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最近メガネがどうとか、空気がどうとか、浮遊がどうとか、もう関係ない気がしてきた。そろそろ題目や前書きの修正に入った方がいいのか、と思いつつ天狗の顔を見たら、やる気が究極に失せた。筆者は、いくら本編と前書きが噛み合わずとも、修正をしないと、その辺りの小石に誓おう。ちかおうで変換したら智香王が出てきたんだが、誰だろう。あとでグーグル先生に訊ねることにする。あ、天狗見つけた、筆者はちょっと羽もいでくるので、少々待機願う。
「華子さんに、狸拾ってきてやろうかっつったら、断られたよ」
夜である。月光が境内に降り注いでいる。
妖狐の社。
華子の家と彼女の通う中学校の間にある、社である。
稲荷神社であるが、こんな化け狐を拝む人間も人間である。
しかし、この天狗、元はアマキツネと言われていた身。
他人事とも言えないのも事実である。
化け狐が化物であれば、天狗も然りである。
「美味いな」
ナキは、妖孤の社に供えてあったお神酒を一口含む。
妖孤は何も言わず、薄く笑っている。
二人は、境内、本殿の入り口の段差に腰掛けている。
その傍には杯が三つ用意されている。
二つはナキと妖孤の分である。
半刻ほど、月光を浴びながら杯を交わしている。
今回も無意識に華子の話をしてしまったが、もう構わない。
黙って聞いていた妖孤は、しばらくしてから口を開いた。
「客人ぞ」
「なら、おれはお暇しようか」
「ぬしも会いたいのではないか」
妖孤の言葉に、ナキは不審気な顔をする。
妖孤が鳥居に目をやったので、ナキはつられるようにそちらを向いた。
一匹の狸がいた。
狸は境内に入ると、人型に姿を変えた。
妖孤の外見の描写をしていなかったが、彼も人型をとっている。
その尻からは尾が出ているのだが、服がどのような仕組みになっているかは不明である。 ナキの羽と同様と思えば、ナキにとって不思議ではない。
人型になっても、その尾や羽が出ていることに大した理由はない。
強いていうなら、隠すのが面倒であった、といったところか。
さて、その人型に姿を変えた狸は、傍から見れば人間と見間違うほど、見事に化けていた。
見間違うほど化けられたら、能力が高いというわけではない。
確かに高いのであるが、それは騙すために高くなったもので、誇れはしない。
「久しぶりだな、妖孤。それに、そちらは初見か。天狗殿。私は見ての通り、狸だ」
妖孤は狸に会釈をし、酒を勧める。
狸は妖孤の、天狗とは反対側の隣に座し、杯を手に取る。
妖孤は狸の杯に、酒を酌んだ。
その様子を見ながら、ナキは狸に挨拶をした。
「はじめまして、ムジナ殿」
「名乗る気は無しか」
ナキの反応に、狸は苦笑する。
「そちらが名乗るならこちらも名乗ろう」
「言うと思ったよ。妖孤は彼の名を知っているのか」
「無論」
「そうか。なら名乗ろう。私の名はヒガサだ。日の暈で日暈」
口頭で説明されても、字がわからない。
天狗の意地として、口には出さないでおく。
「ナキだ」
「ナキ殿…。鳴きか。天狗のあなたらしい名前だ」
ヒガサは、名前の通り眩しい笑顔で言う。
その笑顔が偽りか否か、判断しがたい。
狸は基本苦手である。
同族嫌悪というやつか。
狐も狸も天狗も、言ってしまえば、猪も熊も仏も神も、同じようなモノである。
同じようなモノであると断言するには、少し単純すぎる。
しかし、詳しく違いや各々の関わりを述べていたら、話しがややこしくなる。
今は同類であるということで、収めたい。
「美味いな」
ヒガサは酒を口に含み、感想を述べた。
ナキと同じことを言う。
ナキは不本意であったが、事実美味い酒であるため、何も言わない。
「それで、天狗殿は私に用があるんだって?」
ヒガサはナキに問いかけた。
何のことを言っているのか把握できず、ナキは黙る。
代わりに妖孤が応えた。
「狸を拾ってやろうと言うたのであろう」
「そうだよ。おれが厄介になっているヒトに、狸を拾ってきてやると言ったら、いらんと言われた」
ナキは、ヒガサを馬鹿にしたような口調で言った。
ヒガサは手を顎に添え、考える動作をする。
「昼間に畑の横を歩いていたろう」
「は?」
「天狗殿の顔に見覚えがあると思ったら、その時の男だったか。厄介になっているヒトというのは、女子のことか」
「あれ、お前だったのか?」
「ああ。少々人里に用があったもので、下りていたんだ。なに、畑荒らしではない。女子が勘違いしているようであったら、訂正しておいてほしい」
頼まれると断りたくなる時がある。
ナキは、華子が勘違いしていても訂正しないことにした。
馬鹿にしたつもりが、いいように丸められてしまったようだ。
ナキは口先を尖らせ、黙ってしまった。
妖孤は、仕方ないため、ヒガサに話題を振った。
「それで、ぬしは我に何用ぞ」
「そうだった。いや、大した用ではないんだが…」
ヒガサは口を濁す。
右手で頭を掻く素振りをしてみせる。
そして、決心したように口を開いた。
「会いたいヒトがいる」
勝手に会いに行け。とは口にしてはいけない。
別に口にしても良いが、これは面白そうな話であるため、聞くが先である。
「どうやらこの辺りにいるらしいんだが、会いたいヒトが誰か分からないんだ」
「というと」
「山彦が煩くてな。ヒトが煩いからさっさと会って黙らせろと」
山彦は、周知のとおり、山で叫ぶと返えす者である。
こだまともいう。
字は木霊であり、文字通り、木の霊と考えられている。
山彦や木霊は天狗と同一視をすることもある。
山で叫んだ際、反響する声は、天狗の仕業とも言われていた。
もっとも、天狗が返すのは、叫び手の言葉そのものではなく、笑い声と言われている。
しかし、ここでは天狗と山彦と木霊は別物としておきたい。
「山彦か。なら彼らに訊けばよかろう」
「知っているだろう。彼らは私たち同様気まぐれなんだ」
「返事を待てど来ずか。それで、我らはどうすればよい」
聞き捨てならない言葉が、妖孤の口から発せられた。
終始、話を外野で訊いていたナキは、会話に割り込む。
「我らってなんだ。それはおれも入ってるのか」
「無論、そのつもりであったが」
惚けた様子で答えるので、ナキは反論する気も失せた。
ヒガサは話を続ける。
「山彦探しと、ヒト探しか。山で煩いヒトがいたら知らせてくれ」
「あいわかった。ぬしはどうする気だ」
「他の社まわりだ。狸とはいえ、顔は広いものでな。ある程度は協力してくれると踏んでいる」
ヒガサは笑顔で答える。
あまりの眩しさに、ナキは目を逸らした。
どうもこの狸、苦手である。
月光届く夜中だというのに、傍に陽の光があってはおもしろくない。
「おれは帰るぞ。馳走になった」
「もう帰るのか。また飲みに来い」
「邪魔してしまって申し訳なかった。ナキ殿もよければ探してもらえると助かる」
「覚えてたらな」
ナキは妖孤の社を後にした。