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もうすぐ新学期である。春である。しかし、これから紹介する場面は、冬と呼べる季節のものである。筆者は寒いのが苦手である。とはいえ、暑いのも苦手である。それを親に言うと、誰だってそうでしょ、と言われてしまった。全くである。必要は発明の母であるが、それにしても、人というのはすごい。水がなければワイン? 寒けりゃストーブ? そうだね。筆者はハロゲンをつける。クイックアンドウォームである。クイックでウォームだ。ワームと読んだのは筆者だけでいい。ちなみに筆者は芋虫を生で見たことがない。多分。
ヒガサは嬉しそうに、太陽の笑顔を向けてきた。
「やっと会えた。ずっと探していたんだ、華子殿」
「……は?」
「という夢を見たんだ」
「きっと現実だ。お前の隣にいるのはまさしくムジナだ」
「そうか。どういうことだ」
「本人に聞け」
華子とナキは、リビングで会議をしている。
炬燵は暖かいが、空気は寒い。
というより、華子から出ているオーラが恐ろしい。
華子の膝には、狸が乗っている。
ヒガサである。
「それで、日暈、だっけ。あんたは私の膝上で何をしている」
問うと、ヒガサは狸らしい鳴声を放った。
どこかに投げたい気分であるが、虐待になるため、手出しができない現状である。
「よし、質問を変えよう。なぜ私だ」
ヒガサはやっと華子の膝から降りた。
そして、ナキと同じく、人型になった。
天真爛漫な笑みを華子に向け、答えた。
「山彦が言っていたんだ。華子殿が煩いから黙らせろと。そしたら惚れてしまってな」
「何の恥じらいもなく言いやがったぞ、こいつ」
「華子さん、口が悪いよ」
「黙れ。どうしてこうなったんだ……」
華子はテーブルに伏した。
炬燵は暖かくて、いい。
いや、それどころではない。
この現状を、親にどう説明するべきか。
せめて狸が雌であればましだったのだが。
そもそも山彦とはなんなのか。
私が煩い? ならなぜ私の元にきたのか。余計叫びたくなるわ。
華子は頭を抱える。
「す、すまない。華子殿。困らせるつもりはないんだ。迷惑ならすぐどこかに行こう」
こいつ、引き際を弁えてやがる。
人が処理に悩んでいるところをそう言われると、逆に追い出したくなくなる。
いやな性格をしている。
分かっていても、追い出せない。
後に残るのは罪悪感だけだろう。
ヒガサは正座をしてこちらを見つめている。
捨て犬のような目である。
華子は意を決して、叫んだ。
「構うもんか! うちにいろ!」
「華子さん! 気でも狂ったか!」
「ありがとう、華子殿!」
「ナキを家に泊めてる地点で、うちは狂っとるわ!」
そのようなやりとりがあった翌日である。
次は土蜘蛛でも来るのではないかという不安を胸に抱きながら、華子は家を出た。
後ろから狸と狐と烏がついてきている気がするが、気のせいだろう。
気のせいであってほしい。
狸は昨日のことがあるので、予感はしていた。
烏は放っておいても問題はないだろう。
狐はなんだ。狸に続く新手か。
ここで彼らに声を掛けても、周囲から白い目で見られるのは自分である。
ただでさえ、浮いているというのに。
寧ろ沈んでいるというのに、これ以上変人のレッテルを貼られたらどうすればよいのか。
無視を決め込み、華子は登校した。
朝は窓から教室を覘いていた三匹であったが、昼が近くなると姿が見えなくなった。
飽きたのか、腹が減ったのか、ナキが連れ帰ってくれたのか。
そこまで考えて、華子は自己嫌悪に陥った。
嫌なことに気づいてしまった。
自分は、相当、ナキを過信しているようだ。
ナキは自分の味方である、と信じていたらしい。
邪念を振り払い、集中するのだ。
華子は目を閉じた。
そして寝た。
次に起きたのは昼休みであった。
起立、礼の号令時も、ずっと眠っていたらしい。
いつものことであるため、教員も咎めるのをやめてしまっている。
放課後。
今日は久々に稲荷神社に行く。
特に意味はない。
ナキが来てからというものの、足が遠のいてしまっていた。
だからといって何か問題があるわけでもない。
寧ろ、なぜあんな日課があったのかと疑問に思うほどである。
中学生とは心変わりが早い生き物らしい。
そう、華子は考える。
慣れた足で、神社に向かう。
途中の自動販売機で缶コーヒーを購入。
これがないと始まらない。
あっても何も始まらないが。
神社への階段を上る。
一段が高く、浅い。大変上り辛い階段である。
やっと神社に到着。
鳥居をくぐり、境内に入る。
華子は自分の目を疑った。
本殿の前に、男が三人いる。
見知った男が二人。
翼の生えたナキと、狸の尾っぽを生やしたヒガサ。
その間に挟まれているのは、知らない男であるが、おそらく天狗とかと同じ類だろう。
狐の様な耳を生やし、背後には大きなふわふわした尾っぽが覗く。
「何してんだあんたら」
「こっちの台詞だよ。華子さん、帰り?」
「ああ。ここに寄ったことを後悔しとる」
「これは、久しいな」
「お前は誰だ」
「我は狐だ」
「華子殿、こちらへ」
「だが断る」
華子は三人に近づいた。
「お前ら、今朝私についてきたろ」
問うと、ナキが小声で妖孤に言った。
「おい、ばれてるぞ」
「そらばれるだろ」
華子は、妖孤が応えるより早く言い、溜息をついた。
まったく、こいつらは何がしたいのか。
缶コーヒーは別の場所で飲もうか。
華子がそう考え、方向転換しようとした時、妖孤が口を開いた。
「まぁ、急くな。我らの話でも聞いてゆかぬか」
「話?」
「うむ。聞くに、この狸はぬしに事情を説明していないそうではないか」
「違うぞ、妖孤。説明はした」
妖孤の言葉に、ヒガサは反論する。
説明らしきものは受けたが、省略しすぎて、説明になっていなかった。
この際、説明を聞き、この狸を追い払う理由を探そう。
「話を聞こう」
華子は渋々と、しかし内心乗り気で、ナキの隣に座した。
石の階段は冷たい。
尻が冷える。
「さて、どこから話したものか」
「山彦が煩い、というのは何だ」
言葉に悩む妖孤に、華子は問う。
「なら、そこから丁寧に話してやれ、日暈」
「む。私か」
「お前か…」
やる気を見せるヒガサに、華子は溜息をついた。
きちんとした、分かりやすい説明をしてくれるのか、不安である。
そして、背後で、羽と二匹の獣の尾っぽが時折揺れるのが気になる。