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クォレルクエスト! 01

 脳裏をくすぐるケイオンの着信を示すノイズでクリスリデルの意識は覚醒した。

「…………」

 自室のベッドの中、横向きでうずくまる体勢で瞼を瞬かせたクリスリデルは一度きつく目を瞑り枕に顔を強く押しつけると、手を伸ばし、部屋の反対端の机に置かれた携帯型深層領域間交感端末・ケイオスリンクコミュニケーター──昨今の若者たちの間での流儀に倣い「ケイオン」と略称されるそれを、毛布の中で丸まったまま空間を跳躍して手に掴み取り寄せた。

 自分にとっては当たり前の動作なのだが、両親からは「横着だ」としてしばしば窘められていた躾を、眠気を免罪符に無視してディスプレイを覗き込む。

 ケイオンは手のひらサイズの樹脂製の外殻で構成された板状のデバイスで、天面がフチいっぱいまで易象ディスプレイで覆われている。

 そのディスプレイに表示されているものは、使用登録者本人以外には無数の色とりどりのマーブル模様が無軌道に渦を描いているようにしか見えない。

 人の無意識にアクセスし、ニュアンスや直感といった領域に語りかけるこの交感端末は、言語や視覚的画像イメージといった冗長な具体的情報の遣り取りを目的とはしていない。

 それ故に、インターフェースもその概念も、他の電力式コンピュータデバイスとは根本的に異なる。

 これは端末に登録した人々の無意識の深層領域とそこで渦巻く認識や波打つ意識を図案化したマップであると同時に、いわゆるホーム画面でもある。

 表示を読みとったクリスリデルは、それがリアルタイム相互交感ではなく一方交感──短文の伝言・メールであることを確認すると、指先でディスプレイをつついて操作し脳裏をくすぐる着信ノイズを切った。

 続いて表面に指を滑らせて連動して動くマーブル模様をかき混ぜると、着信した新規情報のマーブル模様を呼び出して指を離した。

 無軌道な渦の流れでも、使用者にだけはその意味が理解できるようにできている。

 その情報を示す模様は、ディスプレイに渦巻く全体の中のほんの一部に過ぎないが、この端末での遣り取りにおいてはそれで充分。そのマーブル模様が目に入りさえすれば、端末と直結した無意識がそこに込められたニュアンスを再構築し、意識がそれを理解するのだ。

『みんなで遊びに行くぞ。おまえも来い』

 あくまでもケイオンで伝わるのは、散文的で簡易なニュアンスのみ。

 けど、その特徴的な感応模様の主がミーアメリィであることは一目読み取っただけで分かっていた。

 だから、記録された内容を理解するよりも早くクリスリデルは盛大に顔をしかめた。

 

 離れた場所からのコミュニケーションや情報の遣り取りを目指して開発された「音声や画像を信号に変換して送受信する、電気を動力とする通信端末」と、「深層領域にてニュアンスのみで遣り取りする、マナを動力とする交感端末」の二種の携帯型コミュニケーションツールの市場争いは、結果ケイオンの方に軍配が上がった。

 曖昧な内容でも、より手早く簡易に遣り取りできるケイオンの特性が、現代の若者たちの感性に適合したのだと産業情報誌では謳われていたが。


『うるさい。どこにでも行け』

 クリスリデルは寝起きの苛立ちも練り込む勢いでマーブル模様を乱暴にかき回してそのようなニュアンスを入力し、ディスプレイをタップして送信した。

 こちとら一昨日、密室で徹夜で鬼ごっこをさせられてから昼夜の感覚が逆転し、一日寝潰しても疲れが抜けきっていないのだ。

 しかも今さら小さな子供じゃあるまいし、いちいち休日に集まって遊びに行くなど付き合っていられるか。

 だからそのまま布団をかぶり直して二度寝に突入した。

「うるさいじゃねえ! 起きろバカクリスー!」

 ところが、玄関の外から当のミーアメリィの怒声が響き、驚愕のあまりクリスリデルは眠気と布団を吹き飛ばして跳ね起きた。

「あれ? きくちばさん寝てました?」

 しかも、あろう事かレティシエルの声まで聞こえてくる。

「眠そうなリプライだったけど返信してきたから起きてるよ。 でもどうせ居留守を決め込むつもりだろうから、レティ、このドアいつもの爆発で吹き飛ばしちゃおうよ」

「えー? ミーちゃんそんな事ができるんですか?」

「あんただあんた。 まあいいや。ちょっと離れてて。どの角度で蹴ればこのドア綺麗に吹き飛ぶかな」

 さらにこちらの行動を読み切った上で躊躇なく強行突破に踏み切ろうとしているミーアメリィの言動に血相を変えたクリスリデルは慌てて三度"跳躍"して玄関を超えて飛び出すなり、そこにいたレティシエルとミーアメリィの顔面を鷲掴みにして立ち塞がった。

