実証実験と実益 〘現代吸血鬼の日常生活〙
D県V市。
この街の繁華街はそれなりに賑やかだ。
昼にはサラリーマンやOL、学生なんかも賑わい、様々な商店や飲食店にもお客がいっぱいになる。
そして夜になれば、様々な飲み屋や夜の店が目を覚まし、昼間とは違った賑やかさを見せる。
そんな夜の繁華街に、場違いな人物が現る。
スウェットの上下にスニーカー、明らかに高校生くらいの未成年が、キョロキョロしながら歩いていた。
道行く人は一瞬視線を向けるが、気にすること無く歩みを進めていく。
そんななか、その彼に目を向けた連中がいた。
「ん? あれカス山じゃん」
「知り合い?」
「クラスのカス。本当は梶山だけど、カスだからカス山」
それは、コンビニの前にたむろしていた、男女が入り交じった、いわゆる不良グループというやつだった。
その中で、金髪で耳にピアスだらけの男が、スウェットの少年、梶山遥人に声をかけた。
「カス山じゃん。お前こんな時間に何やってんの?」
「あ……貝崎くん……」
遥人が、クラスメイトである貝崎雅也に気が付き、顔を向ける。
無視したわけでもなく、声をかけられたから振り向いただけなのだが、
「俺が質問してるんだから答えろよ!」
貝崎は不機嫌な表情を浮かべ、躊躇なく遥人の腹に前蹴りを食らわせた。
「あぐっ!」
遥人は悲鳴を上げながら腹をおさえる。
貝崎は空手の有段者であり、父親が地元の有力者であることから、学校内でも暴力的・支配者的に振る舞い、教師ですら彼に逆らえないでいた。
遥人は腹を押さえながら、
「じ……実験だよ……実行した結果なにが起こるかっていう」
自分の目的を貝崎に伝える。
「ふーん。なんの実験だか知らねぇが、有り金さえ寄越せば好きにしていいぜ」
貝崎はニヤニヤと笑いながら、片手を差し出す。
「あ、今、お金は持ってないんだ……」
遥人がそう答えると、貝崎がまた前蹴りを放つ。
「つかえねーな……とりま、遊んでやろーぜ」
貝崎は仲間に命令し、苦しんでいる遥人を路地裏につれていった。
その光景を見ても、通行人もコンビニの店員も、誰一人として警察に通報しようとはしなかった。
彼等は地元でも有名で、たとえ警察に通報しても、地元の有力者である貝崎の父親がもみ消してしまうからだ。
路地裏に連れ込まれた遥人は、複数人に囲まれて暴行を受けていた。
顔は腫れ、腕や足は歪に折れ曲がり、服によって見えないが、全身に内出血が起こっていて、肋骨も折れているようだ。
そんな遥人が力無く地面に倒れると、ようやく彼等は殴るのをやめ、ケタケタと笑いながら仲間から缶ビールを受け取っていた。
「やっべ。学校とチゲーからやりすぎた」
「こいつどうする?」
「ほっとけばいいだろ。死んだらこいつが勝手に死んだだけだし」
「そーそー。後で始末すればいいっしょ」
彼等はビールで乾杯し、遥人の事など忘れて談笑に華を咲かせはじめた。
彼等がここまで強気なのは、この場所に監視カメラの類が無いこと、貝崎の父親が有力者であること、この場所に死体を処理するためのうってつけの施設があることに由来する。
そのためか、彼等には罪の意識などなく、遊んでいた安い玩具が壊れた程度の認識でしかなかった。
それだけに、この後自分たちの目の前で起こった出来事を、信じる事が出来なかった。
1本目の缶ビールを飲み終わった時、仲間の1人が嫌に静かなのに気が付いた。
するとその仲間に、先程までボロ雑巾のように倒れていた梶山遥人が、仲間の1人の首に噛み付いていた。
噛み付かれていた仲間が、ミイラのように変貌し、地面に落ちる。
その瞬間、仲間の女子が悲鳴をあげ、貝崎以外の人間が遥人から離れようとするが、突然逃げようとした全員のアキレス腱が切られ、逃げようとした全員が地面に這いつくばり、その場に立っているのは、なにが起きているのか理解できず、逃げることをしなかった貝崎雅也と、暴行の傷や、折れた手足などどこに見当たらない、梶山遥人だけであった。
「実験、いや実証かな。『負傷はどのくらいの時間で回復するのか』程度にもよりけりなんだろうけど、今回の怪我なら正味3分ってとこかな」
遥人はニコニコとしながら、倒れた貝崎の仲間に近寄り、頭を掴んで持ち上げると、首筋に牙を立て、一瞬で血を吸い尽くした。
この時、貝崎を含めた全員が、梶山遥人が吸血鬼である事を理解した。
しかし、貝崎だけは遥人を睨みつけていた。
「カス山テメエ………。こんな事してどうなるかわかってんだろうな!」
本能的な恐怖に足が震えて動けなかったが、それ以上に、自分の奴隷以下の存在であるはずの梶山遥人が、圧倒的強者として自分の前にいることが許せなかった。
