クォレルクエスト! 04
フィアスの半島でも最大規模を誇るアミューズパーク「アブスレードスクエア」。
正直このオーテオフィアスなどという片田舎にはあまりにも不釣り合いな巨大さなのだが、なぜだか開園以来入場者数は順調に増え続け、今やフィアスの半島では知らぬ者はないほど有名なアミューズパークとなった。
創業者である「アブスレード・甚三・ウリムライト」氏は破天荒・奇矯奇抜で有名で、新企画を立ち上げてはまず幹部連中が連れてきた精神科医とガードマンを片っ端から殴り返すところからスタートし、事前に行われた実地アンケートにおいても「賛成」とか「反対」とかではなく「真冬なのに世界樹が花をつけ始めた」という住民の不思議発見の報が回答の多くを占め、アブスレード氏の気分次第で世界樹か瘴気のどちらかが変調をきたすと言われるほどの変人と言われている。
一応、経営者としての能力は高く、彼が直接携わった仕事はことごとくが大成功を収めているのだが、なぜかその度に同じ会社の別部署で大惨事が起きており、評価の難しいところであると産業情報誌では謳われている。
そんなアミューズパーク「アブスレードスクエア」の入場ゲートをくぐり抜けたクリスリデルたち六人は、赤みを帯びた周囲の光景の不気味な印象に一抹の不安を感じていた。
もちろん風景が赤っぽいのはこの敷地を取り囲む魔法の障壁の色のせいだし、たとえ経営者が変人でもこのアミューズパーク自体は至って健全な遊び場である。
だが。もしもレティシエルとアブスレードさんが間接的にでもタッグを組んだらいったい何が起きるのかと考えると、どうにも暗澹とした気分になる。
通路を抜けた先は、中央に巨大な噴水が設えられた広場となっており、平時であれば来場者とマスコットキャラクターとの記念撮影などで賑わっているはずなのだが、客はまばらで、遠くにレティシエルを担ぎ上げていったマスコットたちが倒れていた。
「ちょっと! あいつら!」
ミーアメリィの声にクリスリデルが"跳躍"して先行し、倒れるマスコットたちの元に屈みこんだ。
「あの! ちょっと! どうしました!」
一番手前のマスコットの肩を揺する。
動物をモチーフとしたこれらのキャラクターはこのアミューズパークの「住人」であり、「中の人などいない」というのが暗黙の了解ではあるのだが、この緊急事態ではそうも言ってはいられない。
やがて追いついてきたミーアメリィらも、それぞれ他のマスコットを揺すって反応を探っている。
「げふっ」
オリオットに掌打を打ち込まれた犬のマスコットが、苦鳴を挙げて仰け反った。
「あ、起きた」
「おい! レティちゃんをどこへやったんだよ!」
駆け寄ったミーアメリィが、ヘイゼルがそのマスコットの肩を掴んで詰め寄った。
すると、そのマスコットが震える腕を、指を上げて一方を指した。
「ひ、姫が、さらわれてしまった……」
「姫」というのは、この「アブスレードスクエア」において記念定数来場者を指して付けられる称号で、もちろん男性なら「王子」となるのだが、なにしろ年齢を一切問わないコンセプトなので、場合によって少々居たたまれない空気が生まれることもある。
この場合は当然レティシエルを指しているのだろうが。
「まさか、奴が、こんな狼藉を働くなんて……」
「はーはははははは!」
さらに問い詰めようとしたところに割り込んだ哄笑に、クリスリデルを除く一同がその指さす先を振り返った。
いつの間にか、中央エリアに通じるお城を模した巨大なアーチの頂点に、何者かがレティシエルを小脇に抱えて立っていた。
レティシエルは気を失っているのか、そいつの腕の中で目を閉じ脱力している。
「貴様らの姫は預かった! この伝説のマスコット「シャイニングウィザード」様がな!」
高らかに大見得を切ってマントを翻したのは、白い紡錘形から手足を生やした二頭身のマスコットキャラクターだった。
頭が大きく尻すぼみの奇妙な体型は、まるで野菜か芋か、引き抜かれた奥歯を連想させる。
その扁平な表面の上半分に、眉の太い精悍な顔が描かれていた。
他の動物型マスコットと違って、まったくモチーフの見当がつかない。
「き、貴様! シャイニングウィザード! なぜ今さら」
「とうっ!」
