“Let the flames ignore the sinless.”
「離せよ」と躰を揺すって暴れる
聞き入れるものは無かったし、返ってきたのは侮蔑の為の拳と嘲笑だった
二人掛かりで取り押さえられている事もあり、訓練されてもいない同年代の少年の拳であろうと僕は避ける事が出来ない
天使の悪童たちは、戦い慣れた悪魔である僕が一方的に殴られるのがこの上なく面白いらしく、こうしている間にも路地には話を聞きつけた子供が僕に『改心を促す』為、新しく暴力の列に加わろうとして居た
「やり返してみろよ」
僕を殴っている悪童がニヤニヤと言う
この言葉は、現在の状況の総てを表している
結局、天界に住民票を得て良かった事なんて何一つ無かった
僕のような悪魔の移民は、市民権を得る際に暴力抑制用の疑似光輪を移植される
移植手術がとても乱雑かつ激痛を伴う非人道的内容なものである事については、別にいい
あの頃は「これで自分も『正しい生命』になれる」と思っていたので、耐える事は難しく無かった
問題は、疑似光輪を移植された悪魔は『あらゆる悪意ある行動を行えなくなる』点だ
例えば今なんかは、どんなに殴られても僕にはやり返す事が出来ない
天使族にも似たような器官や感覚は存在している筈なのだが、彼らが僕を罰する事は『正義であり天意』だ
それ故に問題なく行う事が出来る
越してきてから間もないが、このように路地に連れ込まれて『処罰』を受けた回数なんて、もう覚えて居なかった
「ヤバい、大人が来た!」
路地から街道を視張っていた天使の子供が、私刑の列に向けて叫ぶ
罪なき子供達が蜘蛛の子を散らす様に、複雑な形状の路地を思い思いの方角へ逃げて居く
一分もしない内に、昼でも昏い路地には僕だけしか居なくなった
全身が熱い
頭がぼーっとして、自分の名前も解らない
生年月日も……
いや、生年月日は最初から解らないんだった
殴られ過ぎて混乱する頭で、僕は眼前のレンガ造りの壁を意味も無く視続けて居た
「 」
「 」
僕の名前を呼ぶ声がする
お兄ちゃんだった
彼は僕の肩を抱いて、躰を揺すりながら僕が意識の有る状態か確認して居た様だった
お兄ちゃんは実の兄では無い
近所の大学生で、僕の事をよく気に掛けてくれる人だ
僕は「ありがとうございます」と言おうとして、お兄ちゃんの顔を視た
お兄ちゃんは……熱にうなされた様な眼で、『そういう雰囲気』を持って僕の事を───例えば僕の破れたシャツから覗く肌とか、弱々しく収縮する喉とか、そういうものを視ていた
───ああ
───この人も『そう』なんだ
お兄ちゃんが僕の肩に、少し指を食い込ませる
痛い
湿った熱いものが顔にかかる
お兄ちゃんの息だった
少しずつ、解ってきた事が有る
天使族には悪魔や人間みたいな、通俗的な欲求が存在しない
そして、その代わりに一つだけ存在する強烈な欲望が『正義』なのだ
「ごめん、少しだけ……」
「すぐ終わらせるから……」
泣きそうな顔になりながら、お兄ちゃんが痛そうな位に握りしめた拳を僕に近付ける
無限にも近く思える一瞬だけ、僕は逡巡した
それでも最後には諦めるとシャツをはだけ、一つだけ溜息を吐いた
「…………わかったよ」
「好きなだけ、僕を壊して?」
顔を殴られて弾き飛ばされ、そのまま硬い壁に拳で押し付けられる
背中の皮膚が裂ける感覚が在った




