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普段は特に占いを見ないというのに、今日に限って星座占いを見てしまった。結果は12位。星座は12。順位は12。つまり最下位である。内容は、今日は言葉に注意すべき一日になります。深く考えずにした発言が命取りになる可能性があるのです。会話をする時は相手の気持ちをしっかりと思いやるようにしましょう。無理だろ。普段あまり占いを信じない筆者でも、正直リアルすぎてもう駄目だろ。そういえば、普段から口は悪いから変わらないんじゃ。「ああ、やっぱり今回も駄目だったよ。これを見ている奴にも付き合ってもらうよ」。
ナキを自宅に招いた本来の目的。
天狗の話を聞く、ということを忘れてはいないだろうか。
物珍し気に、室内の物や窓の外を見るナキを、華子は呆然と見ていた。
端整な顔立ちをした男が、乙女の部屋を吟味している図は、何とも面白い。
などと思っている場合ではない。
華子は思い出したかのように、本題に乗り出した。
「ナキ。天狗について話が聞きたい」
「いいよ。何から話そう」
「天狗というものが何なのかが既に分からない」
「うん。初期の天狗についての話からでいいかな」
華子は黙って頷く。
興味津津に、ナキの言葉を待つ。
眼鏡をかけているだけあって、普段目は細い華子。
それが、開かれている。
色素が薄い。
ナキは、今の華子にそんな感想を持ちながら、口を開いた。
「天狗とは流星。昔の人が空から落ちてきた隕石をみて、天狗と呼んだんだ」
最も古い記録は『日本書記』である。
ナキも中身を確認したわけではないため、どのような記載がなされているかは知らない。
「神鳴り」を鳴らし、天から降ってきたイヌ。
隕石が着地した様子が、犬のようであったため、イヌとされた。
「イヌ」その漢字が「狗」であることは注目所である。
「天狐」と呼ばれることもある。
それは、天狗も狐も同じようであったからだとか。
どちらも人間にいたずらをしては、困らせていたとか。
ナキは引き籠っていたため、そんなことをしていた仲間がいたなぁ、程度である。
「話が逸れた」
流星と天狗が深く結びついたのは、旻のおかげ、というべきか、旻のせいというべきか。
旻とは、僧侶のことである。
旻は飛鳥時代…ご存じ、聖徳太子がいた時代の人物である。
彼は遣隋使として隋に留学。
中国の思想などを学び、帰国した次第である。
その知識の中に、流星と天狗の話がある。
星が流れていれば、それは流星ではなく、天狗である。
「そんなこんなで、この国に天狗という妖怪が現れた」
「天狗って妖怪なん」
「…知らなかったの」
ナキは驚いた様子で、華子を見た。
目が全開しており、目が「信じられない」と声を出しているようである。
華子は目を逸らした。
天狗は狛犬であるとか、獅子の類だと予想していた。
名称どうあれ、実在するものだと思っていたのだ。
少々の恥ずかしさが込み上げてくる。
華子は、妖怪が実在しないものと括っていた。
それが、目の前に天狗が居て、つまり妖怪が居るということである。
自分の世界観がいっきに変化した。
「華子さんの家に来るまでも、あまり見かけなかった。数が減ってるのか、山に籠ってるのか」
「数とか、減るの」
ナキは頷いた。
妖怪は、人に忘れられると、姿を消す。
ナキも一度経験がある。
完全に消滅したわけではない。
身体の末端が、透けてくるのだ。
手足が透け、向こう側の木が見える。踏んでいるはずの地面が見える。
痛みはないが、妙な感覚ではある。
人間のように、痛みに苦しみながら消えて行きたいものだ。
こういうときに、自分が妖怪であることを実感する。
「ナキはなんでまだここにいるんだ」
「その訊き方どうかと思う」
ナキは苦笑する。
自分は結局、ここにいる。
ということは、誰かが自分のことを想ってくれたからだ。
一体誰が。
そもそも、その経験はいつごろのことだったか。
もしかすると、今回祠から出ようと思ったきっかけと関わりがあるのではないか。
華子に答えられないまま、ナキは頭をフル回転させる。
答えはみつからないが、これだけは言える。
「まあ、いいじゃない」
「そーね」
華子は呆れたように溜息をする。
すぐにその表情は笑いにシフトし、「続きを聞かせて」と催促した。
「それから天狗は一度姿を消した。次に登場するのは四百年後の平安時代」
『宇津保物語』や『源氏物語』に天狗の名がある。
「さて、その源氏物語。少々面白い表現があるんだ」
「どんな」
「天狗が騙したのではないか、という記述があるんだけど、後に、狐が騙したのでしょう、とある」
「つまり」
「天狗も狐も同じような生き物。人間を騙す化物としていたということさ」
ナキはお茶を一口飲む。
「華子さんに、天狗の外見ってどんなイメージかと聞きたかったんだけど」
天狗が妖怪であるということでさえ知らなかったのだ。
ナキは、答えは返ってこないだろうと括っていた。
予想に反し、華子は天狗のイメージを、ナキが欲している答えを見事に返してくれた。
赤い顔であったり、鼻が高かったり、烏天狗であったり。
「いい返事だ。では、なぜ顔が赤いのか、鼻が高いのか、烏なのか」
「人が勝手に想像したんちゃうん」
「そうだね。人が勝手に想像したんだけど」
ナキの言葉は、そこで閉ざされた。
襖が開いたのだ。
華子は襖に背を向けていたため、ナキが突然黙ったことを疑問に思った。
襖は静かに開閉が可能である。
ナキの話に夢中であった華子は、余計襖が開いたことに気づかなかった。
ナキが襖の方を見ているため、何事かと、華子は振り返った。
母である。
時計の短針は七の字を指している。