クォレルクエスト! 02
オーテオフィアスは、フィアスの半島の中程にある唯一の平野地帯で、半島の北海岸沿いを走る外環鉄道と南海岸沿いを走る外環鉄道が唯一同じ市内を通る街である。
その北海岸鉄道の、クリスリデルらの生活圏の最寄りにある駅を内包する巨大複合商業施設の地上フロアを寄り道しながら通り抜け、駅前ロータリーでオムニバスに乗り込み揺られること十数分と歩くことさらに数分、海を望む広大な敷地を持つアミューズパークの正門広場にたどり着いた。
学生にとっては春休み期間でも仕事を持つ大人にとってはただの平日のはずだが、それでもレンガ敷きの正面ゲート前は家族連れを含めた大勢の人々で賑わっていた。
その往来の中をミーアメリィの先導で通過してゆく途中で、遠目にそれに気付いたクリスリデルがふと問いかけた。
「ところでミーア。集合時間とか決めていたのか?」
「別に。適当」
「嘘吐け。なんかあそこに変死体が転がってるんだけどさ」
クリスリデルが指さした案内板の手前付近の路上に、五体投地して突っ伏している赤毛の男の姿があった。
その周囲を、通行人たちが迷惑そうに迂回している。
「あれは、山とかで遭難した人の末路に良く似ている。僕たちは手遅れだったんじゃないか?」
「おせえよ!」
その赤毛の男がいきなり飛び起きるなり半泣きで喚き出した。
「プレーリィてめえどこで道草もりもり喰ってやがった! ケイオンも無視するわこれが二人きりのデートだったら俺ぁ速攻帰ってクソして寝てるところだぞ!」
「うわやだ。あんたとデートとかそもそも来るわけないじゃん。最初っから家出ないで引き篭もってクソして寝てれば?」
「もうやめて! このメンツで小一時間間を保たせるだけでもキツかったのに、俺のライフはとっくにゼロよ!」
悲鳴をあげながら赤毛の半死人・ヘイゼルが呆気なくへなへなと崩折れていった。
「……あれ?」
地に手をついて涙をぽたぽた垂らすヘイゼルの、ある違和感に気付いたクリスリデルが、当人の苦悶の様子にも一切頓着せずに問いかけた。
「ねえ殻斗。その頭、今度はどうしたの?」
「あ?」
問われ、顔を上げたヘイゼルの逆立った赤い頭髪は、なぜか途中で輪切りにされたように天辺が真っ平らになっていた。それも、どうもフチが不揃いのざんばらで、意図して作ったヘアスタイルには見えない。
ヘイゼルにしては珍しいことである。
「……ああそうか。あのあとクリスは出ていっちまったから、知らねえんだよな」
もたもたと起きあがったヘイゼルは、悲嘆に暮れた顔で語り出した。
「一昨日、お前がペリエの事を助けに行ったあと、終業式始まる前に突然アセトのセンセがさ、俺様のアートを指して邪魔だから切れ、って言い出しやがってさ」
見れば、確かに一昨日自慢していた「ラプタークラウン・ヘア」の形状の名残がある。
「俺様の男らしさの象徴だから、男らしく断固として断ったワケよ。そしたらいつの間にかセンセに全身関節技かけられて、身動きできねえ所をどっから取り出したんだかでっけえ枝切りバサミでバッサリよ。あんまりだろ? あのセンセ本当は何モンだよ!」
「まあ、確か、こないだの黄色い箒もそうやって始末されたよね」
学習しないにも程がある。至極当然の流れの帰結であり、馬鹿馬鹿しい話だ。クラスメイトの誰も止めやしないというものだ。
それはさて置いて、クリスリデルはヘイゼルの後ろで所在なげに佇んでいる見知らぬ三人に気がついた。ヘイゼルが招集したというメンバーだろうか。
黒髪で背も高く尖り耳が似合うがっしりした体格の獣人の大男と、揃いの白髪セミロングに白主体のファッションの女子が二人。しかもその女子二人は顔も体格もまったく同じ、双子のようだった。
