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金木犀の香る神無月。神は出雲へ。筆者は近所の神社へ。……まてよ。神無月に秋祭りをする神社って……。旧暦がうんぬんと言い始めたら切が無い。松永久秀が「今日はクリスマスだから休み」とおっしゃったそうだが、それは旧暦のクリスマスか、西暦のクリスマスか……。さて、前書きは二万字以内とあるが、本文が二千字も見たないこの報告書。いつか前書きを二万字、本文を二百字の、メールの打ち方わからずに件名に本文を載せるに等しい行為をしてみたいものだ。
夏の夕方である。
ヒグラシが遠くで鳴いている声が聞こえる。
夏の終わりを感じるも、まだまだ八月は始まったばかりである。
涼しげな虫の声は、華子の体温を少しでも下げる手助けにはならなかった。
扇風機が仕事をする六畳部屋に通された。
綺麗な茶色をした背の低いテーブル。
紺色にトンボの刺繍の入った座布団。
子供の悪戯だろうか。白の障子には指一本入りそうな穴が、一つ二つ見られる。
表で良いと言った妖狐を、半強制的に室内に招いたこの神主、ただものではない。
「今年の夏も暑くなったな」
「左様でございますね。近年は特に暑さが増しております」
「その分屋内は涼しくなった」
「皮肉なものでございますね」
神主は、狐と華子にお茶を出した。
氷が浮いている。
電気を使えば暑くなるが、電気を使って涼しむことができる。
現代人に電気は必要不可欠なものになってしまったが、それは良いことなのか疑問である。
地の文で深刻な話をしようが、華子には関係の無い話であった。
彼女は遠慮も無しに、出されたお茶をすする。
「神主、これをどう思う」
「どう、と申しますと」
「おもしろい気を放っているとは思わぬか」
「はて。普通の女性にも見えますが」
神主は優しい笑みを返す。
狐は目を伏せた。
「惚けは我より上か。まあ良いわ」
「貴女は、知っておいでなのですか」
神主が華子に問う。
「何がです」
「貴女の血は、少々奇妙でございます」
「直球だな」
「申し訳ございません」
「で? どういうことです」
「みえておられるのでしょう」
「妖怪を」
神主の質問文に、妖狐が付け足す。
華子は口を半開きに、停止した。
開いた口がふさがらないとは、このことか。
華子は周囲を見渡す。
何の変哲もない、和室である。
自分の背後には掛け軸がある。どうやら上座に居るらしい。
そんなことはどうでもよい。
「……はあ?」
華子の返答に、神主は笑みをこぼす。
「その血は貴女に多少の影響を与えるでしょうが、貴女には私も神使さまもおります。貴女の手助けになれるとは、必ずしも申し上げることはできませんが、どうぞ、貴女の心にゆとりができるお手伝いをさせていただきたく存じます」
「お、おう」
華子の身体は、正座で背筋を伸ばしたまま硬直していた。
かこん、と効果音がなりそうな勢いで、首を十五度右へ倒す。
その様子に、妖狐が噴き出した。
「たまらぬわ。おい、こいつをどうにかしろ、神主」
「そうは申されましても、私には」
「おい、もういいぞ。帰って」
「はあ?」
「帰れ、帰れ」
「おい、なんだその口は! 締めたろか」
「できるものならするがよい。さっさと帰らぬか。我の息が持たぬわ」
「いっちいちイラつくなあ! 帰るよ」
「またおいで下さいませ」
「狐がいない時にな」
華子は社務所を後にする。
怒っているようであるが、足音は大人しい。
畳縁も踏まずにつかつかと部屋出ていった。
よくわからない所で礼儀正しい女だ。
妖狐の笑いは止まらない。