「おー起きてきた起きてきたいきなり何すんだよコラ」

「もがー、むうー」

 レティシエルはもがもがと呻き、ミーアメリィは顔面を掴まれながらもこちらの腕を掴み返して片手で脇腹を小刻みに殴り返してくる。

 玄関からクリスリデルがすり抜けてきたように見えたはずのレティシエルは、さぞかし泡を食ったろう。

 けれど、ミーアメリィはそんなものは慣れっこな様子で、クリスリデルの怒りなどどこ吹く風といった感じも相変わらずだ。

「朝っぱらから人んチの玄関を突貫しようとかおまえ、僕とご近所と各方面に御迷惑だろ! なに考えてんだよ!」

 ここは単身の学生専用のアパートメントで、クリスリデルは親許から遠く離れてこちらのハイスクールに通う為にここに住んでいる。ここの住人すべて、通う学校こそ違えど、皆似たような立場の学生だ。

 そして決して広くはない。やむを得ない生活音はともかく、余計な騒音は自重するのがマナーだ。

 そもそも玄関を挨拶代わりに破ろうとするのは論外のはずだが、そう言えばこの二人の脳味噌も実に常軌を逸していたのだという事に気付き、軽く絶望に目眩を感じた。

 ミーアメリィの言動はクリスリデルが飛び出してくると踏んでのハッタリであると同時に、クリスリデルの対応が遅れていたら躊躇なくドアを蹴破っていただろう。

 そして「なに考えてんだ」と怒鳴ったところで隣近所への騒音の迷惑についてはどうせこれっぽっちも考慮すらしてなかったに違いないと分かるから重ねがさね腹立たしい。

「えー? だってクリスったら子供みたいにダダこねっからさあ」

「子供みたいに人の家の前で騒いでどの口が言うかな!」

 しかも自分勝手な屁理屈を捏ねさせたらミーアメリィは折り紙付きだ。

 顔面を掴むクリスリデルの手をあっさり解くと、あっけらかんと続けてきた。

「だから、遊びに行こうって。せっかくの春休みだってのに、樹人(トレント)のジジイじゃあるまいし、部屋ん中で光合成してようったってクリスだとそのうち死んじゃうぞ?」

「放っとけよ。あと樹人(トレント)が光合成だけで生きられるってのはさすがに都市伝説だろ」

「あのう。うちのおじいちゃんがですね」

「いや別に事の真偽はどうでもいいよ!」

「おおおう!」

 顔面を掴まれたまましゃべりかけたレティシエルの頭を乱暴に揺すって言を遮る。

 怖くて聞きたくなかった。

「はわわわ……」

 突き放されたレティシエルは目を回してふらふらしている。

「とにかく、話の続きは下で聞くから、ロビーで待っててよ。ここで騒いでても迷惑だろ」

「あいよー早く降りてこいよー」

 あっけらかんと頷いたミーアメリィは、未だ平衡を失ってふらふらしているレティシエルの肩を押して階下へ至る通路を歩いていった。

「……ったく」

 目的を果たしたからこそあっさり立ち去っていったが、これで無視して二度寝を決め込もうものなら、今度こそミーアメリィは室内まで突撃してくるだろう。

 クリスリデルは部屋に戻り、仕方なく身支度にかかった。

 そこでようやくクリスリデルは寝起きのままのあられもない格好で女子二人の前に飛び出したことに気付き、しばし頭を抱えて懊悩した。

 下着姿でこそないが、よれよれのアンダーシャツにだぼだぼで着崩れたジャージとか、年頃のクリスリデルとしても絶対に他人に見られたくない姿だ。ミーアメリィならともかく。

 無意識に、出会ってたった数日のレティシエルのカテゴライズがいつの間にかミーアメリィと同類になっていた事にも、いま気付いた。

 それは、気が置けない友達が増えたと言うよりは、厄介者が増えたという意味であるが。

(……しかも、ノーリアクションなんだよなあ)

