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中学生の視点というのは難しい。一度は“中学生”を体験したはずだというのに、よくわからない点がある。逆に、あの頃から筆者は成長していないのかもしれないが、そんな恐ろしいこと、考えたくない。さて、夏も終わり。長月のはじめ。三年生の二学期が始まる。受験勉強をしなければならない。その描写は絵にならないため省いてしまうが、筆者は応援している。今回は天狗の姿がみられなかった。またどこかへ、空の散歩にでかけているのだろう。
暑い暑いと屋内に引き籠っていた夏の間に、稲は元気に育ってしまった。
時間において行かれた気分はあまりよろしくない。
久々の登校に通学路を擦れそうになりながら、無事、制服に身を包んだ同級生の群れと合流する。
九月だのに、八月の暑さは健在である。
さっさとお暇していただきたい。
汗が背中を伝う。
インナーのキャミソールが重く感じる。
髪の毛がうざったい。
新学期だというのに、新鮮な気持ちは一切ない。
むしろ、今後控えている受験に思いを馳せる一方だ。
近くの小学校に向かって伸びる緑の道路。
そのまま歩けば小学校に入ってしまう。
そこを曲がり、十分歩くと中学校である。
なかなか遠い。
華子の中学校は自転車通学を許可していない。
坂が多いので、自転車をこいでわざわざ来る者もあまりいないのだが、それでも自転車に乗ってくる馬鹿がいる。
いったいその自転車をどこに止めてどうしているのか。
縁の無い話であるため、興味もない。
せいぜい先生にばれて怒られるがいい。
親御さんも呼びだされたらいい。
そんな捻くれた考えをしてしまう程に、華子は朝から疲れていた。
昨日、月を見るのに興奮しすぎて、寝不足であった。
下らないことで夜更かししてしまったと、翌朝になって反省する。
後悔はしていない。
実物を見たのは夜中ではないのだが、写メをとってからが長かった。
撮影した写真が思った以上の出来であったため、それについてじっくり考えていたのだ。
この写メやっばいわ。
撮れた月の写真は、満月の端に雲が薄くかかっており、周囲が紫暗に光っていた。
妖艶の月と名付けたろ。
華子はそんなことを考えていたため、寝るのが遅くなった。
翌朝、ナキに「ばか?」と言われたのは言うまでもない。
同級生の北野希衣は、すでに教室の自分の席に着席していた。
周りには人だかり。
希衣が何かお土産を渡しているわけでも、お土産話をしているわけでもない。
いつものことである。
彼女は頭がよく、話がうまい。
いつも明るく、一緒にいるだけで明るくなれる。
そのため、このような変人とは違い、クラスの人気者である。
希衣は華子と行動を共にすることが多い。
自然、ここ最近は希衣の周りに人が集まることは少なかった。
仲のいい者が二人、三人のグループになっているとき、乱入してくる野暮な中学生は、この学校にはいない。
グループはグループで。
そういう傾向があるのは、この中学校だけだろうか。
華子はたまに疑問に思う。
さて、そんな希衣の周りであるが、夏休みを挟むと、いつものノリが再開されるのだ。
集まる人。人。人。
あくまでクラスの人気者である。
同じ教室にいるのだから、と絡むことはあっても、わざわざ隣から来ることがない所、あくまで“アイドル”ではないことが窺える。
希衣は自分で「どこにでもおる一般中学生やで」と評しているが、それはどうだろうと首を傾げたい。
いや、傾げている。
よし。ここに華子が乱入すれば、華子的“いつもの次元”に戻る。
華子が希衣に近づくと、周りの人々は散って行った。
一言付け足すと、華子が嫌われているわけではないので、安心してほしい。
これは華子の主観によるものではなく、クラスメイトの主観的意見である。
始業式が終了し、ホームルームも終わろうとしている。
今日は午前で学校が終わる。
毎日これくらいの時間に終わってくれればいいのに。
華子は悪態を吐く。
しかし、文科省は絶対である。
中学生が一人あがいたところで、全国の学校体制が変化するわけでもなし。残念だ。
午前授業だけだと、単位が足りなくなってしまう。
長期休暇の日数は決められている。
うむ。しょうがないことなのだ。
諦めて明日からの授業に、真面目に出席しようと思う。
仮にも受験生、受験生。
呪文のように、自身に言い聞かせる。
といいつつ、華子は先生の話を右から左へ受け流していた。
まじめに授業を聞こうという志は、ホームルームには不適用なのだ!
華子は頬杖をつき、汚れの無い黒板を、見るとも無しに眺めた。
机の横に掛けた体育館シューズ入りの袋を蹴りながら、空想の世界に入る。
と。ふと、某狸の姿が脳裏に現れた。
イラっとしたが、少し狸のことが気になった。
この場合、「少し」の文中の位置は間違っていないので、確認してほしい。
イラ立ちの方が強いことを強調しておく。