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こい【恋/故意】のはじまり こうりょう【荒涼】し

◆厳重注意!◆

当作品では、物語上の重要な要素として「障害者」を取り扱っております。

物語として語る以上、様々な状況が想定されますので、苦手な方、否定的な方は絶対に読まないようお願い致します。

なお、作者個人には決して悪意や偏見などの思想はありません。あしからず。

 このケラサス大陸の中心には、『桜金(おうごん)の世界樹』と呼ばれる伝説の巨大樹が立っている。

 それは山岳と見違うほどに巨大な一本の樹であり、その根元は都市ひとつを飲み込むほどの広い範囲を埋め尽くし、張り巡らされた無数の根からは異様に太く捻じくれた幹が伸び、途中から無数に分岐した先もまた非常に太く、もはやどこからが幹で枝なのかも分からないほど。

 おかげで無数の分枝の隙間からなる洞穴を内部に形成しており、まるで迷宮の様相を呈する間隙の深層部には、伝説当時の古代生物や魔物が今も潜んでいると噂されている。

 そんな有象無象の伝承を内包する世界樹は、幹枝の至る場所から脈絡なく芽を吹いては無数に瑞々しい桜金色の花を咲かせており、遥か遠くからその姿を見たなら、まるで冠雪を頂く壮大な霊峰のように映るだろう。


 そんな巨大樹を『桜金の世界樹』と呼ばせしめた伝説とは、一万年前に起こったとされる魔王大戦に由来する。

 かつてケラサス大陸は「呪われた島」と呼ばれていた。そうだ。

 世界に跳梁跋扈していた「魔物」と呼ばれる害獣発祥の大地であり、それら魔物どもの王「魔王」が支配する領地であったから。

 そして曰く言うところをざっくりまとめると、「いずこからか現れた勇者が、世界中から仲間を大勢引き連れて、世界を混沌の闇に沈めようとする魔王を討伐した」といった伝説で、討伐後、地中深くに埋められた魔王の真上に植えつけた神聖樹の苗が、残留する魔王の瘴気を吸収し浄化し続けながら成長して、現在のこの姿になったのだと言われている。

 樹と呼ぶにはあまりにも巨大な、この姿に。


 あまりの大きさに、終末論者やオカルト趣味の間では今でも「吸い込んだ瘴気でやがて爆発するのでは」とか「実は地中に埋められた魔王が天空の神へと手を伸ばしているのだ」などと囁かれたりしている。

 ところがその高さは毎年計測されており、今年の報告では1268メートル。去年より3メートル縮んだが、枝の入れ替わり程度の誤差であり、特にこれと言って意味のある数字ではない。

 もちろん爆発などしないし、世界樹の上には空しかない。


 伝承や御伽噺において『桜金の世界樹』と言えば大陸の中央にそびえ立つそれを指すが、実は同じ種類の樹は大陸全土に分布しており、大きさは3~5メートルと同種とは思えないほど小さいが、全て「桜金の世界樹」と呼ばれ、今や実に一般的な存在となっている。

 もっとも、一年中花が咲きっぱなしなのは大陸中央の『桜金の世界樹』のみで、それ以外の世界樹が花をつけるのは、春の一定期間だけである。


 折しも今は春真っ盛り。今だけは大陸中で世界樹がその花を咲き誇らせている。


 そしてその世界樹の中でもここ、ケラサス大陸の東の端に突き出た半島にある町「オーテオフィアス」の山の上に立つ世界樹には、他所の世界樹のある町と同様、年頃の少年少女の間に伝わる とある噂があった。

 曰く、「桜金の世界樹の下で告白し、結ばれた二人には護世の樹の加護と永遠の祝福がもたらされる」のだとかなんとか。

「……ばかばかしい」

 好きとか嫌いだとかを最初に言い出したのはどこのどいつだろうかとどこへともなく悪罵を垂れ流しながら、世界樹の下で少年は焦点の合わない目つきで遠い街並みを見下ろしていた。

 ふと気付いて、胸元で風に揺れる珊瑚色の石を掴み、ペンダントを襟の中に押し込む。

 隠すのなら着けなければいいとよく言われるのだが、知った事ではないし、外す気もないのでそのままだ。

 背が高くひょろりとした痩身で、その上すその長いシャツも相まって非常に細長く見える。

 風に吹きなぶられるままにしている栗色の髪も、猿人(エイブズ)の標準的な特徴だ。

 ただし、全く微動だにしない眼球は、彼の生来の疾患によるものであるが。

 再び、ポケットから手紙を取り出した。


 ──クリスリデル・黄朽葉・ランセット様へ──


 封筒には少年の名──クリスリデル・黄朽葉(きくちば)・ランセットへの宛名しかなく、差出人の名前もその特徴を示すものもどこにも書いていない。

 内容は、曰く「長らくお慕い申しておりました。大切なお話がありますので」とこの町内でもっとも有名な場所であるこの世界樹が指定されてあった。

 世界樹にまつわる恋の噂程度は、クリスリデルも聞いたことくらいはあった。エレメンタリーからジュニア、ハイスクールの教室で、血の気の盛んな連中が鼻息を荒くしているのをよく見かけていた。