その内の大男がのしのしと歩み出てきて、クリスリデルとヘイゼルの間に立つと、自身の手首、腕時計をとんとんと指先で示してもの問いたげに首を傾げた。
「……ああ、そうだな。ずいぶん遅かったけどなにしてたんだよ」
大男は、どうやら盛大に逸れていた話を戻しに来たらしかった。
「ああ。ミーアと彼女が駅ん中のブティックの服見てきゃあきゃあ言ってたらオムニバス一本逃してこんな時間でさ」
「やっぱテメエのせいじゃねえかよ!」
「あーもーうっさいなあいいじゃん別にー」
ミーアメリィが煩わしげに両耳を掌で塞いで喚いた。
再び二人がぎゃんぎゃん騒ぎ始めると、大男が今度はミーアメリィとヘイゼルの間を遮るように大きな体をねじ込んだ。
「おいなんだよオリオット! どけよ! そこの女にゃ今度という今度は必殺の引導を」
「…………」
オリオットと呼ばれた巨躯の少年は、ヘイゼルの剣幕にもよらず平坦な顔のまま、水平に広げた大きな両掌を、ひょいひょいと上下に動かした。いわゆる「鎮まれ」のジェスチャーだ。
どうやら、ヘイゼルを宥めているつもりらしい。
「あーもーキリキリしゃべれよ何が言いてんだかさっぱ」
なおもヘイゼルが喰ってかかったその途端、オリオットがやおらヘイゼルを複雑な動作で抱き締めて腕を動かすと、ヘイゼルがたちまち白目を剥いて崩折れてしまった。
そして、唖然とするクリスリデルら一同を振り返ると、脱力したヘイゼルを小脇に抱えたまま、片手を己の胸に添えて示し。
「……オリオット・黒錠・アルドール……」
ぼそぼそとそう言って、のそりと上体を折り曲げた。
なにしろ威圧感溢れる大男のする事である。一同にはそれはまるで格闘球技のタックルの予備動作のように見えた。
思わず緊張と戦慄に身構えたが、オリオットがあっさりと再び上体を起こしたことで、辛うじてそれが自己紹介の後の「お辞儀」の動作だったことが分かった。
「……あ、うん、どうも……」
「…………」
緊張を解いたクリスリデルの返事にも頷きもせず、それきりオリオット・黒錠・アルドールは黙り込んでしまう。
その一種独特のテンポと圧迫感に、クリスリデルを始めとして誰も言うべきことを思いつけない。
そうして沈黙が続くことしばし。
ふと何かに気付いたように小首をかしげたオリオットは、小脇に抱えていたヘイゼルを見下ろすと、やおらおもちゃでも扱うように両手で持ち上げて背中に膝頭を圧し当てると一瞬だけ力を加えた。
「……はッ!」
白目を剥いていたヘイゼルが突如覚醒した。
オリオットは、格闘技か整体の技術でも持っているのだろうか。
「お? え? あれ? なんだっけ?」
地面に降ろされて、前後の脈絡を忘れて狼狽えるヘイゼルの前にオリオットが目線の高さを合わせて屈み込むと、自身の顔と、後ろの双子の少女と、そしてクリスリデルらを順番に指さした。
「お、ああ、そうか。集まったんなら、みんな自己紹介しねえとな!」
復活したヘイゼルが、なにやら快活な調子で仕切り始めた。
どうやら遅刻にまつわる悶着は忘れてしまったようだった。
オリオットが何をどうしたのかは謎だが、都合が良いので誰も追求しない事にする。
「ほんじゃこっちから紹介するな! まずこのでっかいのがオリオット・黒錠・アルドール」
「うん。名前はさっき聞いた」
「なんで知ってんの!」
ヘイゼルが仰天するも、クリスリデルがこの空白の出来事について口ごもっている内にとっとと勝手に立ち直ってしまう。
「まあいいや。 見ての通りデカいナリで馬鹿力持ちで面相がちっとだけ凶悪かもしんねえけど、ちょっぴりシャイで無口なだけでな、けっこう気の利くイイ奴なんだ。仲良くしてやってくれよ。んで」
