ト
ここに華子の平日の活動を留めた映像がある。本日はこれの上映会、否、観賞会、否、上映、どちらでもいいが、見てもらう。その間に筆者はタイムマシンに乗って四百年近く前まで戻ることにする。帰ってきたらおもしろいものを見せる予定であるため、楽しみにしていてほしい。とはいえ、あまり期待されても正直困ったもので、ハードルを上げ過ぎてはいけない。上げすぎたら、筆者は中をくぐる。きっと自分の幅がわからなくて、引っかかってしまうに違いない。その時は笑わずそっとしておくか、黙って手助けしてほしい。それもやはり悲しいので、適当に声をかけてほしい。「やっぱり今回も駄目だったよ。次はこれを見ている奴にも付き合ってもらうよ」だが断る。一度は言ってみたい台詞だね。きっと嫌われるから、皆は使っちゃいけないよ。
華子の容姿の話をする。
適当に想像してほしい。
華子の身長は低い。
背の順で並べば、必ず一番前である。
とはいえ、華奢ではない。
肥満でもないし、骨太でもない。
いわゆる、日本人の標準体型である。
彼女には悩みが多くあったが、どれも些細なもので、たまに思い出してはすぐに忘れる悩みであった。
悩みの一つに、同期で身長も近い女性のことがあった。
その女性は華奢で、華子と同身長だというのに、華子よりよほど小さく見える。
華子は別に小さい子と思われたいわけではない。
だが、比べられて、あいつ太ってるよなとは思われたくない。
口調や残念な思考どうあれ、乙女なのである。
体型のことを言われると、さすがの華子も傷つく。
翌日には忘れてしまうのは、きっと自己防衛反応だろう。
華子は黒目黒髪である。
ストレートというほど真直ぐな髪ではないが、くせっ毛というわけでもない。
髪は胸を隠すほどの長さで、左右で結われている。
前髪は目を隠すか隠さないかといった長さである。目は痛くないのだろうか。
前髪のせいか、遺伝か。
華子は眼鏡をかけている。
裸眼でも生活できないことはない。
眼鏡をかけている方が目を悪くする。
知っているが、華子は眼鏡をかけている。たまに伊達眼鏡をかける。
だが眼鏡が特別似合う顔というわけでもないし、彼女自身似合うどころか気持ち悪いと思っている。
何がしたいのかわからない。
制服はセーラー服である。
冬は黒のセーラーで、リボンやラインが紺色。
夏は、上が白で他は冬と同様である。
華子は冬場、セーラーの上に紺のカーディガンを羽織っている。
セーターを制服の中に着なければならないため、校則違反といえば違反である。
だが、彼女も教員も気にしていない。
たまに風紀検査があるが、その際はカーディガンを脱ぐため、何も言われない。
そんな中学校でいいのだろうか。
さて、彼女の成績はどうだろうか。
学力は中の下といったところ。
宿題はきちんと出すし、授業中は起きている。
ノートも一応提出するが、板書していない。
たまに文字が書いてあっても、教科書の写しである。
ノート提出前に急いで書いた感がある。
塾には行ってないようだ。
親に行けと言われるものの、行きたくないの一点張りである。
子供の人権は守られるべきだ、とかなんとか、彼女の親は強制しない。
彼女の1年3学期の通知簿を見ると、5段階評価で9科目平均3.1。
2年になっても相変わらずである。
全国模試は何とも言えない順位になる。前述とおり、中の下といったところだ。
生きていく上で学力など関係無いとは思ってはいけない。
いずれは己に返ってくるのだから。
とはいえ、中学生にはそんな話でさえ酷である。
想像しようにも、どうにもぼやけてしまうそうな。
◆
時刻は午後一時。
午後の授業が十五分後に始まる。
まだ蝉の音が騒がしい九月の頭。
夏休みがあけて数日しか経っていないためか、生徒の脳は大半寝ている。
華子も例外ではなく、暑さと蝉の鬱陶しさに、その日の午前中は常時呆けていた。
当てられても反応をしなかったため、きっと評価は下がったことだろう。
「暑い」
「暑いゆうたら、余計暑くなる気ぃせん?」
「どうしろと。涼しい。寧ろ寒いくらい。うわー、超寒い」
「棒読み」
華子の反応に、北野希衣がクツクツと笑う。
希衣は華子の同級生で、毎試験学年1,2位にいる。
だが、予想はしていたろうが、この中学校、阿呆の巣窟である。
そのため、全国模試の成績を見てみよう。
希衣の順位は上の中である。なぜこんな公立中学に来てしまったのか。
「暑いもんは暑い」
華子は、机に伏せる。
伏せた体勢も楽ではないため、すぐに起き上がるが、伏せたい気分である。
どうでもいい葛藤が生じた。
「そうやけどさぁ。せや、怪談でもしたら冷えるんちゃう」
「階段は涼しそうだけど、もうチャイムなるし」
「ちゃうちゃう。カイダン違い。怖い話よ」
「ああ。何かネタあんの」
「してもええん」
「冷やしてくれ。五時間目に起きていられないくらいに冷やしてほしい」
「どないや…」
◆
昔の話である。
江戸の始め。戦国の終わりと言うべきか。
大阪の役のことである。
ある西軍武将の首が取られた。
総大将ではない。
六文銭のあの人物である。
江戸の征夷大将軍が恐れた人物の、息子だ。
なんと、見るも無残な最期であった。
これが本に、日本一の兵であったのかと疑いたくなる。
あっけない最期であった。
体力の限界であったのだろうか。
首を取った某は、アレは本に六文銭のあの者であったのかと、疑問であった。
未だ荒れている世を見ながら、役のことを思い出す。
落ち着いた世を見ながら、役のことを思い出す。
ある晩のことである。
某が、寝床に就いて二刻が過ぎたかというころ。
月は高い。
某は、ふと目が覚めた。
まだ起きるには早すぎる。
何か、良くないことが起きているのではないかと、某は体を起こそうとした。
うまく体が動かない。
金縛りにあったか。なら、己の命もここまでか。
声も出ぬ中、某は時が経つのを待った。
しかし、何事も起こらぬまま、夜が明けた。
翌日も同じことが起きた。
ふと目が覚める。金縛りにあうが、何も起こらず夜が明ける。
その翌日もそうであった。
そうして一週間が経過した。
途中、医者や僧にみてもらうも、原因が不明であった。
◆
「いや、いい。続きを言わないでいい」
「話しは中途半端、オチはない、ええんかそれで!」
「ええよ! まったくもって問題無い! て言うか何それ、史実? 事実? 妄想?」
「選択肢に“作り話”という表現がほしい。もちろん、史実ちょくちょくの作り話よ」
「冷えた。十分冷えた。そんな史実あってたまるか。原因不明の金縛りとか嫌過ぎる」
「いや、作り話やって…。オチとしてはな、その武将は生きてましたよーて話」
「は?」
「六文銭の武将は、役で亡くなったとも、逃げたとも言われとんねん。歴史興味ないからなんとも言わんけど」
「そもそも江戸っていつだっけ」
希衣は一間空けてから「もう、いつでもええわ」と呆れ口調で応えた。
江戸幕府は1603年から。ついでに1600年に関ヶ原の戦い、1614年に大阪冬の陣、1615年に大阪夏の陣があった。
それを華子に教えたところで、きっと翌日には忘れてしまう。へたをすれば、三歩進んだら忘れるのではないだろうか。
そこまで鶏とは思わないが、この友のことである。やりかねない。
「チャイム鳴るわ。席戻るな」
「ん」
希衣は自分の席に戻っていった。
華子の、眠くて長い五時間目が始める。