 が、このフィアスの半島の先端にある観光地の「恋人岬」と同じくらい胡散臭い噂だと思っている。

 むしろ、首都の隣にある超巨大ドリームレジャーランドでのカップル離縁率のほうがよっぽど信憑性があると思っている。

 しかも、よりにもよってこの自分を指定してくるなど。

 どう考えても悪戯目的としか思えない。

(まあ、どんないたずらか楽しみではある)

 なにしろ、周りの言う「いたずら」とやらに生まれてこの方ひっかかったことがないのだ。

 嘘の情報で騙されたことなら、ある。

 だが物理的なトラップには遭ったことがない。

 例えば、閉じかけたドアの上に物を置き、気付かずに開けた者の頭にそれを落下させて喜んでいるクラスメイトを見かけたことがあるのだが、クリスリデルはそういうものを見逃しようがないのだ。体質的に。

 足首の高さに張られたテグスも、皆が「落とし穴」と呼ぶ巧妙に表面を偽装された地中の空洞も、クリスリデルにはまるで意味が分からない。

 それに引っかけてクラスメイトがはしゃぐのも、引っかかって悔しがるクラスメイトも、意味は良く分からないが、とても楽しそうだった。

 それを羨ましいと思った。

(ああ。どんな仕掛けが来るんだろう)

 既に手紙の内容は、ここに自分をを誘き出すための虚偽だと看做している。

 色恋の話には興味がない。クリスリデルの楽しみはこの一点に集約されていた。

「……ぁぁぁぁ」

「?」

 その時、どこか遠くから、長く尾を引く女声の絶叫が聴こえてきた気がした。

「ぁぁぁぁぁぁあああああああああっ」

「げ」

 山のふもとの林と植え込みを駆け抜けてきた人影に、クリスリデルの整った澄まし顔が一転して渋面になった。

 あんな必死の形相は初めて見るが、それは知った顔だった。

 隣のクラスの問題児と言われる女の子。名前も知っている。レティシエル・ペリエ・コマチアイト。

 非常に小柄で、細身で色白の体躯に草色の柔らかな髪が特徴の樹人(トレント)の少女である。

 特に種族全般が思春期にかけて薄桃色の髪がまばらに混じる特徴的なセミロングを爆発的な勢いで振り乱しながら一目散にこの山頂めがけてけたたましく駆け登ってくる。

挿絵(By みてみん)

 クリスリデルの渋面の原因はそれだけではない。

 慌てて全方位を確認すると──あった。街のどこかで今、赤い光芒が噴き上がり、道路に沿った複雑なジグザグ軌道を稲妻のように瞬時に描いてこちらに接近してくる。

「ああああああああああああ!」

「え? や、ちょっ」

 まず、クラスメイトが仕掛けた悪戯の会場だと思っていた現場であるはずのここに、隣のクラスの、しかも問題の人物が現れた理由に見当が付かずに混乱し、そして彼女があの形相でこちらに迫ってくる訳が分からずに混乱し、さらに地上を疾る赤の光の意味に恐怖し混乱した。

「あああああああああっ! きくちばさんっっ!」

「うわああっ!」

 とうとう山頂まで駆け上がってきた少女・レティシエルはそのままの勢いで世界樹の脇を駆け抜けてクリスリデルの横腹に激突した。

「げふう!」

「突然お呼び立てしてしまってごめんなさいきくちばさんとりあえず急いでお話ししないといけないのでちゃんとこっち向いてくださいっ!」

「いたたたた」

 飛びついてきたレティシエルの勢いに飲み込まれて目を白黒させていると、街の方を向いていた体勢を細腕とは思えない力で強引に彼女の方角へ90度回転させられる。

「い、いやほら、僕はどっち向いてても見えるから」

「お話しする時はちゃんと目と目を見て話さないとダメなんですっ!」

「んな無茶な」

 混乱に泡を食うクリスリデルを、半分くらいの小さなレティシエルが両手を掴んで体格差をものともせずにがっくんがっくんと振り回す。

「て、て言うかなんで君がここに」

「ああもういいから聞いてくださいっ!」

 言い募ったクリスリデルをひと揺すりで黙らせると、レティシエルはまくし立てていた言葉を切ってすうはあと深呼吸をし、やおらしおらしい態度に切り替えると神妙な、切なげに見えなくもない表情を作ってクリスリデルを見つめてきた。

 赤らめた頬はともかく、汗だくで全力疾走直後の動悸でぜいはあ言っているのは異常犯罪者が興奮しているようにしか見えないし、フリルのついた余所行きらしき衣装も、しわくちゃになっていて様になってない。

 その時、とうとう赤い輝きがふもとの植え込みを突破した。

「……わたし、あ、あなたのことが、す」

 赤の光芒がレティシエルが走ってきた草原の道筋をそっくりそのまま辿り上げて少女の足元に激突するや否や彼女を中心に甚大な爆発が巻き起こった。



 これによって、オーテオフィアスの町のシンボルである世界樹が真っ二つになって倒壊した。

 この事故による怪我人はなかった。


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