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皐月の始めである。ふと顔を上げると視界が緑色に染まり、緑色なのに目が悪くなりそうになる。そういえば、ひと月前に、華子が非常に喜んで帰宅してきた。どうやら、希衣と同じクラスになったようだ。ご機嫌な華子がその日帰宅すると、家に狐がいたため、一気に表情を硬くした。「テンション駄々下がりなう」。







 新緑が眩しい。

 明るくなってきた世界に目を閉じたくなる。

 もう五月である。

 さつきは皐月にも五月にも変換ができるのが良いと思う。

 道端でマリーゴールドが咲いているのを発見する。

 もちろん花壇である。

 どこの所有の花壇であるかは不明である。


 華子は一人、帰宅中である。

 黄金週など爆ぜて無くなればよい。

 華子は思う。

 どうせ親は仕事なのだ。

 どこにも行けない。

 しかし、学校もない。

 希衣は連休中にどこかへ出かけるらしい。

 友人のいない華子は、自宅で、ぼっちで過す。日常である。


 五月に一日と二日は暦通り平日である。つまり、授業がある。

 しかし、休む者も少なくない。

 希衣もその内の一人である。

 つまり、華子はぼっちで学校にいなければならない。


 友人を作れ、と言いたい所ではある。

 しかし、その言葉は、コミュニケーション能力の低い者には辛くてしょうがない。

 友人関係についてはあまり触れないでほしいのが華子の本音である。

 ろくに親とコミュニケーションをとっていないと、食事の席が一緒になった際、学校について質問されてしまう。

 楽しいか、などという漠然としたものであれば自然に嘘がでる。

 しかし、具体的に、特に友人関係などを問われると、星に還りたくなる。




「あ~……だるい」


 華子は帰宅早々、リビングの床にダイブした。

 炬燵のはけられたリビングには、テーブルとテレビぐらいしか目立った物は無い。

 それでなくても、この家は物が少ない。


「五月病?」

「そんな言葉、どこで覚えた」

「本で。華子さんの父さまに伺ったら読んでいいって」


 そういえば、父の部屋には本がびっしり詰まっていた気がする。

 変にコレクターなのである。

 以前に、こんなに集めてどうするのかと問うたことがある。

 確か、考えていなかったと答えていた気がする。

 どうやら、未読の本もいくらかあるようだ。

 新品同然に飾られている本達が不憫である。


 ナキもそれを察してか、華子の父に申し出たに違いない。

 それにしても、どんな本を読んだら「五月病」などという単語を覚えるのだろうか。


「五月病もなにも、私は三年だぞ」


 一応言っておく。

 五月病は新入生や新入社員がなるものである。

 華子のこの倦怠感は、他に言い方があるはずである。





「そういえば、今日は家がやけに静かだな。日暈はどうしたん」


 華子は、いつもと異なる家の雰囲気に違和感を覚えていた。

 どうやら家にヒガサがいないらしい。

 彼が家に来てから三ヶ月程しか経過していないはずである。

 だのに、この違和感は何か。

 あれが昔からこの家にいたかのような錯覚を感じているらしい。


「ムジナ殿なら東に戻られたよ。すぐに帰ってくるさ」

「そうなん? もう帰って来んでええんだが」

「そう言ってやるな」


 ナキは苦笑いを返した。

 庇護をするつもりはないが、一応諫めておく。

 華子は相当苛立っている。

 理由はわからないでもないが、ナキは複雑な心境であった。

 自分も、この家を出て行けば、華子は何かを想うだろうか。



「華子さん、紅茶淹れるよ。パックだけど」

「あー……どうも」


 床に伏したまま、華子は気だるげに答える。

 ナキは腰を上げると、台所へ向かった。


「華子さん、知ってる?」

「何を」

「紅茶の美味しい淹れ方」

「紅茶って美味しいも不味いもあるのか?」

「……さあ」


 ナキも紅茶を飲んだのは最近になってからである。

 茶葉は発酵段階により、その味や色が異なる。

 緑茶は発酵を行わないもの、紅茶は発酵を完全に行わせたものである。

 ナキが引き籠る以前は、茶と言えば緑茶であった。

 紅茶などという甘い飲み物は無かった。

 甘い原因は、砂糖を入れているせいなのだが、ナキは「紅茶は甘いお茶である」と認識した。


「おれも知らないんだけどね、美味しい紅茶の淹れ方」

「いかにも知ってる口ぶりだったろ……」

「器を事前に温めておくといいらしい」

「……」

「……」

「分かっているのはそれだけか」

「うん」


 華子も人のことが言えないため、ナキから視線を逸らした。

 お互い紅茶にこだわる者ではない。

 大した問題ではない。

 華子の両親もコーヒー派である。

 しかもインスタントでも平気な人たちだ。

 なんともこだわりのない家族である。


「日暈はどっちだ」

「何がだ?」

「紅茶好きだったっけ」

「どうだろ。言うなら、緑茶派? 妙に倹約なところがあるからな、アレは。あまり嗜好品とか興味ないんじゃないか」

「ふーん」


 華子は、話を振っておきながら、いつもどおり、興味なさそうな返事をした。

 実際、話題として出してみたものの、そこまで興味なかった。

 口に出してから「やっぱどうでもいいな」と思うことは多々ある。

 そこは、ちょっとした賭けのようなものである。

 口に出して、興味がなければ、ただの時間の無駄遣いになってしまう。

 興味があろうがなかろうが、結局は雑談なのだから、変わりはないのだが。


「なんだ、華子さん。寂しいのか」

「誰が」

「照れるなよ」

「……羽もげろ」

「ひっどいなぁ」


 ナキは笑いを返す。

 沸騰した湯が、ティーパックの入ったカップに注がれる。

 湯気が立つ。

 真冬であれば、すぐに冷めてしまう。

 しかし、この時季にもなると、冷めるまで時間がかかる。

 寧ろ、氷を入れてアイスティを頂きたい所だ。

 氷を作っていないためそうもいかない。

 そろそろ氷を作るべきか。


「ムジナ殿も、すぐ帰ってくるさ」


 華子は溜息を返した。

  










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