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最終話です。


 アーベルとベティーナが国王に呼び出されて数日、また新たな噂が学園に流れていた。


「王太子殿下は国王陛下の前で〝真実の愛〟を堂々と宣言されたらしい」

「国王陛下はアーベル殿下を叱責なさったらしいぞ、王太子の交代はあり得るのではないか」

「いや、国王陛下は王太子を変えるつもりは無いと聞いた」

「〝真実の愛〟素敵ですわ、どんな障害があろうともお二人には〝真実の愛〟を貫いてほしいですわ」

「アーベル殿下は女狐に騙されているだけですわ、ヘロイーゼ様の愛こそがアーベル殿下の目を覚ますのです」



 ヘロイーゼは必死にアーベルとの距離を戻そうとしていた。縋ってくるヘロイーゼを躱すのも一苦労である。ベティーナは何も話さないが、嫌がらせは続いているようだ。


 それから数日、ヘロイーゼの付きまといがぱったり止んだ。


「やられた、マティアスを取り込まれた」


 例の図書館奥の部屋でアーベルがギュンターとベティーナに話した。


 マティアスは優秀なアーベルにコンプレックスを持っているようで以前からあまりアーベルに近寄ってこなかった。アーベルは昔はマティアスを気にかけていたいたのだったが、〝魅了薬〟を盛られた十三歳の頃からは気にかけなくなった、マティアスを、というよりヘロイーゼ以外の者はどうでもいい、ヘロイーゼで頭がいっぱいだったのだ。ベティーナに解術してもらってからは一連の騒動で正直マティアスを気に掛ける余裕がなかった。


「マティアス殿下を取り込んでもしょうがないんじゃないか? 王太子はアーベルだろ」


 ギュンターの言葉にアーベルは首を横に振る。


「今は、そうだ。しかし僕が致命的な失策を犯したり王族にあるまじき愚行を犯したら? それに……僕が死んだら?」


 その言葉にベティーナは息を呑む。


「プランゲ公爵家はそちらに方針転換をしたという事か」

「僕を引き戻して傀儡にする案は諦めたんだろう、何しろ僕とベティは〝真実の愛〟で結ばれているからな」


 クスっと嗤ったアーベルに対し、ベティーナの顔は強張ったままだ。


「命を狙われるなんて……」

「大丈夫だよベティ、王族は命の危険に晒されることもあるからね、ちゃんと備えているんだ」

「ベティーナ嬢、安心してくれ、俺がアーベルの事は命に代えても守るから」


 アーベルとギュンターの力強い言葉を聞いてもベティーナの顔は強張ったままだった。




ーー♦♦♦ーー


「こちらから攻勢に出ようと思います」


 王宮の奥宮の一室、過日国王夫妻と密会をした部屋に数人のメンバーが集まっている。ほとんどは前回と同じ顔触れだが、ベティーナの代わりにギュンター。ベティーナが何度も王宮に足を運んでは不自然だ、その点ギュンターはアーベルの側近なので王宮で見かけても不自然ではない。

 それとギュンターの父、レディガー騎士団長が信頼する騎士数名と、宰相をはじめ国王の信頼する側近数名。


 彼らは今しがた発言したアーベルを注視した。


 馬車の車輪に細工をするなど、事故に見せかけてアーベルを害そうとしたことが数度、ならず者に襲撃されたこともある。これらはギュンターや騎士団の働きなどで全て未然に防がれていた。しかし実行犯は捕えても案の定プランゲ公爵につながる線は浮かび上がってこなかった。


「いつ来るかわからない襲撃や、どんな罠が仕掛けられるかずっと神経をとがらせるより、彼らが飛びつくような状況を提供したいと思います」


 皆を見回しながらアーベルは話す。


「アーベル殿下が危険に身を晒すような提案は賛成いたしかねます」


 レディガー騎士団長が生真面目な表情で反対するがアーベルは首を横に振った。


「危険な事では無いよ、そっちじゃなくて僕は愚行を犯そうと思うんだ、王太子としては致命的な……ね」


 きょとんとした国王や王妃を見てアーベルは一冊の本を取り出した。

『意地悪なご令嬢には負けません、平民だけど王子様との〝真実の愛〟を貫いてみせます! 断罪編』


「おまっ……それ……」


 ギュンターが呆れたような声を出した。


「巷で流行っている小説です。ここにかかれているように、僕はこの秋に開かれる大夜会でヘロイーゼに婚約破棄を突き付けようと思います。それもベティーナを苛めたというしょぼい理由で」

「それで? 婚約破棄を突き付けたとしてどうしてそれが攻勢になるのだ?」


 国王の疑問にアーベルが答える。


「小説では悪役令嬢の罪が暴かれるクライマックスですが、現実では逆にこんな事は馬鹿のやることです。婚約破棄をしたいのなら当事者たちだけで話し合えばいい。衆人環視の、ましてや夜会の最中に得意がって『婚約破棄だ!!』なんて叫べば愚かな王太子だと人々は思うでしょう」