オリオットが起こした犬のマスコットが立ち上がって叫ぶと、アーチの上に現れたマスコット──シャイニングウィザードがレティシエルを抱えたまま掛け声をあげて飛び降りてきた。
そして一同の目の前に着地するなり犬のマスコットの首筋を手刀で殴りつけ、その衝撃にマスコットが片膝をつくと、その膝に片足をのせて跳び上がり、マスコットの頭を蹴り飛ばした。
「ぐはあっ!」
犬のマスコットが曖昧な笑顔のまま吹き飛んだ。
そしてシャイニングウィザードは再びアーチの頂点へと逆戻りに飛び移った。
着ぐるみを着込んで人ひとり抱えているとは思えない挙動である。目前の距離なら相手を一方的に捕まえられたはずのクリスリデルも、唖然として見送ったほどだ。
「ボツキャラの怒りを思い知ったか! この道化者どもめ!」
「ん? 道化者で合ってないか?「マスコット」って」
クリスリデルが首を傾げるが、シャイニングウィザードの口上は構わず続く。
「我が輩とて、「跳ね回るポップコーンの化身」として生み出されたキャラクター! 得意技が跳び蹴りの、元気が取り柄の我が輩よ!」
「ポップコーンなんだアレ」
「跳び蹴りが得意なマスコットは嫌だなあ」
ミーアメリィとクリスリデルがぼやくように言う。
「貴様ら道化者が表でちやほやされている間、我が輩はずっと物置の奥で特訓を続け、跳び蹴りに磨きをかけ続けていた!」
「そりゃお蔵入りにして表にゃ出さねえよなあ」
「どうして着ぐるみが完成する前に誰も止めなかったんでしょうか?」
呆れるヘイゼルと、横で頬に手をあてたシャンデリカが首を傾げた。
アーチの上ではシャイニングウィザードの口上がまだ続く。
「今こそ我が輩が日の目を浴びる時! さあまずはこの十万人目のお客様を我が輩が全力でおもてなしして進ぜよう──」
「あのう。わたし、お友達と一緒に来ているので、一人で連れていかれても困るんですけどー」
そこで、シャイニングウィザードの小脇にぶら下げられていたレティシエルが上体をひょこりと起こして言った。
「え? そうなの?」
シャイニングウィザードが小脇のレティシエルを怪訝に見下ろした。
「……ですが、そちらのお客様は入場口では確かにおひとりで」
「このバカん!」
再び起き上がった犬のマスコットに、シャイニングウィザードが再び飛び降りて蹴り倒してからまたアーチの上に飛び乗った。
「あ! また捕まえ損ねた!」
「お客様の人数を数え損ねるとは、従業い──マスコットにあるまじき失態!」
クリスリデルの舌打ちを無視してシャイニングウィザードが犬のマスコットを指さして叱責?罵倒する。
「って言うか、起きたんならおとなしく捕まってないで、逃げる努力くらいしようよ」
「あー! きくちばさーん! たーすけてー!」
クリスリデルの平淡なぼやきに、レティシエルが思い出したかのように慌てて手足を振り回し始めた。
「ふふふ。まあまあ落ち着きたまえ。慌ててはいけない」
暴れるレティシエルを事も無げに抱えたままシャイニングウィザードは鷹揚に片手をかざした。
「ならば、……ひい、ふう……合計七名様の姫とその従者の御一行を、改めて十万人目記念来場者として歓迎しよう! このシャイニングウィザード様が!」
「いや、いいから彼女を降ろしてよ」
「え? 俺たち従者?」
「十万人目来場記念特典その1!」
クリスリデルとヘイゼルの文句を遮って、シャイニングウィザードが片手に七枚のパスケースを取り出して見せた。
そして、うち六枚を投げ放つ。
「まずはこの、全てのアトラクション施設を自由にご利用いただける一日フリーパスを進呈しよう! すでに入場券とかを買ってしまったなら、あとで係員に言えば払い戻しできるぞう!」
六枚のカラフルなパスケースが、狙い違わずクリスリデルらそれぞれの手元に落ちてきた。
残り一枚のパスケースを丁寧に手渡しながら、シャイニングウィザードは抱えていたレティシエルをアーチの上に降ろして離れた。
「特典その2!」
パチンと弾いたフィンガースナップと同時に、クリスリデルらの足元のレンガにいきなりひびが入った。
その亀裂は迅速に縦横へ駆け巡り、地響きと共に亀裂の中から飛び出した壁が倒れていたマスコットたちをどこかへと吹き飛ばしながら全員の目前を天高く遮り、一人ずつ分断してしまった。
だが、完全に閉じ込められた訳ではなく、それぞれの後方は拓かれている。