先ほど一度したにも関わらず、律儀にもう一度上体を折り曲げてお辞儀するオリオットをさて置いてヘイゼルが双子の隣に回り込んだ。
「んで、こちらがご覧の通り双子の姉妹でな。……ええと」
そこで流暢な紹介が途切れたヘイゼルの、双子の二人を見比べる目がふらふらと泳いだ。
双子は涼しい笑顔で見守っているが、ヘイゼルの額にはだくだくと汗が吹き出ていた。
「マテバシーさ。ひょっとして、どっちがどっちか分からなくなったんじゃない?」
「……ごめんなさいッ! ホントごめんなさい!」
ミーアメリィに指摘された途端、ヘイゼルがいきなり土下座して平謝りを繰り返した。
「いいんですよ? 殻斗さん、お顔を上げてください」
「おお……!」
進み出た双子のひとりの慈愛に満ちた声を受けて、まるで赦された罪人のごとき泣き笑いの顔を上げたヘイゼルに、彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま続けた。
「いつもお声をかけて下さるのになかなか覚えて頂けないのには、私たちは慣れっこですから」
にっこりと告げられた、皮肉とも取れる言葉にヘイゼルがびしりと音を立てて岩のように固まった。
「そうしましたら、僭越ながら、自分たちで自己紹介させて頂きますね?」
硬直したヘイゼルを余所に、その双子の片方が一同を振り向いた。
「はじめまして皆さん。 私の名前は、シャンデリカ・浄玻璃・ライブラリアと申します。ご覧の通り双子の姉妹で、私が姉です。以後、お見知り置きを。 そして」
言ってシャンデリカが片手で促すと、後ろにいた双子のもう一人が下がる姉と入れ違いで進み出て、スカートの端を摘んで軽く腰を落として会釈した。
「はじめまして皆さん。 私の名前は、シャンデリカ・浄玻璃・ライブラリアと申します。ご覧の通り双子の姉妹で、私が姉です。以後、お見知り置きを」
言って、もう一人の隣へ戻っていった。
これでヘイゼルが呼び集めたメンバーの新顔三人の紹介が全員済んだことになる。
次はミーアメリィ側の紹介だ。
──と思ったのだが。
奇妙な違和感に囚われた、双子以外の一同の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がった。
互いに目配せを交わしあう。
「……あれ? 聞き間違いかな? いま、二人とも同じ名前言ってなかった?」
「言った、な」
首を傾げたミーアメリィにクリスリデルが同意した。
一同の微妙な空気にもよらず、当の元凶であるところの双子の姉妹は、これで用は済んだとばかりに二人で仲睦まじくくっついて澄まし顔で佇んでいる。
「いやいやいや、なにしれっとした顔してんの。ちょっと、もっかい自己紹介してくれる?」
「はい。承知しました。では」
ミーアメリィの怪訝な剣幕にもよらず、双子の片割れが先ほどと同様に一歩歩み出て優雅に会釈をして見せ。
「はじめまして皆さん。 私の名前は、シャンデリカ・浄玻璃・ライブラリアと申します。ご覧の通り双子の姉妹で、私が姉です。以後、お見知り置きを」
そして繰り返された自己紹介に、ミーアメリィもとりあえずふんふんと頷く。
続いてもう一人が入れ違いに進み出てスカートの端を摘んで会釈して。
「はじめまして皆さん。 私の名前は、シャンデリカ・浄玻璃・ライブラリアと申しま」
「はいストーップ!」
そこでミーアメリィが掌を振り上げて静止した。
「どっち? どっちが本当にシャンデリカさん? いくら双子でもファーストネームを同じにはしないでしょ!」
「あら」
双子が、二人同時に口元に手を添えた。
そして互いに向かい合い。
「リエ姉さま? 皆さんを困らせては、いけませんよ?」