「それは敵に利があってもアーベル殿下の得にはならないのでは?」

「そうだよレディガー騎士団長、まずは夜会の前にこの計画をヘロイーゼに盗み聞きさせようと思うんだ。そうだな、一週間くらい前に。そうすれば向こうはこの愚行を利用して僕とヘロイーゼの婚約を解消してマティアスとの婚約に変更しようと手を打ってくるだろう」

「マティアス殿下と婚約しても王太子はアーベル殿下ですが」

「僕の愚行を盾に王太子の変更を要求するだろう。だから父上には何があっても僕を王太子から変えるつもりは無いとあらかじめプランゲ公爵に言っておいて欲しいのです。そうすればプランゲ公爵は〝魅了薬〟を使って父上の意見を変えさせようとするでしょう」

「国王陛下を囮に使うおつもりか!?」

「私は構わんよ」


 語気荒いレディガー騎士団長を窘めたのは国王だった。


「プランゲ公爵家に対してはいい加減我慢の限界だ、私の代で決着をつけておきたい」

「父上、プランゲ公爵が何に薬を盛るかわかりませんが、夜会では飲食をするふりをして一切の料理、飲み物に口をつけないでください。プランゲ公爵が近くに居る時は特に。ホール中央で僕が騒ぎを起こします。プランゲ公爵の注意もそちらに向くことでしょう、侍従たちの協力が必要ですが、食べたふり、飲んだ振りをすることは難しくないと思います。ギュンターを近くに置いて、もし万が一様子がおかしくなったら問答無用でベティーナに解術してもらいますから」


 アーベルの心配を他所に国王は余裕の表情だ。


「大丈夫だ、上手く演技してみせよう。目的は〝魅了薬〟の回収だな」

「はい、今までは私に飲ませた後ヘロイーゼが残りを素早く処分してしまっていたので証拠を押さえることは出来ませんでした。夜会でプランゲ公爵が国王陛下に薬物を盛った、その現物を押さえて大勢の前で立証できれば良いのです」

「それを盛ったのがプランゲ公爵であるという言質もとってみせよう」


 最早アーベルより国王の方が乗り気で計画を進めている。しかし周りの人間は一抹の不安をぬぐえないでいた。

 それを見た国王は「あれを」と侍従に囁いた。


「これは?」


 出されたブレスレットを見て一同が怪訝な表情を浮かべる。装飾など一切ないシンプルなブレスレットだ。いや、内側に魔方陣のような模様がびっしりと書かれている。


「解術の魔道具だ。先日やっと完成したと魔術院から連絡があった」

「もしかしてロイター男爵が研究していたという?」


 アーベルの問いに国王は頷いた。


「安全性、性能共に実験済みだ。ただし効能があるのは十回程度、強い魔術や薬の場合は一回で壊れてしまうのが難点だとロイター男爵が言っておったそうだ。私はこれをつけて夜会にでよう。ちゃんとあの男の目の前で飲食をするつもりだ。それくらい見せつけないとあの男は油断しないだろう。なあに、この魔道具があれば〝魅了薬〟を盛られても安心だ」


「もし王太子殿下が騒ぎを起こしてもプランゲ公爵がなんのリアクションも起こさなかったらどうなさるのですか?」


 側近の一人が心配そうに聞いた。

 国王が王太子の変更はしないといっても醜聞は残るのだ、アーベルの王太子としての資質に不安を覚える貴族も多いだろう。


「そうなったら僕は王太子を返上する覚悟でプランゲ公爵邸に乗り込もうと思う。はっきりした証拠も無しに公爵邸を強引に捜索すれば僕とて責められるだろうが、マティアスが正気に戻ってくれればマティアスに王太子を譲ってもいいだろう」

「面白そうだな、俺もお供するからな」


 ギュンターがすかさず乗ってくる。


「そこまでの決心を……」と質問した側近が青い顔をしたがアーベルは勝算があった。プランゲ公爵側も焦っている筈だ。何年もかけたアーベルを傀儡にする作戦は失敗した、いまやアーベルはヘロイーゼに近づきもしない。マティアスを取り込んでもアーベルの王太子は覆らない。襲撃や小細工も悉く失敗している。絶対にこの婚約破棄劇を利用してくるはずだとアーベルは確信していた。


 






