表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27

一番執筆に時間がかかるのがこの前書きである。書き始めたらすらすら書けるものの、それまでの時間が無駄に長い。ふっとおもしろいお話が降臨なさらないと書けない。実際、降臨なされた文が面白いかどうかと問われると、口を濁す。真に残念である。遺憾の意! て日常生活で使うことってないよな。いつ使ってんだろ。そう言うわけで、筆者は遺憾の“か”の字を探して三歩進んで忘れることにする。鶏になりたい。





 日が傾いてきた。

 街の方角に落ちていく太陽。

 まだ四時にもなっていないが、気持ちは六時を回っている。

 そろそろ帰りたい所である。

 華子は、中身を飲み干した缶を、地面に置いた。

 言っておくと、別にここに捨てるわけではない。

 邪魔であったため、置いただけである。


「それで、その、狐」


 華子は、ナキの隣にいる妖狐に声を掛けた。

 妖狐は目を細め、華子の方を向いた。

 釣り目である。

 口元は布で隠されており、表情を窺うことはできない。

 いや、息使いや目元で、何となく読み取ることは可能である。

 初めて妖狐の顔を正面から見たが、不思議なものを感じる。

 気のせいだろうが。


「お前はなんだ」

「我は狐だ」

「は?」

「妖狐はこの社に祀られている稲荷だ」


 ナキは、妖狐の言葉に、説明を付け加えた。

 なぜ妖狐は、稲荷であることを言わなかったのか。

 言う必要がなかったか、面倒であったか。

 ナキは、未だ以て何を考えているか分らない旧友を尻目に、華子に説明を続ける。


「狐だが、妖狐だ。物のケの類だから、おれと同じで、厳密には生物じゃない。ムジナ殿はその辺り、どうなんだ」

「ん? 私は雄だぞ。今も昔も変わらず、狸だからな」


 妖狐を挟んだ隣に座るヒガサは、ナキに笑みを返す。

 ナキは眉間に皺を寄せ、華子に向き直った。


「らしい」

「なるほど、わからん。というかお前が生き物じゃないなんて、初耳だぞ。飯もいらないんじゃないのか」

「物の怪は物の気。天狗の場合、山の木々が騒いでいたら、それは天狗の仕業とされていたんだ。つまり、姿が見えない何かを天狗としていた、ということだ。ちなみに、天狗は山の神とも言われている。木霊も同類だ。山で叫んだときに帰ってくる声、つまり山彦は、天狗だとか木霊の仕業らしい。実際おれが叫び返したことは一度もないが」


 ナキは一度区切った。

 華子は「ふーん」、「へー」、とやる気の無さそうな相槌を打つだけである。

 どこまで理解してくれているか、定かではないが、聞いてはくれているようだ。

 ナキは続ける。


「月日が経つにつれ、“天狗”の姿は具現化した。時には狐。時には狸。時には人間。時には、おれのようなモノ。狐や狸、華子さん達人間と同じように、おれは存在するわけだ。だから腹も減る」

「なるほど、わからんわ」

「いいんじゃないかな。これはおれの存在意義の自己解釈。ようは、妖狐は狐ではなくて…」


 ナキは言葉を選ぶ。

 何か適切な表現はないだろうか。

 脳内の単語を漁っていると、妖狐が開口した。


「自然の具現化とも、ゆえるな」


 妖狐は、薄く笑みを浮かべる。

 ナキも同意するが、華子はいまいち解せないでいた。


「そういえば、妖狐の性別はなんだった」


 ヒガサは妖狐に問う。

 問われた本人は、表情を変えぬまま「さぁ」と誤魔化した。

 声は男声だが、華奢な体躯に、漂々とした雰囲気で掴みどころがない。

 口元は隠されているため、表情が何となく分かるものの、顔が分からない。


「妖狐は男だとおれは信じてる」

「信じるなよ、気持ち悪い」


 ナキの発言に、華子は即座に返した。

 すると、妖狐は首を傾げながら言うのだ。


「常はヒトの男であるが、必要とあらば女体にも化けよう」

「いいよ。化けんな」

「そうか」


 華子が拒否すると、妖狐は少々残念そうにした。

 残念がるな。

 華子は疲労に溜息を吐く。


「まぁええわ。もう夕飯の支度をしないといけない。私は帰るぞ」

「もうそんな時間か。おれも帰る。邪魔したな、妖狐。保健所連れてかれるなよ」

「私も華子殿と帰ろう。またな、妖狐」


 華子が立ち上がると、釣られるように、妖狐の両脇に座る二匹が立ち上がった。

 妖狐は目を細める。

 華子は怪訝な顔をした。

 妖狐の顔は、嬉しいのか、寂しいのか、慈しみを含んだような表情をしている。

 しかし、その目にどのような意味が含まれているのか、判断し辛い。

 なんとも、掴みどころのない狐である。


「何、案ずるな。また、みな揃って、ここへ来い」

「もう来ん」


 華子は踵を返し、返答する。

 来ない、と言ったものの、そのうち忘れて足を運ぶのが華子である。

 妖狐はそれを知っている。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