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おでんの屋台がある。そこでおでんを買い、味噌田楽かカツオかを選んでつけてもらう。それを食す。それがまた、両方おいしい。選べないほどおいしい。少々誇張ではあるが、おいしいのである。一度食べてみるといい。私は子どもの頃、よく食べたものだ。と母が言っていた。筆者は味噌田楽が苦手である。ついでに筆者は「みそでんらく」だと思っていたが、「みそでんがく」らしい。正直どっちでもよいのだが、読者の皆様はどうだろうか。
快晴である。
雲が遠くに薄く張っているが、それでも快晴と呼ぶにふさわしい天気である。
冬の日差しは低いため、いくら太陽が頑張っても気温は上がらない。
薄い青色の空に、まどろみの日光。
まだ正午前だというのに、夕方のような憂鬱感。
解答欄を埋めるなどという高度な業は、華子にはできない。
学年末試験中である。
一学期、二学期は、学期初めの試験、中間試験、期末試験とある。
三学期は学期初めと、学年末試験と言う名の期末試験の二回試験がある。
つまり、一年に試験は八回ある。
多い。
なにをそう試す必要があるのか。
教育学を学び、学習指導案を書いたことのある者ならわかるだろう。
年に八回試験を行うのは、それなりに理由がある。
だが、受ける側としては嫌なのだ。
どうして試験などというわけのわからないものが存在するのか。
ただでさえ趣味以外の勉強が苦手な華子である。
試験週間に胃が痛くなるのは、毎回のことであった。
そんな華子の趣味というのは、料理である。
唯一の趣味と言ってもよい。
家庭科の成績は三であるが、これは技術科と合わせての成績なので、プラスマイナスである。
華子は、両親が共働きで、その上帰宅が遅いため、一人で食事をすることが多い。
一人で食事となると、親としては、やはり栄養バランスが気になる所だ。
そこで、華子の両親は、休日に華子と共に食事を作った。
両親の企ては良い方向へ転び、今では華子一人でも様々な創作料理ができるほどである。
「高野豆腐。油揚げ。天ぷら。うどん。冷奴。どれがええ?」
「選択肢がおかしいだろ」
本日の試験は終了。
帰宅すると、時刻は午後一時を回っていた。
これから昼食と夕飯のおかずを漁りに行かねばならない。
基本、華子が食べたいもの、作りたいものを作る。
しかし、今日は珍しくナキに訪ねた。
どうやら、試験に脳が疲れたらしく、メニューが決まらない。
ナキは好き嫌いもなく、むしろ食べたことがないものの方が多いため、めったに注文をしない。
先程、華子が口頭で並べた品は、一度は食べさせたことがあるものである。
現代の生活にも慣れただろう。
選択肢があれば注文くらいできるだろうと高を括っていた。
だが、返事がこない。
悩むナキ。
何をそんなに悩んでいるのか。
なんなら、あみだくじでもしてやろうか。
「こちらとしては、油揚げ! と言って、皿に持った油揚げが出てきても困るわけだ。どう回答すべきか」
「馬鹿か」
「華子さんには馬鹿呼ばわりされたくない」
「うちも食べんねんから、それはない。油揚げなら……。そうだな、味噌汁に入れるのが手か」
「味噌田楽」
「は? 味噌田楽なら…こんにゃくか、豆腐でもいいか。ていうかなんで味噌田楽?」
「ぱっと思いついた」
珍しいこともあったものだ。
そういえば、天狗を家に招いてから三ヶ月経つ。
月日が過ぎるのは早いものである。
しみじみそう思う。
話を戻そう。
三ヶ月の間、前述とおり、この天狗が食事に注文をつけたことは一度もない。
ついでにいうと、味噌田楽は苦手なため、めったに食べない。
というより、ナキを招いてから食べた記憶はない。
それが、急に思いついたという。
食べたいかは定かではないが、思いついたから何となく口にしたというわけでもあるまい。
おそらく、食べたいのだろう。
ならば、叶えてやらないといけない。
とりあえず、味噌田楽はスーパーに売っているものなのだろうか。
以前は母が購入したものを食したため、どこに売っているのかも分からない。
「まぁ、ええわ。買い物行こか。腹減った」
華子は制服の上からダウンジャケットを羽織った。
通学時は着ないが、スーパーは冷えるため、買い物時は必須である。
通学用の学校指定鞄の中から、財布とエコバッグを取り出す。
炬燵で温まっていたナキは、暖かさを惜し気に、炬燵から出た。
ナキは外出準備万端であった。
華子が学校に行っている間、ナキは一人散歩をするか、家で留守番をしている。
外出準備ができているということは、午前中に出かけたのだろうか。
特に興味はないため、余計な散策はしない。
「広告チェック忘れとったわ」
今日に限って味噌田楽が特価というわけでもないだろう。
気にせず出かけることにする。
帰りの道中である。
一匹の獣が目の前を横断した。
華子とナキが現在あるいている道路は、細い道である。
右手に畑、左手にコンクリートで補強された崖。つまり山がある。
これだけの描写だと、余程の田舎のようだ。
どちらかと“郊外”であり、田舎とも都会とも言えない、住宅街である。
獣は畑から山の方へ走って行った。
恐らく、畑から何かを盗んだのだろう。
とはいえ、この時期の畑は寂しいもので、何も盗るものはなかったろう。
「狸」
獣が目の前を横断する時、華子が発した言葉である。
獣は狸であった。
しばらく見かけなかったが、まだ人里に下りてくるらしい。
困ったものである。
猿や猪が下りてくるよりましかもしれない。
それでも畑を荒らされるのは農家の本望ではないだろう。
「狸? 味噌田楽の匂いにつられてきたか」
「なんで?」
「昔、三河国に狸が住んでいてた。赤味噌の菜飯田楽は吉田宿が有名で、それが今の、どこだったか。豊橋か。その狸が菜飯田楽好きだったかは知らんが、匂いは懐かしいものがあったんじゃないか、とおれは思うわけだ」
「ふーん」
良く分かっていなさそうであるが、聞いてはいてくれたようだ。
ナキは苦笑する。
三河国の狸は、一度見かけたことはあるが、会話をした記憶はない。
確か、江戸に行く用事があって、その時についでだからと顔を拝んだ。
そういえば、おでんを食べるようになったのは江戸時代になってかららしい。
その頃にはもう引き籠り生活が始まっていた。
関東煮を人が供えていったので、それを食したことがある。
それが関東煮…おでんという名前であることを知ったのは、華子宅で食してからである。
この島の住民はどうも、食に関してはこだわりがあるように感じる。
「狸かわいかったなぁ」
華子は呟く。
「拾ってきてあげようか」
「いらんわ」