表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

筆者は今日も地をかけてる。牛丼が食べたい盛りではあるが、松竹梅のどれが一番小さいサイズなのかよくわからず、とりあえず一番安いの選んだらいいことに気付いた。天狗の背中から黒い羽を生やしたすがたは、まるで烏が人になろうとして失敗したかのようである。無駄にイケメンである。イケメンとかリア充とか、見ていると苛々してくるからさっさと爆発してしまえばいいのに。クリスマス中止のお知らせはまだ彼らの元には届かない。「気の毒に。堕天した時に声を失ったんだな」。

 引き籠り生活約四百年。

 情報は表の動物から仕入れていたが、予想外の景色に、ナキは絶句した。

 いつかに人の子を送った里は、枯れている。

 山の、里跡と反対側の平地を見ると、四角い建物が多く並んでいた。

 空気が汚い。

 空腹に腹を抱えつつ、取り敢えず世の中を見に行くことにする。

 空を飛ぼうと、背の翼を広げる。

 抜け毛ならぬ抜け羽が酷い。

 飛べるだろうか。

 ナキは少々不安になりながら、羽を動かした。

 身体が浮いた。とりあえず安心するが、正直羽があってもなくても飛べるのは内緒だ。

 そのまま、街の上空へ移動。

 それにしても、カラフルな世の中になったものだ。

 読めない文字がかかれた看板には、気持ち悪いくらい肌の白い女の姿がある。


「うわ、マジキチ」


 ナキは、街中に降りようと試みた。

 しかし、どうも降下の仕方が分からない。

 制御不能になり、そのまま墜落。

 運よく、墜落先は人気のない神社であったため、休憩をすることにした。






「それで、ここにいると」

「そういうこと」

「現実味が無いにもほどがあるな」


 華子は缶コーヒーを飲む。

 ひょっとこの仮面を外した男、ならぬ、天狗は、予想以上に綺麗で端整な顔立ちをしていた。

 顔のパーツが見事なバランスをとって並んでいる。

 華子は顔を合わせるのが辛く、鳥居を見つめている。

 天狗の名前はナキというらしい。

 ナキは自分の過去の話を大雑把にした。

 それ以前に、天狗とは何なのかについて教えて欲しい。


「もっとかっこいい登場をしたかったよ」

「へえ」


 具体的にはどのようだろうか。

 空中で10回転して華麗な着地。

 派手なステージで歌って踊って。それも、下から上がってくるステージ。


「あの時の人の子には、ちょっとかっこいい言葉で喋って、天狗のイメージアップに成功したんだ」


 本当に成功していたのだろうか。

 かっこいい言葉で喋ったところで、イメージが良くなるとは限らないのではないか。

 そんな疑問は喉の奥にしまう。


「華子さん。お願いがある」


 ナキは顔の前で両掌を合わせる。

 勢いよく合わされたため、音が鳴った。


「食物を恵んでほしい」


 華子の財布の中には500円玉が一枚、夕飯の材料代にあるだけである。

 ナキに奢るのであれば、自分は夕食抜きの覚悟をしなければならない。

 どうしたものか。

 華子が財布とお腹の中と相談をしていると、ナキが口を開いた。


「丑年生まれの牛を一頭くれたら十分なんだ」

「殴るぞ」

「何故!?」


 天狗というのは肉食なのか。丑年生まれ限定なのか。

 華子が、思わぬ事態に思考を巡らせていると、この天狗は信じられない一言を放った。


「そうか、お前馬鹿か」

「失礼な。何を根拠に」

「常識だろ。餓鬼に出会ったら自分の干支と同じ午を捧げる。常識だよ」


 「常識だ」。二回もいい、強調してきた。

 華子は少々苛立った。そして、ある疑問が浮かぶ。


「なんで私の干支を」

「そういうのは、わかる子なのよ。本当に知らない見たいだね。外見からすでに阿呆そうだしな」

「ほっとけ」


 華子は深くため息を吐いた。

 なぜ神社に来てしまったのだろうか。

 後悔はそこから始まる。

 日課だったから。言えば、悪いのは華子ではない。ナキにある。

 苛々していると、ふと、天狗の言葉が脳内で再生された。

 「外見からすでに阿呆そう」。

 初めての意見である。

 華子はその一言に、ひどく感動した。

 牛一頭は不可能だが、牛丼一杯なら奢れる気がしてきた。


「牛丼でもええ?」

「牛丼? まぁいいや」


 初めて聞く料理名に、ナキは首を傾げた。

 天狗はその辺りに蔓延る餓鬼とは桁が違う。天狗というのは誇り高く、心が広い。

 と、自分で自分に幻想を抱いてみる。

 正直、食べられたらなんでもよいのである。

 ナキは、財布の中身を確認する華子を凝視した。

 次にどのような行動を起こすのか。

 見ていると、華子の手が止まった。


「どうした」


 この天狗の姿、他の人には見えるのだろうか。

 今更であるが、大事な問いである。

 もし華子にしか見えないのであれば、外食はまずい。

 見えていても、羽や服装が目立ってしまい、よろしくない。

 訊くべきか。

 また馬鹿にされるのがオチなのだろうが、本人に尋ねることしか彼女の疑問を解消する術はない。


「天狗って、他の人にも見えるん」

「さあ」


 適当な返事である。

 興味もなさそうである。


「よし、わかった。今から牛丼買ってくるから、ここで待っとって」


 一番無難な選択である。

 持ち帰りができる牛丼を買えばよいのだ。

 人目も気にせずに済む。

 ナキに提案をした華子は、彼の返事を待たぬまま、財布を鞄にしまった。


「それは困るよ。お前が戻ってこなかったらどうするんだ。空腹のあまり、おれは自分の山に帰ることもできないんだよ」

「背中から羽を生やした野郎と一緒に買い物なんかしたくない」


 華子が言うと、ナキは「ああ」と何か納得したような声を出した。

 ナキは両掌を勢いよく合わせた。音が響いた。

 先ほど両掌を合わせたときとは違う音である。

 音がした、というより、響いたという表現が適切である。

 ナキの背にあった翼が、みるみる透けてゆく。

 初めて見る光景で、気味の悪い光景であった。

 完全に見えなくなった羽。

 翼が生えはじめはどのようになっているのかと、ナキの背中を見た。


「服に穴が空いてない」


 無意識に呟いた。

 そもそも、羽が見えていたとき、ナキの服はどのようになっていたのだろうか。

 いったいどのような仕組みなのか。

 夢でも見ているのではないか。

 華子は右頬を抓った。痛い。確認してすぐに離しても、まだ痛みがあった。


「ね、大丈夫でしょ」












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