地形変動の余震が収まると、再び七人全員に小さな欠片が投げ渡された。
反射的に受け取ったそれは、真っ二つにされた小さな鍵の片割れのようだった。
「全てのアトラクションのゴールに、あるいは終了時に宝箱が現れる! それは宝箱を開ける鍵だが、ご覧の通り、一人では開くことはできない! まずはこの迷宮を抜け、仲間と再開し、必ずペアでアトラクションをご利用いただく必要があるのだ! さすれば、中身の記念品を進呈しよう! そして特典その3!」
指を三本立てた手を突き出して続ける。
「宝箱の中身は基本的に我らがアブスレードスクエアの記念品だが、どれかにひとつ本日の目玉賞品、一年有効の特別ペアチケットの引換券が入っている!」
「おお!」
「まあ!」
ミーアメリィと、ライブラリア姉妹のどちらかの歓声が聞こえた。
「だがご注意! それはまだ「引換券」! それを入手したのちに、この我が輩と交換することで、特別ペアチケットが手に入るのだ!」
「じゃあ、まずはあのシャイニング何某を捕まえてどこかに閉じ込めておいてからゆっくり園内を探そうか」
「お? やんのか? 我が輩は強いぞう?」
クリスリデルの冷めた呟きを耳聡く聞き咎めたシャイニングウィザードが、アーチの上で拳闘の構えで小刻みに拳を振ってみせた。
「……跳び蹴りが得意技とか言っていたクセに」
「では、ゲームスタートである! 健闘を祈るぞ! また会おう!」
言うだけ言ったシャイニングウィザードは、素早く身を翻すとアーチの向こう側へ怪鳥のポーズで跳躍し、立ち去っていってしまった。
「さて。どうしようかな、これ」
なんだか身に覚えのある怒涛の急展開にぼやきながら、クリスリデルはすたすたと壁の向こうのミーアメリィに歩み寄った。
「ねえミーア。とりあえずみんなと合流しようと思うんだけど」
「ってこのバカ! なにこっち来てんだよ!」
ところが、いきなりミーアメリィがクリスリデルの頭を叩いた。
「なにすんだよ!」
「せっかくパークが用意した仕掛けを無視してくんじゃないよバカ! あんたはまずアーチの上に置いてきぼりにされたレティを救助してこい! そっからは、あんたたち二人で行動すんの! アタシらはアタシらで合流すっから!」
「はあ?」
既視感のある嫌な展開の予感に、クリスリデルは思わず顔をしかめた。
「いや、別に、全員合流してから全員でアトラクション回ればいいんじゃないか?」
「ばかばか! ええいロマンのない!」
その時、壁の向こうで鈍い打撲音の連打が聞こえてきた。
「アルドールくんもばかばか! なに壁を殴り壊そうとしてんの!」
ミーアメリィの叱責に、打撲音がぴたりと止まった。
心なしか、オリオットのしゅんとした気配を感じる。
「みんな聞いて! いいから、全員器物損壊はナシで壁伝いに移動! 誰かと合流したら、手分けして記念品を掻き集めるの! 絶対にペアチケットを手に入れるよ!」
「おっしゃあ!」
「はーい」
「わかりました」
ヘイゼルの、ライブラリア姉妹の返事が聞こえる。壁を一発殴る音は、オリオットの返事だろう。
「よーし。 ほら、クリスはレティんとこ行って。時間もったいないよ?」
じゃ、と手を振ってミーアメリィは身を翻して駆け出していった。
他方の壁の向こうを見ても、それぞれ各方面へと走り出したようだった。
「……ったく。みんな付き合いが良いな」
頭を掻いてため息を吐く。
だが、そんなに悪くない、とクリスリデルは思った。
こういう不合理を敢えて受け容れる事が「遊びの楽しさ」に繋がるのだと、かつてミーアメリィが語っていた事を思い出したから。
「まあ、こういうものかな」
言いながら、クリスリデルは数度の"跳躍"を経てレティシエルが置き去りにされているアーチの上に飛び乗った。
「大丈夫? 怪我はしてない?」
一応聞いてみると、座り込んでいるレティシエルの緩んだ笑顔がこちらを見上げてきたので、少し退いた。
そして素早く飛び付いてきたレティシエルを躱したクリスリデルをなお掻き抱いて捕まえたレティシエルが、クリスリデルの腕を抱きしめて恍惚の表情で呟いた。
「……とくべつペアチケット……」
「別に、誰と誰ととは明記してないからね?」
一応、注釈を入れておいたが、どうも聞こえた様子がなかった。
(この不合理は絶対にいらないぞ……?)




