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筆者が録画をし損ねたおかげで、あの後のことが分からずじまいになった。あとでタイムマシンに乗るとして、最近の二人を見てもらうことにする。年が明けてしまったため、一応おめでとうを言うことにする。曇天のためご来光が拝めず、大変残念である。解せん。雲め。筆者は二人の観察も忘れ、試験勉強もせずにゲームをすることにする。「焦る必要はないさ、時間はいくらでもあるんだ」色々気にしたら負けってことさ。時は2012年。辰年の睦月中旬。
「今年が辰年だということを最近知った」
華子がそう話題を振ってきたのは、辰年になってから半月が過ぎた頃だった。
たまたま某神社の前を通ったため、思い出したのだろう。
ナキは「辰年といえば」と話題を振る。
「干支自体は知ってるよね」
「ああ。12匹いるアレだろ」
その表現はどうかと思うが、今更である。
華子は通常運転だ。
「華子は丑年生まれだっけ。なんで牛か知ってる?」
「はぁ?」
眼を飛ばさないで下さい。
ナキは苦笑しながら、続ける。
不機嫌そうに「ああ?」とか言われても、めげてはいけない。
しばらく同居して学習したことの一つである。
どうやら癖らしく、とくに不機嫌というわけではないらしい。
寧ろ、興味を持ってくれていると思ってもいい。
本当に興味がない、こいつ何言ってんだと思っているときは、反応が皆無なのだ。
全く、友人がいないわけである。
「年の暮れに神様が動物たちに言ったんだ。『元日の朝、新年の挨拶に来い。一番早く来た者から十二番目の者までは、順にそれぞれ一年の間、動物の大将にしてやろう』てね」
買い物から帰宅する途中であったため、歩きながらの話になった。
華子は前方を見ながらも、耳をナキの声に傾けている。
「動物たちは、俺が一番だーつって、気張って元日が来るのを待っていた。ところが、猫は神様のところにいつ行くのか忘れてしまったので、ねずみに訊いたんだ」
「ああ、騙されたのか」
「ご名答。ねずみはわざと一日遅れの日を教えてやった。猫はねずみが言うのを間に受けて、喜んで帰っていったと」
「ざまぁ」
ナキは苦笑する。
「元日。牛は『俺は歩くのが遅いから、一足早く出よう』つって、夜のうちから支度をして、まだ暗いのに出発した。車」
話の途中で、ナキは華子を自分の右側にやった。
正面から車が来ていたためである。
一方通行というほど狭い道ではないが、二台すれ違うにはきつい道路である。
歩道はなく、かろうじて細い路側帯があるだけ。
なかなか危ない道である。
車とすれ違い、落ち着いたところで、ナキは続けた。
「牛小屋の天井でこれを見ていたねずみは、牛の背中に飛び乗った。そんなこととは知らず…」
「気づけよ」
「そこはそれ、そっとしておいてよ。お前らが作った伝承だろう」
「知らん」
華子は、以前にもまして口調が荒くなった気がする。気のせいではない。
これから受験生になるというのに、面接などは大丈夫なのだろうか。
よく華子の両親がそんなことを言っているため、天狗であるはずのこちらまで心配になる。
「牛が神様の御殿に近付いてみると、まだ誰も来ていない。我こそ一番! と喜んで待つうちに門が開いた。とたんに牛の背中からねずみが飛び降り、一番になってしまった。それで牛は二番、それから虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の順で着いた。猫は一日遅れで行ったものだから番外で仲間に入れなかった。それでねずみを恨んで、ねずみを追い回すらしい」
「ねずみがうざい」
「ねずみに謝れ」
言っているうちに、華子宅へ到着。
なぜ飲料の入っている袋というのは、手に食い込むのか。
重いのだから、仕方ないといいたいところではあるが、この痛みはどうにかならないだろうか。
一度、華子に布を渡された。
それはそれで、面倒なので、数回使ったはいいが、途中から布の存在自体忘れてしまった。
きっと華子の箪笥の中に帰っていたろう。
「さて、今晩はもつ鍋やで」
「牛の小腸?」
華子は答えず、にやけているだけである。