、他方で起きた騒動にクリスリデルは気が付いた。

 いま二人が歩いている広大な石畳の通路の先で人々の往来がふたつに割れ、その向こうからカラフルな装飾を施された巨大な山車(フロート)がやって来たのだ。

 賑やかな音楽と、フロートの周りで踊るダンサーの群れもある。

 どうやら、定時公演しているデイパレードのようだ。

 昼と夜、それぞれに行われているこのパレードも、アブスレードスクエアの目玉プログラムのひとつである。

「わあー! あれ、これから始まるところですよね! きくちばさん! あれ観ていきましょう!」

「ああ。丁度いいタイミングだった、ね……?」

 飛び跳ねて喜ぶレティシエルに袖を引かれながらクリスリデルは、そのフロートに違和感を覚えて立ち止まった。

 妙だ。先頭のフロートの装飾が、どこか偏っていて、地味だ。

 肝心の、一番人気のキャラクターが乗っていないのが原因かと思ったが、それだけではない。

「……んん?」

 目を凝らして見て、ようやく気付いた。

 そのフロートの舳先に、むき出しの角材がなんとも雑な処置で突き立てられているのだ。

 とにかく粗末な構造で、まるで火事で燃え残った木造家屋のなれの果てがくっついているかのようだ。

 その粗末な柱に、人影が括り付けられているのが見えた。

 両腕を広げて縛りつけられているのは、白目を剥いて脱力している赤毛の男・ヘイゼルだった。

「はああ?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 それが近づいてくるにつれ、音楽も、ダンサーの様子も鮮明になる。

 その音楽はおどろおどろしく暗澹とした不吉なメロディを奏でており、腰ミノ一丁に派手な羽根飾りで仮装したダンサーの踊りは、まるで古代の邪神信仰の暗黒舞踏のようだった。

 やけに目障りな灯りがあるなと思えば、この白昼にフロートの周囲で篝火を焚いて振り回している。普通に消防法違反行為ではないのか。思わずそんな心配をした。

 さらに、赤みの強いこの光景を不吉なものに見せているのは、このアミューズパークを覆う赤い魔法の障壁のせいである事を、今さらながら思い出した。

「……な、何事なんだよこれ……?」

「うわー! きくちばさん見てください! あんなところに殻斗さんが乗っていますよ! いいなあ……」

 クリスリデルは思わずレティシエルの後頭部を掌底でど突いてしまった。

「なにするんですかー!」

「いや、ごめん、つい。 吊し上げがいいとか、さすがに無いだろ」

 伸び上がって怒鳴るレティシエルを適当にあしらい、行進する異様なフロートを呆然と眺める。

 やがて近付いてくるにつれ、ダンサー達が繰り返し唱えている奇声が意味のある言葉を成してくる。

『ジューマンニン! ジューマンニン! ジューマンニンメノライジョウシャ!』

『こぉの記念すべきお客様を歓迎するのは、誰だあ!』

 その時、先頭のフロートの中央に設えられている台座に、見覚えのある動物のマスコットが飛び乗ってマイク越しに叫んだ。

『そう! 我ら、プリティ・キューティ・ライカンスロープだあ!』

 そいつは、ここに入場した時にレティシエルを担ぎ上げていったマスコット連中の一体の、あの犬のマスコットだった。

 犬のマスコットの絶叫に合わせて、続く全てのフロートから一斉に空砲が放たれ爆音を轟かせた。

『伝説から蘇った、忌まわしきシャイニングウィザードに奪われた我らが姫を取り返すのだ! 見よ! 我々は既に、姫の従者をひとり取り戻した!』

 言って、犬のマスコットが舳先に括られているヘイゼルを指すと、周りにいる他の動物のマスコットたちが歓声を上げる。

『残りは姫を含めて六人! 彼ら全員を救い出し! 我らの渾身のおもてなしを受けて頂くのだあ!』

「ア ホ か あ あ っ!」

 さらに似顔絵付きのビラまでばら撒き出したパレードの連中に、とうとうクリスリデルが絶叫した。

「どっからどう見ても生贄の儀式か何かにしか見えないだろそれ!」

『ムムッ? そこに見えるは我らが姫君と、その従者その1ではないですか!』

 犬のマスコットが、黒い鼻の下に水平にした掌をかざしてこちらを振り向いた。

「お前、犬のマスクの目はもっと上だよ!」

『さあ者ども! 我らが記念来場者を確保せよ! 丁重に、お迎えするのだー!』

『おおー!』

 クリスリデルのツッコミを無視した犬のマスコットの声に、周囲の動物のマスコット達が篝火を突き上げて鬨の声を上げた。

 やっぱりどう見ても祝福の歓迎には見えない。

 それどころか、そのパレードを見ていた周囲の大勢の来場客が全て、こちらを振り向いてきたのだ。

 手にはクリスリデルらの似顔絵付きのビラを持ち、なぜか瞳が赤く光っていた。

「な……!」

 やがて、来場客らがもたもたとした動作でこちらへ迫ってきた。いったいどうしたと言うのか、彼らにはまるで正気が伺えない。

『ゆけー皆さま! かかれー! 捕えろー!』

「いま「捕えろ」って言ったー!」

 未だフロートの上で煽り続ける犬のマスコットにツッコミを入れながら、クリスリデルはレティシエルの腕を掴んで走り出した。

 瞳を赤く光らせて迫る来場客たちから離れる方向へ。

「ええー? きくちばさん、どこに行くんですかあ?」

「あんな歓迎、僕は御免こうむるね! とにかく逃げるよ!」

 いまいち緊迫感に掛けるレティシエルの腕を引っ張り、クリスリデルは走り続けた。


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