「はい。ごめんなさいリカ姉さま。私、あの赤い切り株頭のことがどうしても腹に据えかねまして、つい心にもない嘘を」
「おい殻斗。なんかお前のせいで僕たち八つ当たりされてるみたいだぞ」
未だに膝立ちの姿勢で固まっているヘイゼルの後頭部をクリスリデルが小突いた。
「え? 俺のせい? 切り株頭ってこれのことか?」
慌てて頭を抱えて立ち上がったヘイゼルに、双子の片方──恐らく最初に自己紹介したシャンデリカがにっこりと微笑んだ。
「ごめんなさい殻斗さん。姉さまがとても困っているみたいなので、とりあえず視界から消えてみて頂けますか?」
(なんかすっげえ罵倒を聞いた──)
クリスリデルが、ミーアメリィが、ヘイゼルが。
同時に感じた戦慄に、反応することすら忘れて絶句した。
「……」
居た堪れない空気の中、やおら動き出したオリオットがのしのしと移動すると、ヘイゼルを背に、その真ん前に立ち塞がった。
「いや待てコラ! 俺を隠していっちょ上がりとか気ぃ利かせ過ぎだろアホンダラ! いいのか! これでいいのか!」
「ええ。大変、結構ですわ」
ころころと、鳩が喉をならすようにシャンデリカが上品に笑う。
「いちばーん。ヘイゼルー殻斗ーマテバシー、歌いまーす。題目はー渚のー」
なにやらヘイゼルが半泣き声で喚き始めるが、その前に立つオリオットが両腕を背後に回して力を込めるなり声が途切れて聞こえなくなった。
「……で。お姉さんがシャンデリカさんだとしたら、妹さんはホントは何ていうのよ。ちゃんと教えてくんないと話しかけんのに困るでしょ」
なんだか疲れた顔で、ミーアメリィがようやく本題を追及した。
「いや、ちょっと待った。二人ともお互いに姉って呼んでるのは、どうして?」
思わずクリスリデルが割り込んだ。
わざとなのか、この双子は話をややこしくする傾向があるように見受けられる。クリスリデルとしては、早めに追及しておきたかった。
「はい。あとで詳しく説明しますけれど、双子は同格になりたがるものなんです。 さあリエ姉さま。きちんと自己紹介をして差し上げて?」
「はい、リカ姉さま」
いちいち上品な遣り取りで、言われた方がスカートの端を摘んで会釈するが、ドス黒さ全開の本性を見せつけられた後ではもはや白々しい。
「はじめまして皆さん。 私の名前は、シャンテリエ・浄玻璃・ライブラリアと申します。ご覧の通り双子の姉妹で、私は姉です。以後、お見知り置きを」
ほぼ同じ音でたったの二文字違い。
双子の命名にはよくある事だが、なんとも紛らわしい。
だが、これでようやくそれぞれの名前が知れた。
「あれ? アンセスネームは本当に同じなの?」
「ええ。そうなんです」
ミーアメリィのきょとんとした問いに、シャンデリカ──先に自己紹介した方がにっこりと頷いた。
「……へぇ~え」
それの意味するところを悟ったミーアメリィの顔が、悪戯めいた笑みを浮かべてクリスリデルを横目にした。
◆◆
ケラサス大陸の名付けの慣習の歴史は、一万年前の魔王大戦終結時にまで遡る。
それはすなわち、『桜金の世界樹』とは別の、呪われた島におけるさらなる魔王封印のために勇者が施した永遠に連なる呪文であると言い伝えられているのだ。
魔王が討伐され、世界に平和が訪れ、そして封印の大地に人々が入植してくるにつれ普及していった慣習で、個人を示すファーストネームと家族を示すファミリーネームと。
そして古き親族の名を受け継ぐことが、島に住む人々の義務とされた。
それがケラサス大陸全土を覆う永遠の封印の呪文。
先祖の名を受け継ぐことで、それは果てしなく繋がり続ける呪文の鎖となって、人々が生活し、名を受け継ぎ、日常で呼び合うことで呪文の詠唱を永続的にし、永遠の封印と成すのだ。