 恋人気取りで羞恥心も持ち合わせているわりに、どこか注意点がずれているレティシエルのツボが未だに理解できない。

「…………」

 シャツを脱ぎ捨てた裸の胸板の上にぶら下がる珊瑚色の石を摘み上げ、クリスリデルは我ながららしからぬ懊悩に気付いて、ふっと苦笑いした。

 その珊瑚色の石に向かって。


「お。降りてきた」

 アパートメントの入り口の前で、缶ジュースを呷っていたミーアメリィがこちらに気付いて振り返った。

 隣でレティシエルも両手で缶ジュースを抱えて飲んでいる。

 天候は晴れ。だが、初春らしくまだまだ肌寒さが残るが昼には清々しい陽気となるだろう、と言ったところ。

「……あのねミーア。そう言えば僕もすっかり失念してたんだけどさ」

「なにー?」

 きっちり身支度を整えてそこそこ余所行きの組み合わせに着替えたクリスリデルだったが、つい先ほど気付いた懸念事項に頭痛が疼いて顔色が優れない。

 まずはそれを払拭しておくことにする。

「ここは、男子専用のアパートメントだから、用があるならロビーからケイオンかインターフォンにしてよ。お前はともかく、そっちにどんな不幸な事故が起きるか分からないだろ」

 傾けた缶の向こうから丸い瞳でこちらを眺めているレティシエルを指して言う。

 ところがミーアメリィは顔面をニンマリを嫌な笑みに変形させた。

「え? なにそれ? クリスがレティを部屋に連れ込むかもしれないって事?」

「えー? あわわ、どどどうしましょう! ままままだココロの準備が」

「分かった。もう君らについては心配しない事にする。好きなだけ寂れた路地裏とかでヴァンパイアとかに喰われるといいよ」

 きゃあきゃあ喚き合って聞こえた様子のない女子二人に盛大に嘆息し、抱えていた頭痛を側溝のドブに投げ捨てた。

 気にするだけ無駄だった。

 実際のところは、「気まずいから男子用アパートメントの中に女子を歩かすな」と隣人に愚痴ともつかない文句を言われるのが鬱陶しいから注意喚起しただけの事である。

 特にミーアメリィは、クリスリデルが二年ぶりにオーテオフィアスに単身で戻ってきてからは、しょっちゅうここの部屋に遊びに来ていたのだ。今さら何を言っても無駄だろう。

 とりあえず言うだけは言った。義務は果たした。だから他の住人の煩悶などもはや知ったことではない。

「で? みんなで、って言ってたけど、他には誰が来るのさ。行き先は?」

「ああ。北の駅の向こうのアミューズパークで待ち合わせ。アタシはレティとクリスを迎えに来たんで、あとのメンツはマテバシーの奴が掻き集めてっから」

 ジュースを片手に一方の手でケイオンをいじりながらミーアメリィが応えた。

「殻斗が? ウチのクラスの誰かが来るの?」

「あははクリスしっかりしろよ。一昨日終業式だったんだぜ? それに、だったらなんで隣の四組だったアタシとレティがここに来てんのさ」

 ミーアメリィは、どうも予定のメンバーはクラスの括りではない可能性を示唆しているらしいが。

「……見ず知らずを集めて遊びに行くとか、おまえら正気か?」

 障害者ゆえ、クリスリデルとしては初対面の他人はひどく苦手だ。なにしろ、他の知り合いにした説明をまた全て繰り返さなければいけないのだ。そして理解を得られるとも限らない。

「まあまあ。半数が知り合いならまだマシだろ? それに、ただでさえクリスはトモダチ少ないんだからこういう機会と縁は大事にしたほうがいいよー? 新年度が始まる前に面通ししとけば余計な心配も減るじゃん」

「友達少ないは余計だ」

 つい憮然と言い返してしまう。

 だがまあ、クリスリデルの身の上に詳しいミーアメリィと、親身に心配してくれるヘイゼルが気を遣ってくれているのだということは、素直にありがたいと思った。

 自分は、障害者なのだから。

 あと、レティシエルの為でもあるのかもしれない。

 もしも今日のこの企画にそんな意味があるのだとしたら、もしかしたら今日ヘイゼルが集めるメンバーの中にレティシエル向けの良い人材がいるかもしれない。

「あうう。そんなに見つめないでくださいよう照れてしまいますう」

「見ーてーなーいーよー」

 戯けた声音であしらうが、こちらの目線に気付き始めたレティシエルの勘の良さに胸中で舌を巻いた。

 アセト教師からのお守りの依頼についてはまあ適当になんとかするとしても、いずれ他に適任が現れてくれれば交代することもできるはずだ。

(頼むよ殻斗! 誰でもいい! こいつを引き取ってくれる奴を連れてきてくれ!)



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