「僕はね、貝崎くん。前々から疑問に思っていた事があるんだ」
怒りをあらわにする貝崎に対し、遥人はごく普通に、学校で友人と話しているかのように会話をしながら、貝崎の仲間の頭を掴むと、まるでジュースでも飲んでいるかのように血を吸い、吸い終わって干からびた仲間達を、空のペットボトルのように地面に落としていった。
「吸血鬼になって、理性がある状態で血を飲むのを我慢して、最終的に暴走して好きな人や罪のない人を襲ってしまって、正体がバレてしまう。ってのがあるんだけど。あれ、マヌケだと思うんだよね」
そう言いながら、仲間達全員の血を吸い終わると、その地面にあるマンホールに手をかけた。
そのマンホールは、汚水、つまり下水のマンホールであり、人が出入りすることは滅多にない。
そのマンホールの内部は、様々な汚水とバクテリアとドブネズミが支配する世界であり、死体など短時間で影も形もなくなってしまう。
そしてそのマンホールを開けるためには、特殊な道具が必要である。
貝崎は父親の権力を使い、このマンホールを開けるための道具を手に入れた。
貝崎達は、刹那的・快楽的・遊戯的な殺人の後片付けに、このマンホールを使用していたのだ。
遥人はこのマンホールの蓋を、指の力だけで持ち上げた。
「この前見たんだよ。貝崎くん達が動かなくなった女の人をこのマンホールに放り込むのをさ。便利だよね。このマンホール」
遥人は吸い殻の懐から財布を取り出し、現金だけを抜いてマンホールに捨て、その吸い殻もマンホールに捨てた。
「それで話の続きだけど。血を吸うのを我慢するのは、吸血鬼になりたくない。人殺しをしたくない。無関係な人を巻き込みたくない。バレたら平穏な生活が出来なくなる。大体はこの4つなんだ」
遥人はにこやかに話をしながらも、吸い殻の財布から現金だけを抜き、財布と吸い殻をマンホールに捨てていった。
「だから僕は考えたんだ。君たちみたいに居なくなっても誰も探さない探したくない人達から血を吸えば、無関係な人を巻き込まず、平穏な生活を送れるんじゃないかって」
遥人は、「いいアイデアでしょう?」という表情を浮かべた。
「君たちみたいなのが居なくなって慌てるのは、君たちの同類か親だけ。親の中にはあきらめて探さない人もいるだろうし、探してたとしても君たちの親だったら所詮ろくでもない人間なんだから、同じように捨てればいいだけでしょ」
貝崎以外の全員をマンホールに捨て終わると、ゆっくりと貝崎に近寄っていく。
「なあ、カス、じゃなくて梶山! 俺と組まねえか? 俺のコネとお前のそのパワーがあったらこの辺の不良どころかヤクザもシメれるぜ!」
貝崎は自分を仲間にするメリットを提示する。
しかしその本音は、
『俺が吸血鬼になれば、元々の人間としての力の差で、こいつなんかワンパンのはずだ。とにかくここはおだてて、吸血鬼にしてもらうことだ!』
と、考えていた。
「だからよ。俺も吸血鬼にしてくれよ!」
貝崎は自分の首筋を見せ、血を吸えとアピールする。
遥人はやれやれというため息を付き、貝崎の肩に手をかけ、その首に牙を突き立て、血を啜り始める。
「やったぞ! これで俺も吸血鬼だ! おい退けカス山! 同じ吸血鬼になったらテメエなんか相手じゃねえんだよ!」
すると、いいタイミングだと判断した貝崎が、遥人を突き飛ばし、勝誇った表情をする。
が、次の瞬間。貝崎は膝から崩れ落ちる。
貝崎は信じられなかった。
自分は吸血鬼になったのだから、目の前のカス山よりも優位になったのだ。
だから、勝誇った表情をするのは自分のはず。
なのに何故、カス山は優雅に立ち上がり、自分は地面に這いつくばっているのかがわからなかった。
「ごめんね貝崎くん。僕はまだ他人を吸血鬼にすることが出来ないんだ」
「な……てめ……」
「だから……」
遥人は貝崎の頭を片手で掴んで持ち上げ、
「だから死体にして捨てておくよ」
ゴミを見る顔で、貝崎の首に改めて牙を突き立てた。
数日後。
学校ではある噂が流れていた。
曰く、『貝崎雅也とその仲間が行方不明になった』
曰く、『最近街中で怖い人達を見なくなった』
特に貝崎雅也の件については、両親が躍起になって情報を集めていたが、地元の住民も警察もあまり熱心ではなかった。
それと同時期に、梶山遥人が夕方暗くなってから退学届けを提出して退学したという話は、
『カス山の奴学校辞めたらしいぞ』
『ふ〜ん。別にどうでもいいじゃん』
『そうだな』
何の話題にもならなかった。
ちまちま書いたものです。
せっかくなのでハロウィン放出
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