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毎回毎回、徐々に本文の字数が減少しているように感じる。これは恐らく気のせいではない。一大事である。しかし、彼らの日常を語る上で、無駄な言葉はいらないだろう。そう考えると、やはり字数が減少しているというのは、自然な現象であると言えるのではないか。減少する現象……ププ。「それもまたヒトらしさだと私は思うよ」。
ヒガサが華子宅にお邪魔になって三日目である。
快晴、という言葉が似合う天気である。
というのも、遠くの空には薄く雲がかかっている。
水色の空に輝く太陽。
それだけ聞けば、真夏のようである。
しかし、寒い季節はまだまだ続いている。
あと何日越せば暖かくなるのか、待ち遠しい。
動物たちだけではない。
華子もそう思っている。
春の訪れを、心待ちにする華子。
花粉症の知り合いもいるが、知ったことではない。
寒いのは嫌なのだ。
「来ない、と申してはおらなかったか」
「うるさい」
華子は稲荷神社に訪れた。
本日の授業は午前のみであった。
早く帰宅せねば、煩い獣が騒ぐ。
だが、今はこの狐に会って話すべきことがある。
これは優先事項だ。
「何か、用か」
「用がなけりゃ、こんな所来ない」
「さっさと用件をゆわぬか」
妖狐が急かすと、華子は口を噤んだ。
言い辛い内容、というわけでもない。
だが、いざこの場に来ると、言うのを躊躇ってしまった。
言わずにさっさと帰ろうか。
華子は妖狐から視線を外した。
「どうやら、あの天狗に関する事らしい」
華子が言うより先に、妖狐が口を開いた。
華子は咄嗟に妖狐の方を向いてしまった。
反応すれば、図星であったことがばれる。
ばれることは構わないが、なんせ相手が相手である。
非常に不快だ。
「無論、口外などせぬ」
妖狐は細い目を更に細めた。
慈しみを交えた、嘲笑するような目である。
華子は眉間に皺を寄せるも、その場にしゃがんだ。
「あんたも、ナキも、日暈も、何なんだ」
独りで愚痴るように、ぽつぽつと呟き始めた。
妖狐はその様子を黙って見ている。
「私とは違うんだろ。所謂、妖怪ってやつなんだろうなって。でも、普通の動物とさして変わらないわけだ。目の前に居ないと、いつか車に轢かれて死んじゃってるんじゃ、て思うわけだ」
「うむ」
「それでなくても、いつか消えてしまいそうで――」
華子は膝に顔を埋める。
邪魔になった眼鏡を外し、片手に持つ。
妖狐は、どこからか出してきた羽織物を、華子に掛けた。
華子はそれを、眼鏡を持つ手とは逆で強く握った。
釣られるように、眼鏡を握る手も強くなる。
「ろくに話せるのなんて希衣ぐらいだったんだ。クラスでも浮いてて。私はあんたらが何だって、どうでもいいんだろうな。きっと話し相手がほしいだけなんだ」
華子は自分の言葉も整理をしないまま、口を動かした。
狐は愛おしそうに、その姿を見る。
まるで、神が見守っているかのようである。
実際、彼は稲荷神社に祭られているため、自然神である。
「ぬしは、どうしたい」
「私は……ナキたちと一緒にいたい」
その言葉を待っていた、と言わんばかりに、妖狐は満面の笑みを浮かべた。
「望め。強き願いは叶う。だが気を付けろ。強き願いの裏には強き現実がある」
「……は?」
「過去も今も、ぬしには強き現実が伴うておる。願えば現実になる望み。しかし、強すぎては行きすぎる」
「つまり、加減をしろと」
「そういうことよ。しかし、ぬしには加減はできぬ」
「言ってくれるな」
「これは事実。真、奇妙な現実。強きを請えば、願いは近づき、いずれ離れ行く」
「願いが近づいたら、願うのを止めたらいいのか」
「ぬしにそれが見極めれるか」
「やってみなきゃわからない」
「そうよな」
華子は立ち上がり、羽織物を妖狐に渡した。
すると、それは葉っぱに変化してしまった。いや、元の姿に戻ったのだ。
「あの狸からの贈り物よ。我には葉を別の物に化けさせる力はない」
妖狐が解説を入れる。
「ふーん」と返す華子。
心底驚いた様子であるが、無表情を保とうと極めている。
華子はそれ以上のことを問わなかった。
眼鏡を掛け、制服を整える。
「帰る」
「うむ。また来い」
「もーう、来ない。絶対来ない」
そう言って、この娘はまた来るのだろう。
妖狐は笑む。
踵を返す華子。
尻に砂がまだ付いているが、注意はしない。
華子の歩む姿は堂々としており、砂を払う動作をさせたくなかった。
鳥居をまたぐ直前、妖狐は華子の背中に声を掛けた。
「天狗に伝言を言付かってくれぬか」
「別にいいけど」
「気を付けろ、と」
「……何に?」
「そう聞かれたら、我の元へ来るよう」
「わかった」
華子は鳥居を跨いだ。
長い石段を下る。
冬が終わる。
春が来い。