とは言っても、一万年前からの魔王封印の危険度に現実味を感じている一般人は、現在ではもうほとんどいない。
それこそ、旧態依然を良しとするクリスリデルらの祖父母のさらに上の世代までが、ただの慣習として気にしていた程度だ。
だが、それでも問題はないと勇者庁は判断している。
慣習は慣習として大陸全土に既に根付いているからだ。
つまり、ファーストネーム、ファミリーネーム、アンセスネームそれぞれに、きちんと役割や意味が備わっているのだ。
ケラサス大陸においてファーストネームは、よほど親しくない限りは安易に呼ばないし、呼ばせない事が多い。人間関係の基本的な距離感の指針である。
さりとてファミリーネームでは、そこに家族が同席していた場合に個人の呼び分けができない。
そこで活用されるのがアンセスネームだ。
現代では新生児の名付けにあたり、アンセスネームは遠い昔に亡くなっている先祖の名前を拝借する。
これなら当然家族内でも被ることがない。
そして、多くの場合、何事か偉業を成した祖先の名を用いるから、当人にとってもアンセスネームは誇りとなる。もちろん全員が全員とも限らないが。
これが、ケラサス大陸における命名の慣習の歴史である。
ただし、何事にも例外は存在する。
例えば双子や三つ子などの多胎児が生まれた場合だ。
今でこそ「神」や「悪魔」などは一般人からは遠い存在となってしまっているが、一万年前では周囲から見る多胎児の持つ「同一性」というものは、聖性の顕れとされた事があり、とにかく特別扱いされた。
双子の間では意識や感覚が通じるとか、離れて暮らしていてもほぼ同じ運命的要素を得るとかが、遥か昔には真に実在したのだ。今ではすっかり眉唾なオカルト話だが。
それでも、現代での多胎児の特別性は高い。
今でも多胎児の「同一性」を聖視する人は多いので、双子や三つ子が生まれた際にはほとんどの家庭で全員に同じアンセスネームを与えている。
「同じ顔なのに別のアンセスネームが付いているのは祖先に対して失礼」という悪習があった為だ。
さらにはファーストネームもぎりぎりまで似せてまで「聖なる同一性」を保持しようという悪習も未だ続いている。
もちろん当人達にしてみれば、それぞれ別個の人格を持つ個人であるから、多胎児当人達からの反発は多い。
シャンデリカ・浄玻璃・ライブラリアとシャンテリエ・浄玻璃・ライブラリアは、その典型的な悪習の被害者である双子のようだった。
◆◆
「で、年違いの御兄弟姉妹と異なりますのは、いわゆる格の上下がないということです。母親の胎内から出てくる時は、物理的に一人ずつ順番ですけど」
そこでヘイゼルがなにやら顔を赤くしてそわそわしていたが、特に誰も気にしていない。
「どうせ取り上げた医者にもその内完全に区別できなくなっていきます。余所の双子の家庭でも、生まれた順番なんて追及しきれないそうですよ? で、私たちは、お互いにお互いを姉とする事に決めたんです。私たちだけの、独自ルールですけれど」
「へえ~」
得心するミーアメリィの隣でクリスリデルもようやく納得した。
ややこしい事には違いないが。
「おっしゃ! んじゃあこっちの紹介をするね! まずアタシはミーアメリィ・洗朱・プレーリィ。気軽にミーアって呼んで。ほい」
軽快に自己紹介の続きをこなしたミーアメリィが、レティシエルに向かって片手を振った。
「あ、はい! わたしは、レティシエル・ペリエ・コマチアイトです! よろしくお願いしますー」
レティシエルの矮躯がぴょこりとお辞儀し薄草色の髪が跳ねた。
「で、最後、ほれ」
「なんで」
なぜかミーアメリィからぞんざいに手を振られたことにツッコむが、すぐに気を取り直した。