ーー♦♦♦ーー


 夜会での婚約破棄作戦は大成功だった。


 プランゲ公爵は思ったよりも愚かで言い逃れできない言葉を衆人環視の中で引き出すことが出来た。

 しかし、危ない場面もあった。プランゲ公爵が勧めるワインを国王が一口飲んだ瞬間、国王の袖の下でブレスレットが砕けた。飲んだ者が廃人になるほどの〝魅了薬〟が入っていたのだ。長い時間をかけず相手を直ぐに言いなりにするためには大量投与で洗脳するしかないと知ってはいたが、何の躊躇いもなくプランゲ公爵は国王を廃人にしようとした。マティアスが王位に着くまでの時間さえ待つことが出来ず、マティアスが王太子になったら現国王を直ぐに排除するつもりだったのだろう。

 二口目を勧められてももう飲むわけにはいかなかったが、国王の傍に控えていたギュンターが上手くワインを取り上げてくれた。

 それに国王が言った決定打、「八十年の間に技術は進歩しておるのだ、このワインを調べれば薬物が混じっていることだけではない、その薬物に誰が魔力を込めたかという事も特定できるのだよ」

 あの言葉は嘘っぱちだ。〝魅了薬〟は八十年間禁止薬物だったのだ、そんな研究などされているわけがない。プランゲ公爵にしらを切りとおされたら危ないところだった。





 夜会でプランゲ公爵家の者は全て拘束され、間髪を入れず騎士団によりプランゲ公爵邸の家宅捜索が行われた。

 〝魅了薬〟は押収され、その製法は再び封印、プランゲ公爵家の使用人や〝魅了薬〟の製造にかかわっていた者たち、関係者全て捕えられ相応の罰が下された。特に製造にかかわっていた者は全て外界との交流を遮断した鉱山送り、その中に魔術院の研究者が二人交じっていたことは驚きだった。


 プランゲ公爵家の陰謀は包み隠さず後日全て発表された。

 プランゲ公爵は死罪、夫人、ヘロイーゼは鉱山送り、何も知らなかった幼い長男だけは僻地の教会で監視されながら暮らすことと決まった。このことをもってプランゲ公爵家は消滅したのである。





ーー♦♦♦ーー


「もうここに集まることも無いんですね」


 図書室奥の部屋でベティーナが少し寂しそうに言った。

 プランゲ公爵家の陰謀が白日の下にさらされ、それと共に事件解決に尽力したベティーナ、ロイター男爵の功績が讃えられ、ロイター男爵は伯爵に陞爵した。

 学園はこの噂でもちきりであり、アーベルやギュンターばかりでなくベティーナも日々大勢の人に取り囲まれている。落ち着いて話も出来ないので今日は久々に図書室奥のこの部屋に三人で集まったのだった。


「ベティはそれを寂しいと思ってくれる?」

 

 アーベルが熱のこもった瞳でベティーナに問いかける。


「勿論です。あの……私なんかがこんなことを思うのはおこがましいんですけど、お二人の事は友人というか仲間のような気がしていたんです。アーベル王太子殿下は私と比べれば雲の上の存在なんですけど」

「僕は友人で終わらせるつもりは無いよ、あと僕の呼び方が元に戻っているね、ベティ」


 その言葉にベティーナは首を傾げギュンターは呆れたように肩をすくめた。


「僕はもうすぐこの学園を卒業するけど、残りの学園生活も、卒業してからもずっと仲良くしようね」

「はい! ずっと仲良くしていただきたいです!」


 単純にベティーナは喜んでいるけれどアーベルはこれから猛攻をかけるつもりだ。

 最初は諦めるつもりだった。この国は王族の結婚と言えど相性が重視される。とはいえあまり家格差が開いた結婚は認められない。王太子の結婚相手は伯爵家以上、だから気持ちに封印をするつもりだった。

 ベティーナは王太子妃になりえる資格を得たことに気が付いているだろうか、そして僕の気持ちにも……とアーベルは暢気にお茶を入れているベティーナを見た。

 まあいいさ、これから甘い言葉をたくさん贈るからね。


「ありがとう、ベティはお茶を入れるのも上手くなったね。あ、そうだ、前に礼儀作法の教師を紹介するといったのを覚えている?」

「はい、アーベル王太……ベル様も覚えていてくださったんですね!」

「君の為に最高の教師を見つけたんだ、先方も快く承諾してくれた。早速来週にでも挨拶に行こう」

「わあ、ありがとうございます!」


 手を打って喜んでいるベティーナは教師が誰だか知ったらどんな顔をするだろう。

 礼儀作法の先生はアーベルの母、この国の王妃だ。ベティーナを気に入った王妃は二つ返事で引き受けてくれた。王族に相応しい立ち居振る舞いを教えてあげるわ、と意気込んでいる。

 ベティーナが王宮に通えばアーベルと会う機会も増える。


 もちろんベティーナが嫌がれば無理強いするつもりは無い。……無いが、この気持ちを諦めたくもない。


 ……だから、覚悟していてね、愛しいベティ。






  ーーーーー(おしまい)ーーーーー




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