「僕は、クリスリデル・黄朽葉・ランセット。 ちょっとした障害持ちだけど」
と、自身の動かぬ眼球を指先で示しながら、
「詳しい説明はおいおいするけど、今みんなから見ると僕は変な方向を向いてしゃべっているだろうけど、僕からはここにいる全員同時に視えている。特に問題はないし迷惑もかけないから、気にしないでくれると助かる。よろしく」
事務的かつ素っ気ない自己紹介だが仕方ない。軽度の人間不信のクリスリデルにとって、初対面の人間相手にはこれが限度であり、適量だ。
それにしても、さっきからミーアメリィがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているのが丸見えで気分が悪い。何を考えているのやら。
「ええ。存じていますわ。 元四組のハッピーハザードと、元三組のジャンパー症のかたですよね」
「あれ? 僕たちいま自己紹介したよね」
白皙の双子の少女の片方が、気にするなと言ったはずの障害の事を、レティシエルの事までもまとめて持ち出した事が癪に障り、思わず声が冷たくなる。
人のことは言えないが、この双子、さっきから物の言い方を知らな過ぎる。
「名前を名乗ったんだから、名前で呼ぶべきじゃないか? 僕は誰かさんと違って嘘は吐いていないよ?」
「お、おい? クリス?」
突如発生した険悪な空気に気付いたのか、ヘイゼルがオリオットの向こうから呼びかけてくるが、無視。
ミーアメリィの悪癖への警戒もあって、少々イラついているのだ。
「……本当のことをお話ししても、通じないこともありますのよ? 有名な二つ名には間違いなどないのではなくて?」
相手も、なぜか気配を冷たくしてきた。
「おい。 名 前 を 名 乗っ たん だ か ら、名 前 で 呼 ぶ べ き じゃ な い か、って言ったんだけど聞こえないのか?」
今度ははっきりと怒りを込めて、彼女の眉間に向けて指先をぴったりと突き付けて言い返した。
クリスリデルは、喧嘩を売られたと断定した。
久々に感じる冷たく熱い感情の奔流に身を委ね、普段は意識的に気を付けている他者への配慮を一項目ずつカットアウトしてゆく。物理と心理の攻撃のためのマインドセットだ。
ミーアメリィ相手にも、ここまでした事はない。
障害者としての身の上の経験から、クリスリデルは他者を見下す心理を決して許さない。相手が何者であろうと「同格の分際でつけ上がるな」と同じ階梯である事を受け容れるまで叩き潰そうとする。
なぜ彼女が敵対する態度をとってくるのかは分からないが、こちらとしてもそんなものを許容してやる理由もない。
相変わらずヘイゼルが何か喚いているが聞こえないし、なぜかオリオットがヘイゼルの動きを抑えている。
邪魔は──ない。
「では、お訊ねしますわ。 私のファーストネームを呼んでみてください。それができたら、あなたのお名前をお呼びしましょう」
「……は?」
彼女の要求に、クリスリデルは思わずあんぐりと口を開けた。
相変わらずこの双子の話は脈絡が分からない。障害者を貶めておいて、代わりにただ名前を呼べとか、こいつは一体なにがしたいんだ?
ただし、まだ臨戦態勢は解かない。場合によってあらゆる心理的攻撃の手を胸中に並べて構えながら言い返す。
「なにそれ。 あんたはシャンテリエさんでしょ? ついさっき自己紹介をしてもらったから、シャンテリエさんとは違ってよーっく知ってるよ。それがどうかしたの? 自分で自己紹介した事も忘れちゃったのかな?」
ところが、今度は目の前のシャンテリエを含めた、この場にいるクリスリデル以外の全員があんぐりと口をあけて呆然とした。




